34.ポンコツ、頑張る!!
良く晴れた日曜日の朝。
朝一番でレンタカー屋に向かった龍之介と真琴は、初めてのドライブにやや緊張しながらよく磨かれた車に乗り込む。
「ではこちらが鍵になります。満タン返しでお願いしますね」
「あ、はい」
緊張した龍之介が真剣な声で返事をする。
シートやバックミラーの位置を調整し、エンジンをかけてゆっくりとアクセルを踏む。
(は、初めてのレンタカー。緊張する……)
「あの、龍之介さん……、大丈夫ですか??」
両手でハンドルをしっかり握りしめ、前のめりなって前を睨みつけている龍之介。車のことが詳しくない真琴でも彼が緊張していると分かる。龍之介が答える。
「ちょ、ちょっと今話し掛けないで! まだ車に慣れてないんで!!」
「あ、すみません」
夏も近付き暑くなってきたとはいえ、龍之介の顔は既に汗だくだ。ハンドルを握りしめる手も力み過ぎで逆に不安定になっている。
「……」
無言の空間。
動き出す車。目が血走った龍之介の荒い鼻息が車内に響く。少し走った後、龍之介が言う。
「マコ、そろそろ疲れたろ? コンビニがあるんでちょっと休憩しよう」
(え!? 疲れたって、まだ五分も走っていないけど!!??)
ようやく真っすぐな道を走り出した矢先の思いがけない龍之介の言葉に真琴が戸惑う。でも顔を真っ赤にし全身から汗を噴き出している龍之介を見ると、確かに休憩が必要に思う。
ガン!!!
「きゃっ!!!」
その時、コンビニの駐車場に入ろうとした際、突如車に振動が走る。
「ごめん、縁石にタイヤがちょっと乗っちゃった!!」
歩道にある段になったコンクリートの縁石。そこにタイヤが乗り上げてしまったようだ。龍之介が言う。
「大丈夫。ぶつかったりはしていないから!!」
そう言いながら龍之介が駐車場の線から大きくはみ出して車を止める。ある意味心臓がどきどきであった真琴が汗だくの龍之介を見て思う。
(龍之介さん、車に関係に関してはポンコツかもしれない……)
車を降り、飲み物を買いに行った龍之介を見つめながら真琴が苦笑した。
「はい、どうぞ!」
「あ、ありがとうございます」
コンビニで飲み物を買って来た龍之介がマコに冷たいドリンクを手渡す。
「ぷは~、うめぇ!!」
一気に半分ぐらい飲み干した龍之介。一体どれだけ喉が渇いていたのかと真琴が苦笑する。龍之介が言う。
「車買ったらさ、俺、助手席には絶対彼女以外は乗せないつもりなんだ」
(え?)
ジュースを飲もうとしていた真琴が固まる。龍之介が言う。
「あ、マコはいいぜ、男だし。でもそこは彼女専用席。他の女は乗せない。そう言うの分かるだろ?」
「え、いや、はい……」
口籠る真琴。それよりも思った。
――私、乗っちゃってるんですけど!!!
彼女しか乗せない助手席に乗ってしまった。男装はしているけど、もちろん中の人は女。真琴が思う。
(と言うことは私、……龍之介さんの彼女!?)
一瞬で顔が真っ赤になる真琴。それに気付いた龍之介が言う。
「何だ、マコも暑いのか。ちょっと冷房強くしようか」
「は、はい……」
真琴は恥ずかしさのあまり下を向いて小さな声で答えた。
「ふう~、やっと着いたな。途中道が混んでいてずいぶん遅れちゃったけど、無事着いて良かった!!」
目的であった北山植物園には、予定の時間を大幅に過ぎて到着した。真琴が思う。
(ど、どこが混んでいたのよ!! 本当に車に関してはポンコツだわ……)
「さ、マコ。行こうか。花、見たいんだろ?」
「は、はい……」
龍之介に言われて一緒に車を降りる真琴。日曜日ということもありまずます混んでいたが、無事にチケットを購入。入園しようと歩き出した龍之介に真琴が尋ねる。
「ね、ねえ、龍之介さん。さっきチケット売り場の隣の売店で見かけたんですけど、『自撮り棒』って何ですか?」
「自撮り棒? ああ、それはスマホで自分を撮ることができる棒のことだよ」
「自分で?」
よく意味の分からない真琴が首をかしげる。
「興味あるの? じゃあ、ちょっと寄ってみようか」
そう言って売店へと龍之介が歩き出す。真琴もそれに小走りで後に続く。
「これをここに入れて、そしてこのボタンを押すと写真が撮れるんだ」
「凄い……」
今まで自分の腕を目いっぱい伸ばしてとっていた真琴にとって、それはまさに目から鱗であった。
「買います!! これ、買います!!!」
「あ、ああ……」
突然の『買います宣言』に少し驚く龍之介。
「買うから、設定は龍之介さん、お願いします!」
「あ、ああ、分かった……」
機械オンチの真琴。当然そうなる。
真琴は新たなスマホの道具を手に入れて満足した顔で龍之介と一緒に植物園へと入って行った。
「うわー、綺麗っ!!!」
少し旬は過ぎていたが、それでも現在行われている『あじさい祭り』は中々見応えのあるものであった。紫や青、時には赤色の花が美しく咲いている。龍之介があじさいの説明を見て言う。
「へえ~、土壌が酸性だと青色に、アルカリ性だとピンクっぽくなるんだって」
「そうなんだ~、それにしてもこれだけたくさんあると本当に綺麗ですね!!」
「うん、そうだね」
じっとあじさいを見つめる真琴。男子高生にしては少し違和感がある姿かもしれないが、花が好きな彼女にとって今はそんなことどうでも良かった。
「写真撮りましょうよ、龍之介さん!!」
真琴がさっき買ったばかりの自撮り棒を取り出し笑顔で言う。
「え、俺と? うん、まあ、いいけど……」
真琴のことは勿論嫌いではないけど、花をバックに男とツーショットと言うのはやや戸惑う。
カシャ
龍之介と一緒に真琴が並んで写真を撮る。それをすぐに確認した真琴が不満そうな顔で言う。
「龍之介さん、もっと笑ってくださいよ!」
龍之介はやや引きつった表情で写っている。男と一緒に花をバックに撮る写真で笑えるはずがない。
「わ、分かったよ……」
渋々再び写真に応じる龍之介。
「はい、撮りますよー」
カシャ
「……うん、いいです! 合格っ!!」
真琴は龍之介と撮った写真を笑顔で見ながら言う。龍之介が額に流れた汗を拭きながら真琴に言う。
「いや、それにしても暑いな」
日差しが強く、少しむっとした暑さ。じっとしていても汗が滲んで来る。真琴が少し離れたところになるアイスクリーム店を指差して言う。
「あ、あそこにアイス売ってますよ! 私、おごりますね! ちょっと待ってて!!」
「あっ」
真琴は呼び止めようとする龍之介を見もせずに走り出す。
「ま、いっか」
龍之介が近くにあるベンチに腰を下ろして真琴を見つめた。
(どれがいいかな……?)
色々なアイスがある中で真琴はとある文字に目が行った。
「え、『カップル割引き』……?」
説明を読んで見ると男女のカップルで買えば、特大のアイスがお得に買えるとのこと。真琴が少し離れた場所に汗をかいて座っている龍之介を見つめる。そして店員に尋ねた。
「あの、これって一緒じゃないとダメなんですか? わ、私の彼、あそこで疲れて休んでるんですけど……」
真琴は自分の顔が真っ赤になるのを感じながら店員を見つめた。尋ねられた店員が笑顔で答える。
「問題ありませんよ! 今日暑いですもんね。特大アイス、ふたつでいいですか?」
「あ、はい!!」
真琴は笑顔でそう答え、アイスを受け取る。
「龍之介さーん!!」
アイスを両手に持った真琴が笑顔で龍之介の元へと走る。それを見た龍之介が言う。
「お、でかいアイス!! サンキュー、マコ!!」
そう言ってアイスを受け取りかぶりつく龍之介。
「うーん、冷たくて美味しい!!」
一緒にアイスを食べる真琴も言う。
「美味しいですね、龍之介さん!」
こんなに美味しいアイス、真琴自身ももちろん初めてだった。
「楽しかったですね!」
「ああ、そうだね」
一日植物園で遊んだふたり。
夕暮れの中、再び龍之介の運転する車で自宅へと向かっていた。相変わらず緊張しながらの運転。ハンドルを両手で強く握り、真正面を睨みつけるように見ている。
真剣な表情。あまり会話もない。
真琴はそれが運転による龍之介の緊張だと思っていた。龍之介が口を開く。
「マコ……」
「ん、なんですか?」
助手席に座った真琴が横を向いて龍之介を見つめる。
「キヨさん、きっと元気になるから。手術も成功するから、あまり心配しなくていいぞ」
「え、あ、うん。そうだよね、きっと……」
真琴は突然振られたキヨの話に驚きながらも何となくそう答えた。そして気付いた。
(あれ、もしかして、龍之介さん、私が落ち込んでいると思って今日連れ出してくれたの……?)
真琴が運転する龍之介をじっと見つめる。相変わらず前を向いたまま力んで汗だく。真琴の目が赤くなる。
(じゃあ、私を元気付けようと、こんなに頑張って、一生懸命運転して……、私の為に……)
真琴は丸い伊達メガネの中に指を入れて、流れ落ちる涙を拭う。龍之介が前を向いたまま尋ねる。
「今日は疲れただろ? 夕飯はどこかファミレスでも寄って……」
「私が作ります」
龍之介の言葉を遮るようにして真琴が言う。
「え、でも疲れてるだろ? 一日歩いて……」
真琴が首を振りながら言う。
「大丈夫ですよ! 今日のお礼、私が作りますって!!」
今日だけは絶対手料理を食べて欲しかった。自分ができる龍之介へのお礼。真琴は再度流れ落ちる涙を指で拭き取った。
「あー、お腹いっぱい!! ありがとな、マコ!!」
レンタカーを返し、マンションに帰ったふたり。マコがすぐに料理を作ってくれて、ふたりで一緒に食べた。真琴が立ち上がり龍之介に言う。
「飲み物、おかわり持ってきますね」
「あ、うん、ありがとぉ、ふわ~あ……」
眠そうに欠伸をしながら背伸びする龍之介。そして真琴が飲み物を持ってリビングに戻って来ると、龍之介は横になって寝息を立てて眠っていた。
「眠っちゃったの? 相当疲れたんだね……」
真琴が横になって眠る龍之介の近くに座る。
くーくー
寝息を立てる龍之介を近くで真琴が見つめる。
(可愛い……)
真琴がその寝顔を見て少し笑って思う。そして龍之介の頭を優しく撫でながら言う。
「ありがとう、龍之介さん……」
真琴はしばらく眠った龍之介の顔をじっと見つめた。




