48.輝き始める
(新学期か……)
夏休みもあっという間に終わり、新学期が始まった。
真琴は公園で制服に着替え、いつもの電車に乗りいつものシートに座る。九月になったとは言えまだ外ではセミが鳴き、大きな入道雲が青空に映える。
これまで『新学期』など憂鬱になるだけの言葉であったが、今ではクラスで友達になった亮子やそして苛めっ子だったカエデが元気かなと少し楽しみになっている。
(あ、龍之介さんだ……)
そんな彼女が電車内の離れた場所に立つ龍之介の姿に気付く。たくさんの人に紛れてじっとこちらを見つめている。
(すごい視線……)
龍之介は新学期早々、電車で『おさげの天使様』に会えたことを心から喜ぶ。
(ああ、新学期なのにやっぱり可愛い……、ああ、天使様……)
龍之介の刺さるような視線を感じ顔を赤くして下を向く真琴。本を持っていた手にもじわっと汗が滲み出る。
(どうして『女の真琴』だとこんなに緊張しちゃうんだろう……)
家で男装しているマコでは普通に話せる関係。だけどその仮面を外すと顔を見られないほど恥ずかしくなってしまう。真琴は意識しないようじっと下を向いて座り続けた。
令華高校、エントランス。
以前は自分の靴入れを見るのが怖かった真琴。靴があるのかないのか、悪戯されていないのかどうか。どんなに清々しい朝でもその光景で心が一気に暗くなる。
「おはよ、真琴」
「あ、おはよ。涼子」
それが今では学校が楽しみとも感じるようになった。
「あれ~、涼子、日焼けした??」
少し肌の焼けた友人を見て真琴が言う。
「そうだよ~、家族で海に行ってね」
何気ない日常。
友達と交わす会話。
ほんの数か月前までは想像もできなかったこの景色。
「お、おはよ。朝比奈……」
教室に入ったふたりに、クラスカースト上位で苛めっ子の橘カエデが声を掛けた。カエデを見て体を強張らせる涼子。対照的に真琴はそれに笑顔で返す。
「あ、おはよ。橘さん」
カエデがぎこちない顔で笑い手を上げて応える。驚く涼子が席に着く真琴に小声で尋ねる。
「ま、真琴。あれって……」
横目でカエデ達を見つめる涼子。真琴が笑顔で答える。
「うん、何も心配しなくていいよ」
その顔は自信に溢れ、これまで暗く目立たなかった陰キャの真琴とはまるで別人のようであった。
お昼。
一緒に弁当を食べていた涼子が真琴の顔を見て言う。
「真琴ってさあ、その髪型とか、薄くても化粧とかすれば絶対もっと可愛くなれると思うよ」
真琴が肩に乗るおさげに手をやりながら答える。
「そう? でも今更髪型変えるのって恥ずかしいかな……」
「え、いいじゃん。どんどん可愛くなるべきだよ」
「でも……」
この『おさげ』は、龍之介が気に入ってくれている髪型。これを変えてしまうのはやはり心のどこかで良いとは思えない。
「うわー、それって朝比奈が自分で作ったのか?」
そこへ近くの机で弁当を食べていた男子高生が、真琴の弁当を覗きながら言う。
クラスメートの岸田。彼はクラスでも一番のイケメン男子で女子生徒達の憧れ。ちょっとやんちゃなところはあるが、そんなところも彼の魅力を引き立てている。
(うそ!? 岸田君が真琴に話し掛けてきている!?)
涼子がその光景に驚く。
イケメンでモテる彼だが、特に特定の誰かと付き合ったとか浮いた話はない。いつも男子同士馬鹿な話で盛り上がっている。驚いた顔をした真琴が小声で答える。
「え、あ、うん。昨晩の残りだけど……」
それはたまご焼きに鶏のから揚げ。ほうれん草のおひたしと言ったいわば弁当の定番。ただ見た目も栄養バランスも抜群の弁当だ。岸田が言う。
「なあ、そのからあげ、ちょっと食べてみたいんだけど、いいかな?」
イケメンの女心をくすぐるような笑顔。クラス中の女子の視線がふたりに集まる。混乱しかけた真琴が引きつった顔で頷いて言う。
「あ、うん。いいよ……」
そう言って弁当を差し出すと、岸田は笑顔で「サンキュ」と言ってそれをつまんで食べた。
「うまっ!!!」
笑顔になる岸田。
「朝比奈、お前マジで料理上手いな!! すげーじゃん!!!」
恥ずかしくて真琴は下を向く。岸田が続けて言う。
「朝比奈の料理してるとこ、俺、見てみたいなー」
(ええっ!?)
真琴は一体何が起こっているのか全く理解できずに混乱し始める。岸田と一緒に食べていた男子高生が言う。
「おい、キシ。何言ってんだよ? 朝比奈口説いてんのか?」
(く、口説く!?)
陰キャの女子ふたりは目の前で起きていることに理解が追い付かない。岸田が笑って言う。
「えー、って言うか、こんな美味いもん作れる女子ってめっちゃスゲーじゃん」
「まあ、そりゃそうだけどな。彼女にしたら毎日幸せだよな」
彼らにとってはいつもの会話。
ただそんな想像もできない話を目の前でされ、真琴が下を向く。岸田が言う。
「あー、朝比奈。冗談だよ、冗談。……ちょっと本気だけど」
そう言ってはにかむ岸田。真琴の頭の中である景色が浮かぶ。
(龍之介さん……)
マンションで龍之介とふたりだけで過ごす景色。それはいわば聖域。無意識のうちにそこに第三者が入ることを良しとしない自分に気付いた。岸田の友人が言う。
「キシ、朝比奈、困ってんじゃん。さ、行くぞ」
昼食を食べ終えた岸田は軽く手をあげて友人と教室を出て行く。残されたふたりに集まる女子からの視線。涼子が小声で言う。
「ね、ねえ、あれって一体どう言うこと!?」
「さ、さあ、分かんない」
そう答える真琴。だが涼子は目の前に座る友人が、以前の彼女とは違い輝きを放っていることに気付いた。
「な、なあ、朝比奈……」
昼食を終え、トイレに向かった真琴にカエデが後ろから声を掛けた。
「橘さん?」
以前ならこんな廊下で声を掛けられるだけで体が震えた真琴。今はその明らかに敵意のない表情のカエデを見て笑顔で答える。
「どうしたの?」
カエデが恥ずかしそうに言う。
「あ、あのさ、ちょちょ三上さんのことについて教えて欲しんだけど、いい?」
真琴はそのままカエデに拉致されて、龍之介のことについて授業が始まるまで質問攻めにされた。
(もお、龍之介さんってどうしてあんなにモテるのかしら!!)
学校帰りに夕飯の為にスーパーに寄った真琴がひとりむかむかしながら買い物をしていた。ユリや桃香にカエデ。モテないと自分で言っていたが全然そんなことはない。彼女作ったことはないと言っていたが、もうそれも信じられない。
(龍之介さんのお夕飯はこれでいいわ!!)
そう言って真琴は棚にあったカップ麺を手にする。
(女好き、カップ麺好きの龍之介さんはこれで良し!!)
そう思いつつも、泣きそうな顔で謝る彼の顔を思い出し、そっとカップ麺を棚に戻す。そしてふたり分の食材をかごに入れそれを見ながら思う。
(まあいいわ。健康管理は私の仕事。仕方ないから龍之介さんの分も作ってあげる)
そんなことを思いながらもふたりで一緒に食べる夕飯が楽しみで、真琴の顔に思わず笑みがこぼれた。




