45.ユリちゃん攻略大作戦【後編】
「よお、お待たせ!」
休日の朝、約束の場所である駅前にやって来た龍之介は、先に待っていた剛とレンタル彼女に挨拶をした。良く晴れた強い日差しの下、待っていた剛が言う。
「今日はよろしくな!」
「ああ」
がっちり握手をするふたりの少し後ろに立つレンタル彼女。その存在に気付いた龍之介が声を掛ける。
「ええっと、今日来て貰ったレンカノさんだね?」
「はい、そうです。よろしくお願いします!」
そう言って頭を下げるレンカノ。
若い女子大生ぐらいの女の子で、ややウェーブのかかった金色の髪にタイトな服。ミニスカートから出た生足は男達の視線を釘付けにし、大胆に開かれた胸元が男を魅了する。
「今日来て貰ったミカちゃん。よろしくな」
そんな彼女の隣に立った剛がやや興奮気味に紹介する。今日一日だけの付き合いであったとしても、これだけ色っぽくて可愛い女の子と一緒に過ごせるのなら男なら仕方のないこと。
「龍之介です。よろしく!」
そう言って差し出した手をミカが優しく握り返す。龍之介は笑顔で握手をしながら思った。
(ちょっとユリちゃんとキャラが被ってないか……?)
ユリと同じ長い金髪。色っぽい雰囲気で巨乳。別の意味で刺激しそうだと心配になる。剛が言う。
「今日、本当にラッキーでさ。俺、新規登録だったからミカちゃん、俺の要望に結構応えてくれて……」
そう言っていやらしい目つきで隣に立つミカを見つめる剛。ミカが言う。
「いいんですよ~、是非また指名してくださいね~」
そう言って剛の腕に手を回すミカ。一瞬で剛の顔がだらしなく崩れる。龍之介がやや心配になりながら今日の計画を確認する。
「じゃあ、最後に確認。午前中はみんなで水族館。そこではミカちゃんはできるだけ剛とイチャついて欲しい。対象となるユリちゃんに見せつけるんだ」
ミカが答える。
「分かりました。ちなみにそのユリさんと龍之介さんは付き合ってるんですか?」
「違う違う!!」
剛が強く首を振って否定する。
「ユリはこっ酷く振られるのが好きで、今日は俺とミカちゃんがイチャイチャするのを見せつけてから振るんだって!」
龍之介が事前に説明しておいたのかと心配になるような発言。ミカが言う。
「分かりました! ではいっぱいサービスしますね!」
そう言って組んでいた剛の腕に自慢の巨乳を押し付ける。要領を得ないミカに少しイラっとしていた剛だったが、一気にだらしない男の顔へと戻る。
「龍之介くーーん!!!」
そこへ約束していたユリが小走りでやって来る。
「あ、ユリちゃん」
龍之介がそんなユリを見て少ししまったという顔をする。
ミカと同じ金髪で巨乳のユリ。ただ色気という点においては今日の服装ではミカの方が一歩リードしており、ユリが履いて来たミニスカートも丈の長さでミカに負けている。ユリが龍之介に言う。
「ありがとうね、今日誘ってくれて。まさか龍之介君からデートの誘いが来るとは思ってもみなかったよ」
嬉しそうに話すユリに龍之介が首を振って言う。
「いや、だからユリちゃん。今日はデートじゃないってば」
「え~、でも休みに一緒に水族館に行って、ご飯食べて過ごすんでしょ?」
「うん……」
「デートじゃん」
そう言い切るユリに無言になる龍之介。龍之介がどう思おうが周りから見ればそれは間違いなくデート。少し離れた場所にいた剛が声を掛ける。
「よ、よお、ユリ。久しぶりだな……」
その聞きたくない声にユリが冷たい表情で睨み返す。
「あら、居たの?」
「あ、ああ……」
一瞬で凍えつく空気。ユリから発せられる嫌悪のオーラがピリピリと痛い。ユリが龍之介に甘えた顔で言う。
「龍之介君のお願いだから来たけど~、どうしてあんなのと一緒に行かなきゃいけないの~?」
龍之介がユリの耳元で小声で言う。
「だから、あいつ新しい彼女ができたけど恥ずかしくって一緒に来てってなって……」
ユリはそう話す龍之介を見つめながらその腕に自分の腕を絡める。
「まあ、ユリは龍之介君とデートができるんだから別にいいんだけどね」
そう言ってミカ同様、大きな胸を腕に押し当てる。
「ちょ、ちょっとユリちゃん!?」
慌てた龍之介が逃げようとするがユリがしっかり腕を掴んでおり逃げられない。
「あ、あの……、ミカと言います。今日はよろしくお願いします」
そう言って頭を下げるミカにユリが答える。
「よろしくね。そっちのつまらない男と仲良くやってね」
「はい……」
ちょっと面倒なことに巻き込まれたと思いつつも、ミカは仕事の笑顔でそれに応えた。
「剛君、剛君、見て見て! 可愛い~!!」
ミカは熱帯魚の水槽の前に行き、剛の腕にしっかりと腕を絡ませながら言った。
服からはみ出しそうなくらいの彼女の真っ白な谷間が、少し薄暗い水族館の中で僅かな光を受けて白く浮かび上がる。演技とは言え柔らかなミカの胸を腕に押し付けられ、剛の顔がどんどんだらしなくなる。
「龍之介く~ん、ねえ、お魚じゃなくてユリを見てよ……」
水族館の暗い雰囲気。目の前で密着するふたり。そんな独特の空気に影響されたのか、ユリがいつも以上に龍之介の腕に強くしがみつく。
「ユ、ユリちゃん……、だから今日はあいつの近くで一緒に……」
そう言って上から見下ろす龍之介。否が応でもユリの色っぽい胸の谷間が目に入る。ユリが甘い声で言う。
「いいじゃん。あっちはあっちで仲良くやってんだからさあ~、ユリ達も仲良くやろうよ~」
そう言ってユリがわざと腕に胸が当たるように体を動かす。
「ユ、ユリちゃん……」
どうも予想通りに行かない展開に龍之介が頭を掻く。
「きゃあ!! 怖い、剛君っ!!」
四人はサメのコーナーにやって来ていた。
優雅に泳いでいたサメが、急に方向転換しガラスの前で見ていたミカ達の方へと突進して来た。
突然のことに驚くミカ。剛に抱き着くようにその後ろへと逃げる。剛が言う。
「大丈夫だよ、ミカちゃん。俺がいるから、いつでも守ってやるぜ!!」
「うん、ありがと。剛君っ!!」
そう言ってミカが再び剛の腕にしがみつく。剛がドヤ顔で後ろにいた龍之介とユリを見つめる。ユリが龍之介の腕に手を絡めて言う。
「ねえ、龍之介君は私が襲われたら助けてくれる?」
「サメに?」
「やだぁ、サメじゃなくって。うーん、何か怖いもの」
「まあ、多分……」
きっと好き嫌いじゃなくて、そんな状況なら本能的に助けるだろうと龍之介は思った。ユリが龍之介の耳元で言う。
「龍之介君になら襲われてもいいんだよ……」
「ちょ、ちょっと、ユリちゃん!? 何言って……」
ユリは黙って上目遣いで龍之介を見つめる。一瞬それを『可愛い』と思ってしまった龍之介が慌てて目を逸らす。
(ちっ)
それを横目で見ていた剛が内心舌打ちをする。
「なあ、三上……」
水族館を出て駅のトイレに行った龍之介を、剛が追うようにやって来て隣に立ち声を掛けた。
「なんだ?」
ふたりが並んで会話をする。
「上手くいってるのかな?」
不安そうな顔の剛に龍之介が答える。
「分かんないけど、お前らのイチャイチャぶりはしっかりユリちゃんに届いてるぞ」
「そうか……」
そうなれば作戦の前半は成功。後半の剛の反撃にそのすべてが掛かる。龍之介が言う。
「とりあえずやれることはやろう」
「ああ、そうだな。折角協力して貰っているんだ。俺が男を見せなきゃな」
ふたりはトイレを出て、ユリとミカの元へと戻って行く。
ふたりで待っていたユリとミカ。ユリが尋ねる。
「ねえ、あなたさ、本当にあの男と付き合ってるの?」
ミカが答える。
「そうですよ。剛さんとお付き合いしています」
「ふーん」
「何か気になることでも??」
そう尋ねるミカにユリがぶっきらぼうに答える。
「別に、興味ないから。それより龍之介君には近付かないでね」
「はい、それは分かっています」
仕事上それは決してできない。ユリが言う。
「あ、戻ってきた。龍之介くーん!!」
ユリがトイレから戻って来た龍之介に手を笑顔で手を振った。
そして決戦の舞台となるファミレスに四人がやって来る。
「お腹空いたねー」
「うん、腹減ったよ~」
そう答える龍之介にユリが小声で言う。
「ユリを食べちゃう~??」
「ふわっ!? ちょっとユリちゃん、なに言って!!??」
慌てふためく龍之介を見てユリがくすっと笑う。剛がそれを不満そうに見つめる。
やがて注文した料理が運ばれてきて皆がそれぞれ食べ始めた。半分ほど食べたところで剛がミカを見て言う。
「美味いな、ミカ」
「うん、そうだね。剛君」
お互い見つめ合って笑顔で言うふたり。龍之介は苦笑いをして、ユリはそれを無表情で見つめる。剛が龍之介に言う。
「どうだ、三上。俺の新しい彼女、可愛いだろ?」
「あ、ああ、そうだね。ミカちゃん可愛いと思うよ」
ユリが龍之介を睨む。剛が言う。
「まあ、前は何かの気の間違いでユリと付き合っちゃったけど、今はミカと出会えて本当に幸せだぜ!!」
そう言ってミカの肩に手を回す剛。ミカの顔に一瞬嫌悪の表情が浮かぶ。ユリが初めて剛に声を掛ける。
「気の違いって何よ? あんたが泣きそうな顔で付き合って欲しいって言ったから、ちょっとだけ遊んであげたんでしょ?」
よし乗って来た、と言った顔になった剛がここぞとばかりに大声で言う。
「ああ? ふざけんなよ、このメス豚が!!! お前みたいな低俗な女が俺の隣を歩く資格なんかないんだよ!! 俺はミカと仲良くやるぜ!!!」
そう言って再びミカを強く抱きしめる剛。ミカの顔が嫌悪に変わるのと同時にユリが立ち上がって言った。
「ふざけないでよ!! 最低っ!! 私、帰る!!!」
そう言って椅子に置いていた鞄を手にしてひとり歩き出す。慌てた龍之介が立ち上がり後を追う。残された剛とミカ。呆然とする剛にミカが言う。
「ああやって体に触れるのは規則違反です。次やったらペナルティが課せられますので気を付けてください」
「あ、はい。ごめんなさい……」
大きな声で言い合いをした剛。周囲の視線が残されたふたりに注がれる。ミカが続けて言う。
「あと、思ったんですが……」
「なに?」
「あのユリさんって子、本気で怒ってましたよ。本当にああ言うのが好きなんですか?」
そう言われると自信が無くなる剛。
「ああ、そう思っていたんだけど……、怒ってたか?」
「マジで怒ってましたよ、あれ」
「うーん……」
剛は少し悩んでから龍之介に電話をかけ、作戦の失敗、そしてユリに謝罪するよう頼んだ。
「ユリちゃん、ユリちゃん!!」
ひとり早足で歩くユリを龍之介が呼び止める。ユリが立ち止まって龍之介に言う。
「龍之介君。今日何か企んでたんでしょ?」
「え?」
そう言われた龍之介が思わず黙り込む。
「ユリ、分かってるんだから。絶対不自然だもん」
「ユリちゃん……」
動揺する龍之介にユリが言う。
「元々仲の良いはずのないふたりが一緒にいるし、こそこそ何かやってるし、どうせあいつが私に復縁をしたいって言うのを手伝ったとかなんでしょ?」
「……」
そこまでお見通しだったとは。龍之介が剛との電話を思い出し、頭を下げて言う。
「うん。ごめん、その通り。一緒にいて、作戦練って、きっとまた前みたいになれるんだと思った……」
ユリが腕を組んで龍之介に言う。
「前って私があいつと付き合っていたってこと?」
「うん……」
ため息をついてユリが言う。
「いい? ユリが好きなのは龍之介君だけ。今日だって龍之介君のお願いだからここに来たの」
「ユリちゃん……」
龍之介の声のトーンが下がって行く。
「もうこんなことはしないで。お願い」
龍之介が小さく頷いて答える。
「うん、分かった。ごめんね、ユリちゃん。ユリちゃんが幸せになれると思ってやったんだけど、どうも違ったみたいだね」
「私が幸せに? まあ、とりあえず許してあげるけど、その代わり……」
龍之介が顔を上げてユリを見つめる。
「その代わり、ユリと夜まで一緒にいて。龍之介君が慰めて」
驚いたがこの状況では断れない。
「わ、分かった。夜まで一緒にいるよ」
「やった! 嬉しい!!」
そう言ってユリは龍之介の腕に手を絡ませる。ユリの大きな胸が再び腕に当たる。
「ちょ、ちょっとユリちゃん!?」
ユリが上目遣いで龍之介に言う。
「龍之介君が望むなら、朝まででもいいんだよ」
「ユ、ユリちゃん!?」
ユリはそれにきゃははっと笑って応えた。
(えっ、あれって龍之介さん……!?)
駅前を腕を組んで歩いていた龍之介とユリ。
それを偶然ひとりで化粧品を買いに来ていた真琴が見つける。
(あれって、確かミスコンのユリさんって人……)
真琴は仲良さそうに腕を組んで歩くふたりを見てぶるぶると体が震え出した。