制服を着る
俺は目を開けた。
そこには、見慣れた俺の部屋の味気ない天井があった。
ゆっくりと俺は体を起こす。そして、辺りを見回した。
「なんで、ここに……?」
俺は先ほどまでお店に居たはず。
そう、思案を巡らせていたちょうどその時、由奈姉ちゃんが部屋に飛び込んできた。
飛び込んできた時の姉ちゃんの表情は硬く、まるで木偶のようだったが、俺の姿を確認するや否や、表情を溶解させた。
そして、へなへなとした表情のまま、口を開いた。
「由紀、よかったぁ~」
「えっ」
俺は由奈姉ちゃんの一言に戸惑う。
なんで、よかったなんて言ったんだ?
……あ、思い出した。
制服を買いに行った店で倒れたんだった。
そんなことを考えていると、またドアが開いた。
入ってきたのは……綾瀬!?
「おう、裕樹……じゃない、由紀。復活したか」
綾瀬はそう言い、部屋に入ってきた。
そんな彼(ここは“彼女”としたほうがいいのか?)は髪を後ろで一つに纏めていた。
そんなことよりも……
「おい、綾瀬。なんでその”由紀”って名前知ってんだ?」
俺は綾瀬に問いかけた。
すると、綾瀬は「ん?」と小首を傾げて、そして答えた。
「お前が意識を失っていた間にお姉様から教わってたのさ」
なるほど、それでか。
「まあ、いいや」
一応、そう言っておいた。
ふと、俺は一つ疑問を持った。
それは、何故俺がここにいるのか。
俺は二人に聞いてみることにした。
「あのさぁ。何で俺はここにいるんだ? まだ買い物の途中じゃなかったんじゃ……」
そこへ、由奈姉ちゃんは俺の話しを遮るようにして口を挟んだ。
「ああ、買い物? もう終わったよ。由紀が倒れて意識を失っている間にね」
「そ、そうなのか!?」
なんということだ。
俺が意識を失っている間に買い物が終わっていたなんて。
美味しいものでも買って食べようかと思っていたのに……。
嘆く俺を尻目に、姉ちゃんは言葉を続けた。
「あとねぇ、倒れた由紀をここまで運んでくれたの、綾瀬さんなのよ。感謝しなさいよ」
姉ちゃんの言葉を聞くや否や、綾瀬がかすかに膨らんだ胸を張り「ふん」と鼻を鳴らした。
そうだったのか、俺は綾瀬にここまで運ばれてきたのか。
一応お礼は言っとこう。
「綾瀬、ありがとう」
「別にお礼はいらないよ。こんなの、友として当然だろ?」
綾瀬は俺にそういって、近くにあった砂時計を手に取り、それを眺め始めた。
「あんまり触りすぎて壊すなよ?」
俺はそう忠告すると、綾瀬は「わかってるよ」と答えた。
そこで、俺は現在時刻が気になった。
部屋に時計があるものの、見る気がしない。
なので、姉ちゃんに聞くことにした。
「由奈姉ちゃん。ところで、今何時?」
俺が姉ちゃんに尋ねると、姉ちゃんは軽くこちらを睨みながらも、時刻を教えてくれた。
「今は午後4時28分よ。由紀、7時間もここで寝込んでいたのよ。途中うなされていたし。」
えぇ! し、七時間も俺はこうして寝込んでいたのか。
正直、夜眠るのとほぼ一緒じゃん。
と、由奈姉ちゃんは思い出したように驚きを露にする俺に対し、少し低い声で言った。
「”姉ちゃん”じゃなくて”姉さん”でしょ。あんた女の子なんだから、言葉遣いをきちっとしないとダメよ」
あ、忘れていた。
「ごめんなさい」
素直に謝っておくのが大切だと思い、俺は姉さんに謝った。
「それでよろしい」
姉さんはまるで権力者のように言った。
俺は完全に姉さんの支配下に置かれてしまったと思った。
と、俺と姉さんの茶番を見守っていた綾瀬が間に割り込んできた。
そして、場の空気を一気に換えた。
「よーし、由紀が復活したことだし、制服試着会でも始めますか」
おい、いきなり話を変えるなよ。
……というか、制服あんの?
「由奈姉ちゃん、制服あるの?」
俺は姉さんに問いかけた。
すると姉さんは、「ん?」と反応すると、俺の問いかけに答えた。
俺は由奈姉ちゃ……もとい、姉さんが指差した方向にゆっくりと視線を移した。
そこには真新しい潮凪中学校の制服一式が掛かっていた。
薄い空色のブレザー。
ブレザーの下に着るシャツ。
リボンのついた夏服のセーラー服。
深い藍色のスカート。
膝下までの黒ソックス。
どれも眩い光を放っているかのように輝いていた。
まぁ、新品だからだろうけど。
俺はそれをしばらく眺めた後、言った。
「これ、今着るの?」
綾瀬が答える。
「うん」
俺は再度問いかけた。
「どうしても、今じゃないとだめ?」
今度は由奈姉さんと綾瀬がそろって言う。
「うん」
どうやら、どうしても着ないといけないみたいだ。
逃げ出すことも出来はしないので、仕方なく俺は布団から出て、嫌々服を脱ぎ始めた。
―――由紀がお着替え中の為、しばらくお待ち下さい―――
ようやく着替え終了……かな?
もう太陽は遥か西の端に見える山々のちょい上あたりに来ていた。
窓から俺の部屋に太陽の光が差し込んでいる。
その光を背に受け、俺はそこに立っていた。
「おぉー、由紀。似合ってるぞ!」
綾瀬が軽く手を叩き、言った。
「キャー! かわいいぃー!」
由奈姉さんは、もうなんかのネジが吹っ飛んでいるようだ。
「天使だ! 天使が舞い降りてきた!」
どうやら、綾瀬も『理性』という名の壁が崩壊したようだ。
「そんなに可愛いのかなぁ?」
俺はそう呟いて鏡の前に立つ。
そこには、空色の髪留めをつけて、潮凪中の制服を可憐に身にまとった少女が立っていた。
微かに、胸の膨らみが分かる。
確かに可愛い。
急に俺は恥ずかしくなって、急いで鏡から視線を外し、二人の顔を見た。
二人は穏やかに微笑んでいる。
俺も二人に微笑み返した。
こうして、潮凪中の制服試着会は無事(?)、幕を下ろしたのだった。
六話目です。
※12月21日…内容を大幅に編集しました。
※2011年1月30日…構成を編集しました。
※2011年10月17日…表記を変えました。