37.真琴 × 桃香
海の家。
じっとしていれば涼しいこの空間。周りにいるたくさんのお客の声や音がまるで効果音のように耳に響く。
「真琴ちゃんって、女の子なんでしょ?」
想像もしていなかった桃香の言葉。
全身から噴き出した汗が通り抜ける風を受けて少しだけ体を冷やす。真琴が答える。
「い、嫌だなあ。桃香さん、何を言ってるんですか?」
声が震えていないだろうかと真琴が心配する。桃香が真琴の手を取り言う。
「こんな綺麗な手、そしてこんなきめ細やかな肌。どう見ても女の子でしょ~」
焦る真琴が言う。
「い、いえ、だから……」
「じゃあ、真琴ちゃんのバック。中見せて貰っていい? 女の子の持ち物がひとつも無かったら信じてあげる。どお?」
「……」
バックの中には簡単に肌を手入れするクリームやブラシ、それに何より買ったばかりの女性の水着が入っている。もう逃げられない、真琴は観念した。
「……ごめんなさい」
真琴が下を向いて謝った。
「え、なんで謝るの??」
驚く桃香。真琴が小さな声で言う。
「私、嘘をついてみんなを騙して……」
桃香が真琴の背に手を当て撫でながら言う。
「良かったら話してくれるかな。誰にも言わないから」
「……はい」
真琴は素直にすべてを話した。
恥ずかしがり屋なこと、陰キャのこと、龍之介を騙して一緒に暮らしていることなどすべて。
男装して龍之介と暮らしていることを聞いた時には、流石の桃香も驚いたがその後すぐに笑って言った。
「なるほど、なるほど、よ~く分かったわ」
「……」
不安そうな顔で下を向いたままの真琴。小さな声で尋ねる。
「龍之介さんに、言うんですか……?」
桃香が首を振って答える。
「言わないわよ。それとも言って欲しいの?」
真琴も首を振って答える。
「ダメ、いえ、まだダメです……」
「まだ?」
「はい。こんなのがずっと続くのは良くないと思っています。いつかちゃんと話したい。でも、まだダメなんです。恥ずかしくて、龍之介さんに嫌われるんじゃないかって……」
桃香が真琴の背中を再び撫でながら言う。
「分かったわ。真琴ちゃんが言えるようになるまで、私応援するから」
真琴が顔を上げて言う。
「本当ですか?」
「本当よ」
真琴の目にじわっと涙が溢れる。涙声で言う。
「ありがとうございます……」
「いいのよ、全然」
桃香が真琴のニット帽越しに頭を撫でる。真琴が尋ねる。
「でも、どうして分かったんですか?」
桃香が笑って言う。
「前に合コンで来てくれたでしょ? あの時から違和感があったの。男の子にしては肌がキレイすぎるってね」
黙って聞く真琴。
「それで今日もし、ちゃんと男の子の水着来て来るようだったら思い過ごしだったのかなって思ったけど、やっぱり着なかったでしょ? だから確信しちゃったの」
「そう、でしたか……」
分かる人には分かるんだと真琴は思った。
「でも龍之介君は全然気付いてないみたいだね。そっち関係はほんと鈍感なんだから」
「そうですね」
これには真琴も苦笑して同意する。桃香が尋ねる。
「それで真琴ちゃんは、龍之介君のことが好きなの?」
(え?)
笑っていた真琴の顔が固まる。そしてすぐに否定する。
「そ、そんな訳ないじゃないですか! ただ頼れるお兄さんで、一緒に暮らして貰ってるだけです……」
顔を赤くして真琴が答える。桃香が真琴の顔を覗き込むようにして言う。
「そうなの~? でも好きでもない男の子と一緒に暮らすことなんでできるかな~??」
「で、できます!! 私怖がりなんで、それに男装もしてるし……」
真琴は自分の心臓が壊れるんじゃないかと思うほど激しく鼓動していることに気付いた。もしかしたらその音が桃香に聞こえるんじゃないか、そんな心配すらしてしまう。桃香が言う。
「まあ、いいわ。それより胸はどうしてるの?」
真琴は桃香の視線が自分の真っ平らな胸に向けられているの気付いて顔を赤くする。
「その……、さらしを巻いています。まな板なもんで……」
今日一番というほど顔を赤くする真琴。桃香が言う。
「そうなんだ。暑いのに大変でしょう~。帽子も暑そうだし」
「大丈夫です。もう慣れましたから……」
貧乳の悩みなんて目の前のこの人には絶対に分からないだろうな、と真琴は秘かに思った。桃香が言う。
「大体分かったわ。私も協力するから頑張ろうね」
その言葉を聞いた真琴が顔を上げる。そして桃香の美しい顔を見て言った。
「あの、ひとつお願いしてもいいですか?」
「なに? 私でできることならいいわよ」
真琴が真面目な顔で言う。
「私に、化粧を教えてくれませんか?」
ほんの少しだけ驚いた顔をした桃香。でもすぐに真琴の頭を撫でながら言う。
「いいわよ。めっちゃ綺麗になろ!!」
「はい!!」
真琴の目に再び涙が滲んだ。
「おーい、桃香さーん、マコー!!」
そんなふたりの元へ龍之介が走ってやって来た。
すっかり『女子トーク』で盛り上がっていた真琴と桃香。真琴にとっては秘密を共有出来た初めての女性で、桃香の優しい性格もありすぐに悩みを話せるような関係となっていた。
「あら、龍之介君。どうしたの?」
息を切らせて走って来た龍之介が言う。
「どうしたじゃないですよ! いつまでここに居るんですか? 早くビーチに行きましょうよ!!」
「うん、まあ、そうね……」
その言葉の意味を理解した真琴が言う。
「行きましょう、桃香さん。私も行きますから!」
「そお? じゃあ行こっか!」
桃香と真琴は一緒に立ち上がる。龍之介が尋ねる。
「マコ、体調はどうなんだ? 体、熱くないか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
真琴は半裸の龍之介にどきどきしながらサンダルを履く。そして先に歩き出した龍之介の後を追った。
(暑いなあ……)
日差しが照り付けるビーチ。
海は青くとても綺麗だったが、ビーチパラソルがあるとは言え泳がない真琴にとっては暑さ以外何も感じなかった。チェアーに横になりながらソフトドリンクを飲む真琴。
「うわ~、桃香さん。ホント素敵です~!!」
その目には色気たっぷりの桃香に、風に靡く紙のようにへらへらする龍之介が映る。もちろん桃香の友人ふたりとも仲良くやっている。陰キャで人見知りの真琴にとって、基本前向きで明るい龍之介の行動は予想つかない。
(何か知らないけど、むちゃくちゃ腹が立つ……)
以前ならどれだけ無視されようが、仲間外れにされても気にならなかった真琴だが、なぜか目の前の案件だけは許せない。真琴は手にしていたソフトドリンクを勢い良く置くと、持って来たカバンを持って歩き出す。
(私だって、私だって……!!!)
真琴は鞄を強く握り締めながら更衣室へと真っすぐ向かって行った。
「や~だぁ、龍之介君ったら!!」
美女三名と戯れていた龍之介。
今年は参加人数も減り束の間の天国を満喫していたのだが、そんな彼の目にある物が映って動きが止まった。
「え?」
龍之介がそちらの方を見つめながらゆっくり歩き始める。桃香が言う。
「龍之介君、どうしたの??」
そんな声にも反応せずに龍之介が驚いた顔で言う。
「あれって、おい、あれってまさか……、そんな、こんなとこで……」
龍之介の目に映ったひとりの女の子、それは可愛らしい水着に身を包んだ『おさげの天使様』であった。




