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11.『おさげの天使様』って、えっ、私!?

「あっ、み、三上さん。こんにちは」


 龍之介のバイトする喫茶店に訪れた男装した真琴。きちんとした身なりの彼にどきどきしながら席に着くと、その聞き慣れた声が真琴の耳に響いた。



(どうして、どうして橘さんが龍之介さんと知り合いなの……?)


 それはクラスカーストの上位、橘カエデ。真琴のいじめ役の中心人物であった。

 真琴は目立たぬ様にすっと立ち上がり、店内にいた龍之介に近付いて小声で言った。



「あ、あの、ごめんなさい。やっぱり今日は帰ります……」


「え? あ、マコ……!?」


 真琴は深く帽子をかぶり、カエデ達に顔を見られぬよう店を出た。



(マコ……)


 龍之介は真琴が出て行った店のドアをしばらく見つめる。そんな彼に同じアルバイトで先輩でもある女性店員が声を掛ける。



「あら、あのお友達の子、帰っちゃったの?」


 彼女の名は綾瀬あやせ桃香ももか

 その名の通りふわっとした薄ピンクの髪が特徴の色気たっぷりの女性で、その大きな胸を目当てにやって来る常連客も多い。龍之介が答える。



「ええ、どうしたんだろう……?」


 桃香が言う。


「可愛らしい顔の子だったよねえ~、食べちゃいたいぐらい」


「桃香さん! マコはまだ子供ですよ!!」


「いいじゃな~い、ちょっとぐらい」




(三上さん、やっぱりあの女の人と仲がいい……、どういう関係なのかな……)


 少し離れたテーブルに友達と座ったカエデが横目で龍之介を見つめる。ここに通い始めてずいぶん経つがいつ見ても龍之介とその女性店員は仲がいい。友達が言う。



「カエデ、そんなに気になるなら直接聞いてみれば?」


「聞くって何を?」



 友達が少し笑って答える。


「え~、何って三上さんのことだよ。彼女いるのかとかぁ、あの女の人との関係とかぁ~」


 ほぼ他人事の友達。興味本位でカエデに言う。


「そんなの無理よ! わ、私なんて子供だし、絶対興味なんてないし……」


 カエデはその名のように赤く染まったボブカットの毛先を無意識に触りながら答える。クラスでは敵なしの一軍女子。だがこと恋愛に関しては驚くほど奥手である。



「お待たせしました」


(来たっ!!)


 そんなカエデ達の席に、アイスコーヒーを持った龍之介がやって来る。グラスをテーブルに置く龍之介を上目遣いで見ながらカエデが言う。



「あ、ありがとうございます……」


 龍之介が笑顔で答える。


「いえ、こちらこそ。いつも来てくれてありがとう」


「は、はい!!」


 カエデが目をキラキラさせながら嬉しそうに答える。周りの友達は、それを苦笑しながら見つめた。






(つまらない……)


 ひとり先に部屋に帰った真琴は不機嫌そうな顔をしてリビングに座っていた。



(ユリさんとか、バイトの女の人とか、橘さんまで……)


 なぜ自分の同居人の男にはあれほどたくさんの女がいるのか。綺麗な人に色気のある人。女子高生まで。


(私は……)


 真琴はテーブルに置いた手鏡で自分を見つめる。



「……男じゃん」


 男装した真琴。綺麗な顔立ちとは言われるが龍之介にとっては男。さらしなど巻かなくてもあるかどうか分からないほどの真っ平らな胸。暗く、友達だってほとんどいない。



(こんな私じゃ、誰も相手にしてくれないよね……)


 少し外の世界を知った真琴。その現実を知りため息をつく。




「おーい、マコ。いるか??」


 そこへバイトを終えた龍之介が帰って来た。


「あ、龍之介さん」


 真琴は手にしていた手鏡で自分の顔をチェックし、リビングにやって来た龍之介を見つめる。



「ごめんなさい、さっきは。ちょっと急用を思い出して……」


「急用? そうなのか」


 龍之介が真琴の正面のソファーに座る。真琴はバイトの時のカッコいい龍之介の姿を思い出して少しだけどきどきする。真琴が小さな声で尋ねる。



「ねえ、あの途中でやって来た女子高生だけど、お知り合いなんですか……?」


「女子高生? ああ、あの赤髪の子?」


 龍之介はよく店にやって来る女子高生のグループを思い出して答えた。



「ええ……」


 彼女は間違いなくカエデ。龍之介とつながりがあるなんて夢にも思っていなかった。



「知り合いって言うか、よく来る常連さんだよ。いつもお喋りして帰って行く感じ。ただ令華高の子だったんで、もしかしたら『おさげの天使様』のことを知っているんじゃないかと思って少し話したことはある」



(『おさげの天使様』か……)


 真琴は自分と同じ学校だというその龍之介がひと目惚れした女の子について思う。そして自然と口に出た。



「その『おさげの天使様』ってどんな子なんですか?」


 龍之介は真琴も同じ高校なのだからもしかしたら知っているかもしれない。迷わず尋ねた。



「おさげの女の子。綺麗な黒髪で、お淑やかな感じかな」


「うん……」


 真琴が返事をして聞く。



「電車の中で見かけたんだけど、窓際の席に座ってよく本を読んでいるかな。下を向いてずっと読んでいる」



(あれ……?)


 真琴の中に、その()()()について初めてほんの少しだけ思った。



「何時の電車なんですか?」


「時間は分からないけど朝の電車。前から二両目の真ん中のシートの一番左端。見た時はいつもここに座っていたかな」


 真琴の心臓が大きな音を立てて鼓動する。



(え、え、え……、うそ、それって、その女の子って……)



 ――私じゃん!!!!



 真琴は震えた。

 一瞬全身に冷気を感じるほど震えた。



「そんな暗そうな子の、どこがいいの……?」


 少し震えた声で真琴が尋ねる。頭に被った帽子、伊達メガネ。すべてが上手く行っているか確認してから龍之介を見つめる。



「暗そうな子? 別にそんな風には思わないけどな。俺には天使にしか見えなかった。好きになるのに理由なんて要らないだろ?」


「そ、そうだけど……」


 真琴は下を向き、何かを誤魔化す様に自分の膝をぎゅっと握りしめる。龍之介が言う。



「なあ、マコ。お前その子に何か心当たりないか。なんか知ってそうな感じがするけど?」


(やばっ!!)


 器用に誤魔化しなどできない真琴。明らかな動揺が龍之介にも伝わったようだ。



「あ、うん。違うかもしれないけど、もしかしたら心当たりがあるかもしれないような、違うような……」



「本当か!? マコ!!」


 大きな声でそう言う龍之介に真琴が驚いて答える。



「いや、まだ分からないけど……」


「名前は? 天使様の名前を教えてくれ!!」


「いや、だから良く分からないんだって……」


 真琴はもしかしたら大きなミスを犯したのではないかと震え始める。龍之介が言う。



「俺な、絶対に『おさげの天使様』を彼女にしたいんだ。ひと目見た瞬間に俺のものにしたいと思った女の子なんだ。だけど全然面識ないし、下手に声かけたら変質者扱いされるだろ? だから困ってたんだ」



(そんな、そんな、どうしよう……)


 真琴はソファーに座りながらも、体が宙に浮いているような感覚になり全く座っている気がしない。龍之介が身を乗り出して真琴の手を握り締めて言う。



「マコ!! 俺、彼女と知り合いになって、いつか必ず告白したいんだ!! だから手伝って欲しい!! 頼む!!!」


(いや、だって、だって、私……)



 どうしていいのか分からずに動揺する真琴。長いこと祖母以外とまともに会話したこともないような自分が、突然の『好き宣言』を受け、更にそれを応援しろと頼まれている。



「マコ、頼む!!!」


 余りに真剣な龍之介についに真琴が根負けした。



「あ、うん。分かった。分かったよ……」


 龍之介の顔がぱっと明るくなる。



「ほんとか!? やった!! これで『おさげの天使様』攻略が見えて来たぞ!!!」


 ガッツポーズをして喜ぶ龍之介を放心状態で真琴が見つめる。



(大変なことになっちゃった……)


 ただでさえ頼りにしていた祖母が居なくなり、男装しながら同居することになった真琴。更にその同居相手が『根暗で陰キャの真琴』を天使様とか呼んでひと目惚れしていたとは。

 踊るようにして喜ぶ龍之介を見ながら真琴が思う。



(でも、無理……、男の人と()()としてお付き合いするなんて、絶対に無理っ!! そんな恥ずかしいこと考えただけで顔から火が出そう……)



「マコ!! お前やっぱり恋のキューピットだな!! ヒャッホー!!!」


 意味が分からない。

 ただただ喜ぶ龍之介を真琴は呆然と見続けた。



 こうして大学生龍之介と、根暗で陰キャの男装ガールとの同棲生活が本格的に始まることとなった。

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