36.男装、バレる!?
「コホン、コホン……」
「マコ、大丈夫か? やっぱ部屋で休んでいた方が良かったんじゃねえか?」
朝から快晴となった日曜日。気温もぐんぐん上がり海に行くには絶好の日となった。
冷房の効いた電車に並んで座るふたり。真琴の服は大きめのシャツに、だぶついたズボン。そして白のニット帽に丸い伊達メガネ。いつもの男装をした真琴を龍之介が心配そうな顔で見つめる。真琴が答える。
「せっかく約束したんですから、ビーチで見ているだけでも行きたいんです」
仮病を使った。
軽い風邪だと偽り、海で泳がない作戦。水着になれないのだから仕方ないのだが、ならどうしてついて来たのかと真琴自身首を傾げる。
「ビーチも暑いんだぜ。泳がないとマジ焼けるぞ」
「だ、大丈夫です。日陰にいますから」
そんな事よりも真琴にとっては、知らない場所、知らない人達に会うことの方が恐怖であった。陰キャの宿命。『知らないもの』には極端に弱い。
(海、怖いなあ……、なんか軽い人とか多そうだし。でも……)
真琴は持って来た大きなバックに目を移す。中には先日ショッピングセンターで買った真新しい水着が入っている。
(着る予定のない水着を持ってきてどうするよ、私……)
真琴がため息と共に下を向く。
「楽しみだなあ、桃香さんのビキニ。な、マコ」
「そうですね……」
真琴はそれにむっとして答えたのだが、ビキニで頭がいっぱいの龍之介にはそれに気付かなかった。
「暑っ……」
電車から降りた龍之介が声を出す。
海の駅の空気はもはや完全に夏であり、冷房の効いた車内から降りたふたりをむわっとした熱気が包み込む。
(あ、暑い……、これは溶ける……)
夏の暑い時期はほぼ部屋で過ごしてきた真琴にとって、この異様と思える海の暑さは初めての経験であった。歩きながら龍之介が言う。
「マコ、無理するなよ。海の家で休んでればいいから」
「あ、はい。ありがとうございます」
そう答えたものの、真琴にとって『海の家』と言うのが一体何なのか全く想像できなかった。
熱気をはね返すコンクリートの道を歩いて行くと、やがて浮き輪やビーチボールなどが売られている売店が現れ、その奥に真っ青な海が見えて来た。
「おお、マコ。海だぞ、海っ!!」
「あ、はい。海ですね」
なに当たり前の会話をしているのだろうと真琴が苦笑する。それよりも頭にかぶったニット帽や胸に巻いたさらしが蒸れて暑いし、こんな帽子を被る真琴を周りの人もチラチラと見て行く。
「龍之介くーん!! 真琴ちゃーん!!」
そんなふたりにビーチの方から大きな声がかかる。
「わあ、桃香さん!!」
それは名前と同じピンク色のビキニを付けた桃香であった。
さらさらのピンクの髪が風になびき、肉感的なビキニ姿は嫌でも周りの男達の視線を釘付けにする。手足はすらっと細いのに、胸やお尻はしっかりと出ている。
予想していたとは言え、完全な敗北感に打ちひしがれながら真琴がその姿を見つめる。桃香が言う。
「先に着替えちゃったよ。あ、こっちは私の友達ね」
桃香に紹介されたのは、同じく色っぽいビキニを付けた女の子ふたり。ふたりとも可愛く、桃香ほどではないが色気も十分である。友達が言う。
「あ、初めまして。よろしくね!」
龍之介が鼻の下を伸ばして答える。
「あ、こちらこそ。俺、龍之介。こっちがマコ」
「よ、よろしくお願いします……」
真琴はだらしない表情の龍之介を横目で見つつ、内心むっとしながら挨拶する。女の子が言う。
「うわー、現役高校生!! カワイイ顔してるぅ~!!」
男として見れば中性的な顔立ちの真琴。イケメンとは言わないが、ある意味魅力的な男の子である。龍之介が言う。
「あ、マコ、今日少し風邪気味なんだ。だから海の家で休ませてあげて」
「あら、そうなの? 大丈夫? 真琴ちゃん」
桃香が心配そうに言う。
「あ、はい。見てるだけですから、大丈夫です……」
罪悪感を感じつつ真琴が答える。桃香の友達が言う。
「お姉さんが一緒に見てあげようか~??」
「あ、いえ、そう言うの結構ですから」
「……」
意外と冷たい真琴。
さらっと美女の申し出を断る。桃香が言う。
「とりあえず男の子は龍之介君と真琴ちゃんだけね。龍之介君は着替えておいで。私はそこで真琴ちゃんと待ってるから」
「あ、はい! じゃあ」
近くの海の家を指差しながら言う桃香に龍之介が答える。真琴と一緒に海の家に向かう桃香に友達が言う。
「私達、先にビーチ言ってるね~!!」
「了解~!!」
ふたりの女の子はきゃっきゃ言いながらビーチへと向かう。
「さて、真琴ちゃん。そこへ上がろうか」
「あ、はい……」
海の家の中はござなどが敷かれており、水着のまま中に入って休憩できる。家族連れや若者、カップルなど日曜の海は混んでおり、皆ここで休憩しながら軽食や飲み物を飲んでいる。
美人でスタイル抜群の桃香。彼女が海の家に着た瞬間、男達の熱い視線が注がれる。
「意外と涼しんですね」
そんな視線を無視するように、ござの上に座った真琴が桃香に言う。
だが桃香は真琴の顔をじっと見つめたまま何も言わない。真琴が少し後ろに移動しながら言う。
「あ、あの、桃香さん……?」
何か嫌な予感がした真琴が一瞬身構える。
「桃香さーん!!」
そこへ着替え終えた龍之介が走ってやって来る。
(わっ! 龍之介さんの半裸……)
当然だが海パン一枚になった龍之介。それを見て恥ずかしさのあまり一瞬顔を背ける真琴。龍之介が言う。
「桃香さん、泳ぎに行きましょうよ!! ビキニで!!」
龍之介はだらしない顔で桃香のビキニを見つめる。桃香が答える。
「今、忙しいの」
(忙しい??)
ほとんど何も話していない真琴が内心首をひねる。龍之介が尋ねる。
「忙しいって、何してたんですか?」
「女子トークよ。さ、龍之介君は私の友達が変な男に引っかからないように近くに居てあげて」
「あ、はい! 了解です!!」
普段から桃香の命令に従っている龍之介は、思わずバイトの習慣でそのまま友達の方へと走り出す。ただ真琴だけは彼女の言葉を聞いて体が固まっていた。
(今、なんて言った……??)
真琴の額を流れる汗。
それはニット帽をかぶった暑さで出た汗でなく、緊張と不安から出た汗。桃香が真琴の隣に座り、じっとその横顔を見つめてから耳元で言った。
「真琴ちゃんってさあ、女の子なんでしょ?」
(え?)
真琴の汗が全身から再度噴き出した。




