49.カエデの決心
新学期が始まって数日、HRの時間に担任が皆に向かって言った。
「今月末に保護者懇談会を行います。これから配る紙に希望日を記入して明日持って来て下さい」
保護者懇談会。高三の真琴達にとって進路をきちんと決めるための親を交えた話し合い。だが両親とは疎遠で離れて暮らしており、これまでその役割をキヨに任せていた真琴。話を聞いて顔が青くなる。
(ど、どうしよう……)
キヨは入院中で来て貰うことなどできない。両親は絶対イヤ。そう思った彼女の頭にひとりの男の顔が浮かぶ。
(龍之介さんにお願いしようかな……)
真琴が様々な状況を予想しシミュレートし始めた。
「朝比奈、今日一緒に帰ろうか……?」
授業の休憩中、懇談会について色々考えていた真琴にカエデが話しかけてきた。不思議そうな顔をする真琴にカエデが小声で言う。
「今日、化粧教えてくれるんだろ? 忘れちゃったのか?」
真琴がああと言った顔になって答える。
「うん、大丈夫だよ。橘さんの家でだったよね?」
以前、カエデに化粧を教える約束をした真琴。自分のマンションでは龍之介のことが知られる可能性があったので、カエデの家に行くと約束していた。カエデが言う。
「ああ、だから今日一緒に帰ろう」
「そうだね、分かったわ」
そう答えつつもきっとまた龍之介のことを聞かれるんだなと真琴が苦笑いした。
「カエデっさあ、最近朝比奈に妙にすり寄ってない?」
以前カエデと一緒に朝比奈を苛めていた取り巻きの一部が、そのふたりの様子を教室の後ろから見て話す。
「そうよね。一体どうしたんだろうね……」
同調する別の取り巻き。
真琴は完全にカースト下位から抜け出し、いわばクラスでも人気ある存在になりかけていた。その急な変化に取り巻きの一部は戸惑いを隠せなかった。
橘カエデの家は、真琴のマンションよりさらに学校から離れた場所にあった。
大きなショッピングセンターや駅からも遠い静かな住宅街。のどかな公園で子供達が走り回って遊ぶような落ち着いた場所である。
庭に並べられたプランターに色々な花が咲く一戸建ての二階。その一室がカエデの部屋で、初めて訪れた真琴はカエデに桃香から習った化粧を教える。
「へえ~、上手いもんだな」
鏡を見ながら変わっていく自分の顔を見つめてカエデが言う。
「女の子はみんな可愛くなる権利があるんだよ」
「何それ? 誰かの言葉?」
真琴が言った言葉を聞いてカエデが尋ねる。
「うーん、いろんな人の言葉かな」
真琴が苦笑して答える。
「朝比奈は化粧を誰に教わったんだ? 母親?」
『母』という言葉を聞いた真琴の顔が一瞬曇る。すぐに首を左右に振って答える。
「桃香さんって人。『カノン』の女性店員だよ」
「あっ」
カエデの頭にピンク色のグラマーな女性が浮かぶ。
「ピンク髪の? あの人とも知り合いなの?」
「え? あ、うん。まあ……」
知り合いどころか男装を知っている数少ない仲間である。
「な、なあ、朝比奈……」
少し言い辛そうにするカエデを見て真琴が一瞬構える。
「三上さんってさ、その女性店員の人と付き合ったりしてるのかな……?」
頬に塗ったチークのせいもあるのかカエデの顔が真っ赤になっている。
(本当に龍之介さんのことが好きなんだ……)
真琴は目の前の元苛めっ子の恋する姿を見て複雑な気持ちとなる。
「多分、違うと思うよ……」
多分ではない、絶対だ。だがそんなことは言えない。
「本当に? 喫茶店で見てるとふたりって凄く仲いいだろ?」
「うん」
それは同意する。だけど付き合ってはいない。
「だからもしかしてって思ってたんだ。それは良かった。でさ、朝比奈は知ってたら教えて欲しいんだけど、三上さんって彼女とかいるのかな……?」
真琴はついに来た、と思った。恐らくカエデがずっと聞きたかった質問。これまで故意かどうかは知らないがあえてその話題だけは避けていた。真琴が答える。
「うーん、あまり知らないかな……」
龍之介に「彼女いるのか」とは聞いたことはない。もしかしたら隠れて彼女がいるかもしれない。だから嘘はついていない。真琴は自分にそう言い聞かせた。少し考えこんだ顔をしたカエデが言う。
「そ、そうなのか。朝比奈でも知らないのか。あのさ、私さ……」
真剣な顔をするカエデの顔を真琴が見つめる。
「私さ、三上さんに告ろうかと思ってるんだ……」
思っていたよりもずっと冷静にその言葉を真琴は聞けた。
ずっと龍之介に想いを寄せていたカエデ。その為にずっと喫茶店に通い、遠からずいずれはそうなるのだろうとは思っていた。
「そうか……、橘さんは本当に好きなんだね」
「なあ、朝比奈。朝比奈も応援してくるよな?」
龍之介の友達だという真琴。その彼女にカエデは懇願するような顔で言う。
「分からない。私、暗い女で、そう言うの疎いし……」
真琴は自分の感情がコントロールできなくなっていた。
混乱。戸惑い。動揺。
頭で思ったこととは違う言葉が口から出て行く。それでも間違いなく龍之介に告白すると言ったカエデのことを良くは思ってはいなかった。
「そうか、分かった。私は私で頑張るよ」
「うん……」
龍之介とのふたりだけの生活。
女を隠して暮らすドキドキのままごとのような毎日。
龍之介は真琴のことを好きだと言ってくれる。
――私、龍之介さんを失うのが怖いのかな
どこでも積極的に好きを出してくるユリ。
意味深な発言をする桃香。
新たに告白をしようとするカエデ。
(私は、私は、どうしたいの……、一体……)
真剣な顔で何かを考える真琴を見てカエデが声を掛ける。
「どうしたんだ? 朝比奈? 何かまずいことでもあったか?」
「あ、ううん。そうじゃない。ごめんね」
真琴は化粧を教えながら、カエデが話す龍之介への想いをずっと聞き続けた。
夕方、喫茶店のバイトを終え龍之介が駅から出ると後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。
「龍之介くーん!!」
「え?」
振り返るとそこには金色の長い髪を揺らしながらひとりの美女が走って来る。
「ユリちゃん」
ミスコングランプリの九条ユリ。逆光の夕日が彼女の金色の髪に当たり輝いて見える。ユリが尋ねる。
「龍之介君。偶然~、どこ行くの?」
龍之介が素直に答える。
「家に帰るんだよ」
「家?」
それを聞いたユリが首を傾げる。
「あれ~、龍之介の家ってアパートじゃなかったっけ?」
以前剛と訪れたボロアパート。ユリはまだこの先にあるマンションに引っ越したことを知らない。
「ああ、あそこから引っ越したんだ」
ユリが驚いて言う。
「え、そうだったの? って言うかこの近く?」
「そうだよ」
ユリが嬉しそうな顔になって言う。
「じゃあ、一緒に帰ろっか。やったやった!」
そう言ってユリが龍之介の腕に自分の腕を絡める。
「ユ、ユリちゃん!? みんな見てるよ!!」
超美人のユリ。その一挙手一投足が注目される彼女は、駅前に居た周囲の視線を一身に集める。ユリが小悪魔のような顔になって言う。
「いいじゃん。見せてあげよっ!」
「うわっ、ユリちゃん!?」
ユリはそう言って龍之介の腕をぐいぐい引っ張って歩き出した。
そして数分後、ふたりは全く同じ方向に向かって歩き、その可能性についてお互い感じ始めていた。腕を組んだままのユリが尋ねる。
「ねえ、龍之介君。ユリを送って行くならもう大丈夫だよ」
「いや、送って行くというか、こっちなんだ。住んでるとこ……」
そして更に数分後、ふたりはその事実に気付いた。
「ねえ、ユリちゃん。ユリちゃんのマンションってまさかここなの?」
「そうだよ……」
ふたりの前には高級マンションが立っている。
「確かユリちゃんってアパート暮らしだったよね……」
「あれはパパに言って一時的に借りて貰ってたの。家はここ……」
ふたりがマンションを見上げて言う。
「「同じマンションだったの!?」」
その後顔を合わせるふたり。
唖然とする龍之介と対照的に、ユリの顔は満面の笑みに変わっていた。




