44.ユリちゃん攻略大作戦【前編】
「ああ、マジで今日も暑いな……」
大学の夏休み。
午前中から喫茶店のバイトが入っていた龍之介は、朝食を食べるとそのまま急ぎ駅へと向かっていた。むわっとした空気、セミの鳴き声。少し体を動かすだけで汗がじわっと出てくる。
「お、おい! 三上……」
駅の改札をくぐろうとした龍之介を、ひとりの男が呼び止めた。
「あ、お前……」
短い金髪の髪、焼けた肌、ガタイのいい体。
以前ユリと一緒に龍之介をからかって振った男、新山剛である。剛はタンクトップを着ており、更に以前より増して黒くなった肌を見せつけるようにして歩いて来る。
「よ、よお。久しぶりだな……」
「なんか用か?」
龍之介は少し前に『ユリとヨリを戻したい』と相談されたことを思い出す。剛が言う。
「あのさ、ユリのことなんだが……」
龍之介は持っていたスマホで時刻を確認。
「悪いけど、俺これからバイトなんだ。話があるんだったらバイト先の喫茶店で聞くけど」
「あ、ああ、そうなのか。悪かった。じゃあ俺も一緒に行くよ」
剛は頭に手をやり、申し訳なさそうな顔で言う。
「って言うか、お前ってもしかしてずっと俺を待ってたの?」
電車に乗った龍之介と剛。車内の壁にもたれ掛かりながら龍之介が尋ねる。
「ああ、まあ、そのなんだ……、夏休みに入っちまって学校でも会えないんでな……」
ストーカーだぞ、と思いつつ龍之介がため息をつく。
そして駅で降りたふたりは真っすぐ龍之介のバイト先である『カノン』へと向かった。
「とりあえずなんか頼んで」
バイトの制服に着替えた龍之介が、カウンター席にひとりで座る剛に言う。
「あ、ああ、そうだな。じゃあアイスコーヒーを頼む」
「了解」
龍之介が慣れた手つきでコーヒー豆を電動ミルに入れていく。豆が挽かれる音と共に香ばしい香りが店内に広がる。
「はいよ、アイスコーヒー」
「あ、ああ、ありがとう」
目の前に置かれた氷たっぷりのグラスに入ったこげ茶の液体。暑い日には見ているだけで涼しくなる飲み物だ。龍之介が尋ねる。
「それで? ユリちゃんがどうかしたの?」
ようやく本題に入れたと剛が顔を上げる。
「ああ。前さ、確か『ユリは振られるのが好き』って結論に達しただろ?」
「そうだったな。覚えてる」
龍之介が行ったのはユリの申し出を断ること。だからユリは振られると靡くんじゃないかとふたりで結論付けた。剛が言う。
「だからさ、あの後俺よ、大学でユリをこっ酷く振ったんだ」
「ほお、それは凄い。それで?」
剛が悲しそうな顔をする。
「いや、それ以来何の連絡もなくてよ……、SNSも知らぬ間にブロックされた……」
悲痛な面持ちの剛。龍之介が腕を組んで一緒に悩む。
「そうか、ダメだったか……」
「本当にお前ってユリを振っただけなのか?」
そう尋ねる剛に龍之介が答える。
「ああ、それ以外別に何もしていない」
「一体どうなってるんだよ……」
龍之介が言う。
「振り方が甘いとか?」
「どういう意味だ?」
龍之介が身を乗り出して言う。
「そんな中途半端じゃダメなんだよ。きっとユリちゃんは大恥かかされて、ボロ雑巾のように捨てられるときっと燃えるんじゃないのか?」
「大恥……、ボロ雑巾……」
剛がその言葉を繰り返す。
「ああ、そうだ。考えてみろよ。今はゴミの様に捨てた俺に逆に振られちゃって、きっとプライドがズタズタになってるんだ。そう言うのが好きなんだよ、ユリちゃんは!!」
話しながら龍之介は本当にそう思えて来た。剛も頷いて言う。
「そ、そうだな!! ユリはああ見えておかしな性癖があるからな。俺だけが知っているんだが」
「そうだ、そうだ! ユリちゃんは変態なんだよ!!」
「そうだ、ユリは変態だ!!」
ふたりの男はいきなり意気投合する。剛がアイスコーヒーをひと口飲んで尋ねる。
「それで、俺はこの後どうしたらいい?」
真剣顔で尋ねる剛に、龍之介が腕を組んでしばらく考える。
「そうだな……、お前がすげえ美女と一緒にデートしている時に、ユリちゃんを罵倒し、こっ酷く振るってのはどうだ?」
「おお、それはいい!!」
剛の顔が明るくなる。そして尋ねる。
「俺が新しい彼女をイチャイチャしているのを見せつけ、『お前みたいなメス豚は要らねえんだよ!!』とか言うって算段だな?」
「ああ、それは燃えるな!!」
頷くふたり。剛が尋ねる。
「でも、俺、そんなことしてくれる女の子なんていないぞ……、ユリ一筋だし」
「大丈夫。金はあるか?」
「金? 何でだ?」
そう尋ねる剛に龍之介が答える。
「今はレンタル彼女とか言うサービスもあるんで、金さえ払えば女も用意できる」
「そ、そうか! その手があったか!!」
「それで事前にその子にそう言った芝居を打つことを頼んでおけば問題なし!!」
剛が頷いて言う。
「素晴らしい案だ!! 是非やりたい!!!」
「頑張ってくれ」
龍之介も納得した顔で頷く。しかしすぐに剛が暗い顔になって言う。
「でも、俺が誘ったところでユリは絶対来てくれないよな……」
徹底的に嫌われている剛。そもそもそんな作戦をすること自体不可能である。少し考えた龍之介が言う。
「分かった。ユリちゃんは俺が連れ出そう」
「本当か!?」
龍之介が頷いて答える。
「ああ。頼んでみる。だからその日までにお前は必ずレンタル彼女を用意しておくこと」
「わ、分かったぜ……」
剛は新たな作戦実行に気合を入れる。
「な、なあ。ちなみにそのレンタル彼女ってのは幾らぐらいかかるんだ?」
「知らん。調べてみれば?」
そう言われた剛がスマホを取り出し調べ始める。
「うわっ……、俺の一か月分のバイト代が一日で吹っ飛ぶじゃん……」
予想以上に高額なレンタル代に剛の顔が青くなる。龍之介が言う。
「たったそれだけでユリちゃんが手に入るんだぞ!! ミスコングランプリ、大学一の美女がお前のものになるんだぞ!! 安いもんじゃないか」
龍之介の言葉に小さく何度も頷く剛。
「そうだな。ユリのことを考えればこのくらいの金額、大したことねえ……」
そう引きつった顔で答える剛。龍之介が言う。
「まあ、頑張れ。ユリちゃんは本当に魅力的な子だからな!」
「……」
それを聞いていた剛が少し間を置いてから尋ねる。
「なあ、ひとつ聞いてもいいか?」
「なんだ?」
別のお客のコーヒーを淹れながら龍之介が答える。
「俺、前にお前に酷いことしたのに、なんでそんなに俺のことを助けてくれるんだ?」
龍之介が笑って答える。
「まあ、俺も全然友達いなくてさ。そんな時に結果はどうあれユリちゃんは仲良くしてくれたわけよ。全然モテなかった俺があんなに可愛い子と楽しく過ごせたんだ。だからユリちゃんには感謝してるし、幸せになって欲しい」
無言で聞く剛。
「本気で好きなんだろ? ユリちゃんのこと」
「あ、当たり前じゃねえか!!」
剛が鼻息荒く答える。
「もう浮気はしないと約束できるか?」
「できる!!」
剛がカウンターに握りこぶしを置いて言う。
「だったら手伝うよ。お前の為じゃなくユリちゃんの為に」
「そ、そうか。それは有り難い。でもお前はもう未練は全くないのか……?」
剛が不安そうな顔で尋ねる。龍之介が出来上がったコーヒーをカウンターに置き答える。
「ない。今、俺は『天使様』に夢中だ」
「天使様? ああ、女子高生の。やっぱロリコンかよ」
「違う、純愛だ」
剛は残っていたアイスコーヒーを一気に飲み干すと、席を立って言った。
「分かった。じゃあ、ユリへの連絡頼む。本当に感謝している」
「ああ、任せろ」
剛は代金をカウンターに置くとそのまま店を出て行った。
「ねえ、龍之介君~、また何か悪いことでも企んでいるの??」
それまで少し離れた場所にいた桃香がやって来て尋ねる。
「違うっすよ。人助け」
そう自信をもって答える龍之介を見て桃香が苦笑する。
「全然そんな風には思えないけど」
「大丈夫ですよ!」
龍之介は親指を立てて桃香に答えた。
作戦決行当日。
朝、出掛ける準備をする龍之介に真琴がやって来て尋ねる。
「龍之介さん、どこか行くんですか?」
深くニット帽をかぶり、だぶっとしたシャツを着た真琴が尋ねる。
「ん? ああ、ちょっとな……」
はっきりしない返事。真琴の頭に『女』という文字が浮かぶ。
「浮気ですか?」
「は?」
意味の分からない言葉に龍之介が驚く。
「だって、龍之介さんは『おさげの天使様』が好きなんでしょ? 他の女に会いに行くって言うのは浮気になるんですよ!!」
むっとした顔になる真琴。龍之介が笑って答える。
「いや、そんなんじゃないから。人助け。じゃあな!」
「あ、ちょ、ちょっと!!」
真琴の言葉も届かず龍之介がドアを閉め出て行く。
「もお……」
真琴は腕を組み、むっとした顔で閉められたドアを見つめた。
「よお、お待たせ!」
休日の駅前。
真夏の強い日差しが照り付ける駅前広場に、新山剛とレンタル彼女が立っている。
「今日は頼むぜ!!」
「ああ」
剛はやって来た龍之介と力強く手を握り、今日の作戦の成功を誓った。




