46.真琴の嫉妬
「全然帰って来ないじゃん!!!」
龍之介とユリが一緒に歩いていたのを見た日の夜。真琴は龍之介が帰ってくるのを夜遅くまでずっとひとり待ち続けていた。
(何よ!! 『おさげの天使様』が好きとか言っておいて、結局あの色っぽい女と会っていただなんて!!!)
真琴は脳裏に焼き付いているミニスカートで大きな胸のユリを思い出しイライラする。そして自分の『まな板』に手を当てながら言う。
「わ、私だって、来年になれば急成長して立派になるんだから!!!」
来年は大学生。きっと大人の女性になってスタイルも良くなるはず。真琴は根拠もない希望的妄想をどんどん膨らませていた。
(これは浮気よね。純愛だなんて叫んでおきながら他の女に目移りするなんて。そうだわ、浮気よ、浮気!!)
真琴はイライラが収まらずに持っていたスマホでキヨにラインをする。
『おばあちゃん、聞いてよ!! 私、浮気されたの!!』
刺激的な文章。偶然眠れなくて起きていたキヨがすぐに返事をよこす。
『浮気って、龍之介さんがかい?』
『そうよ! 他の女と昼に会っていたの!! 私に黙って』
しばらく間を置いてからキヨの返事が届く。
『浮気って、そもそもあなたは自分が女であることを告げたの?』
『まだ』
『お付き合いしているの?』
『してない』
『どこが浮気なのよ』
真琴がむっとした顔で書き込む。
『だって、私のことが好きと言ったのに他の女と一緒だったんだよ? 浮気でしょ?』
『え? 龍之介さんは男のお前を好きだと言ったのかい?』
(あっ)
真琴はキヨには『おさげの天使様』のことは話していない。
『多分、私のことが好きなの!! 絶対』
『はいはい。分かったからそんなことで龍之介さんを責めてはいけませんよ。あなたとお付き合いしていないのに、誰と会おうとそれは彼の自由でしょ?』
『そんなのダメ』
『少しは冷静になりなさい、真琴』
真琴は少しむっとして返事する。
『私は冷静よ。浮気した龍之介さんが悪いの!』
キヨはやれやれと思いながらスマホを見つめる。
『分かったから。龍之介さんと仲良くやりなさいね』
『それは龍之介さん次第』
真琴がそこまで打ち込んだ時、ドアが開く音がして龍之介が帰って来た。
『あ、ちょっとごめん。またね、おばあちゃん!』
そう言って真琴がスマホを置き、リビングにやって来た龍之介を見上げる。龍之介がマコに気付いて言う。
「あ、マコ。まだ起きていたのか?」
赤い顔をした龍之介が言う。
(お酒の匂いがする……)
一瞬で分かる服に染み付いた酒と煙草の匂い。真琴が頬を膨らませながら言う。
「どこ行ってたんですか?」
「どこって、ちょっと友達と……」
少し口籠る龍之介。
「誰と?」
「え? 誰って……、ユリちゃんと……」
正直に言った龍之介に、ひとまず真琴の怒りの爆発という最悪の事態は免れた。真琴が続けて尋ねる。
「どうしてユリさんと会うんですか? 『おさげの天使様』が好きじゃなかったんですか?」
少しアルコールが入った龍之介は、どうして真琴が怒っているのかいまいち理解できない。
「うーん、ちょっとユリちゃんが好きだって奴がいて、そいつの手伝いをして一緒になった訳で、別に『天使様』を忘れた訳じゃないよ」
結局剛達と別れた後、龍之介は今回のくだらない作戦の埋め合わせの為にこの時間まで彼女に付き合っていた。ユリはタクシーで一緒に帰ろうと言ったが、少し酔って車に乗りたくなかった龍之介はひとり電車で戻って来た。
「浮気」
「は?」
真琴が言った言葉が頭に響く。
「そう言うのを浮気って言うんです!!」
真琴はむっとしてそう言う。
「いや、浮気じゃないだろ。それになんでお前が怒ってるんだ?」
痛いところを突かれた真琴が龍之介を睨んで言う。
「どんな理由があろうと他の女と仲良くしたら浮気なんです!!」
「いや、だからなんでお前に怒られなきゃいけないんだよ……」
それでも納得いかない龍之介がそう答えると、真琴は立ち上がって言った。
「もう寝ます!! おやすみなさい!!!」
そう言ってズカズカと自分の部屋へと戻って行く。ひとり残された龍之介が閉められたドアを見て言う。
「あいつ、なんであんなに怒ってんだよ?」
そう言いながら水を飲もうとキッチンの方へ歩き出した龍之介が、テーブルの上に置かれたラップされた夕飯を見て足を止める。
(あれ、これってもしかして俺の夕飯……)
深夜になり既に冷えてしまっているが間違いなく真琴が作ってくれたご飯。
――俺のことを待っててくれたんか
意味不明なことで怒る真琴であったが、それでもこの心遣いは嬉しかった。龍之介はひとり電子レンジで温めてそれを残さず食べた。
「マコ、おはよ~」
翌朝、起きて来た龍之介がキッチンにいる真琴に挨拶する。
「ふんっ!」
真琴は朝食を作りテーブルに置くと、すっと自分の部屋へと戻って行く。残された龍之介はひとり寂しく朝食を食べ、そしてそのままバイトへ向かった。
「ただいま、マコ……」
夕方、バイトを終えマンションに帰って来た龍之介の鼻を、香ばしい芳醇な香りが包んだ。龍之介がキッチンへ行くと、ちょうど分厚い美味しそうな肉が焼けたところである。龍之介が喜んで言う。
「うわっ! 今日ってまさかステーキか?? すげえ!!!」
貧乏生活だった龍之介はこんな分厚い肉など見たこともない。初めて嗅ぐ涎が出るような香り。目を輝かせてそれを見つめる龍之介に真琴が言う。
「できたわ。特上サーロインステーキ」
そう言って大きな肉の塊『ひとり分』を皿に乗せる。そして龍之介に言う。
「龍之介さんのはこれね」
そう言ってテーブルに置いてあったカップ麺を手渡す。
「は? なんで? え、俺だけカップ麵なの??」
泣きそうな顔になった龍之介に真琴が言う。
「カップ麵がお好きなんでしょ? どうぞ召し上がれ」
「マ、マコ!! 俺だって食費は払ってるんだぞ。こんなの酷いよ~」
食費に水道光熱費は折半している。龍之介が怒るもの無理はない。真琴が言う。
「知らないです。昨日、ひとりで美味しいものを食べて来たんですよね。不公平です」
飲み屋の代金は龍之介の自分のお金。真琴には関係のないことなのだが、そんなこと通用しない。龍之介が溜息をついて言う。
「なあ、マコ。なんでそんなに怒ってんだよ。いい加減疲れたぞ」
「知らないです」
冷たい真琴。龍之介がリビングに置いてあった箱を持って来て言う。
「まあいいや。はい、これ」
「なんですか?」
その箱には昨日、龍之介達が行った水族館の名前が印刷されている。
「お菓子だよ。お土産」
昨夜、真琴はひとり怒ってしまっていてこれを渡す機会がなかった。
「あ、ありがとう……」
自分のことを忘れないでいてくれたと思った真琴。その赤く燃えていた怒りの炎が少し弱くなる。そして次の龍之介の行動によってその炎は完全に消火された。
「あとさ、これ」
「え、なんですか??」
龍之介が差し出した小さな光る貝殻をあしらったイヤリング。それを見た真琴の心臓がドクンと大きく鼓動する。
「昨日、水族館で見つけてさ。いつか『天使様』にプレゼントしようと思って買っちゃったんだ。綺麗だろ?」
「綺麗……」
全体的にセンスは良くない。
でも光る貝殻はとても美しかったし、『真琴』の為にそんなものを買って来てくれた気持ちに彼女の怒りは引き潮のように消えていった。
(あれ、涙……)
真琴は自然と目頭が熱くなっているのに気付いた。
ひとり怒っていた自分だが、やっぱり龍之介は『真琴』のことを想っていてくれる。そう思ったらちょっとぐらいの浮気は許してあげようと思えた。
「ありがとう。大事にするね」
そう言って龍之介の持っていたイヤリングを受け取ろうとする真琴。それを慌てて龍之介が拒否する。
「いやいや、お前んじゃないって。『おさげの天使様』にあげるの!!」
嬉しさのあまり一瞬頭が混乱していた真琴が顔を真っ赤にして答える。
「そ、そうだったね。ごめんなさい」
男装マコではイヤリングは貰えない。龍之介が言う。
「お前はその菓子食っとけ」
「あ、うん」
龍之介は手にしたイヤリングを見つめながら言う。
「近いうちに必ず『天使様』に告白して、彼女になって貰うぞ!!!!」
「うん、頑張ってね……」
真琴はそれに下を向いて小さく頷きながら答えた。




