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文化祭!‐合唱コンクール‐

遅くなってしまい申し訳ありませんでした。

それでは、始まります。

 十一月某日。潮凪中の文化祭が催される日。

 学校内はそわそわとしていて、私のいる教室は、みんなどこか挙動不審気味で、深刻そうに机に突っ伏している人。異常なほどにテンションが高くなっている人など、様々な人がいて、私的には見ているととても面白い。

 私は自分の机に座っている。椅子をすでに体育館に運んでしまっているので、不謹慎ではあるものの、机の上に腰かけている人の割合が非常に多い。かくいう私もその一人で、自身の机を椅子代わりに、足を放っている。真向いに座る冬奈も同じように座っているものの、そのテンションは異常な程に高い。

「いよいよだね、由紀」

 目の前に座る冬奈が、にこりと笑うと、自然と私も笑顔になる。あれから何度も練習を繰り返して、次第にクラスの空気はまとまっていった。だから、私は少し期待している。

“もしかしたら、賞を取れるかも……”

 視線は、自然と黒板に吸い寄せられていく。そこには、クラスのみんなで描いた大きな目標が書かれている。

『目指せ、最優秀!』

“やってやろうじゃないの”

 軽く深呼吸をして、私は座っていた机から立ち上がると、窓の外を眺めた。十一月にしてはやけに暖かい、季節感を感じられないような日差しが眩しかった。


 時間が過ぎるのは本当に早いと思う。

 三十分前は教室でくつろいでいたというのに、今はもう体育館に移動を完了して、本番前の最終調整を行っている。

 どうにも、体育館に足を踏み入れた瞬間から変な気分になって、やたらとスカートの裾が気になって仕方がない。あとは、肩ほどのセミロングの髪が、どうも私のものと思えなくて気持ちが悪い。

 これはもしかして、私、緊張してるのかな。

「おっ? もしかして由紀、緊張してるの?」

 突然、この時期にしては丈の短いスカートをはためかせ、冬奈がやってきた。水色のブレザーが、活発な印象の彼女にはよく似合う。

「や、そ、そんなはず……ないよ?」

「いやいや、それは絶対緊張してる証だって」

 冬奈は見るからにいつも通りで、にっこりと笑ったそのかわいらしい顔には、これまた愛らしい笑窪が生まれている。

「……そう、かな?」

 そんな彼女に私は恥ずかしさを覚えて、俯いたままで答える。すると、彼女は「そうそう」と即答して、けらけらと笑った。

「別に緊張したっていいんじゃない? 全校生徒だけじゃなく、来賓、来てくれた方々の視線が由紀に集まってくるわけだし、無理もないと思うけど」

「そ、そうだよね……」

 当たり前のことではあるけれど、冬奈の言葉に、私はとても緊張していることを自覚させられた。反対側に座っている保坂さんはどう思っているのか、私は気になって顔を覗かせてみる。すると、はるか先の方、列の端っこで、顔面蒼白で震えている保坂さんの横顔が目に飛び込んできた。

“やっぱり、保坂さんも緊張しているんだ……”

 彼女には申し訳ないけど、彼女の姿を見たら、緊張していた心が少し楽になったように思える。それと同時に、周りの様子を見る余裕が生まれたように感じ、一度、体育館内の様子を眺めてみることにした。

 うちの中学校は、ほかの中学校に比べて、若干新しい。冷房暖房完備の体育館で、全校生徒全員が入っても、まだ少し余裕があるくらいに広い。しかし、今日はそんな体育館に、溢れんばかりの人が詰めかけている。他校の制服や、親、はたまた地域の方々など。年に一度しかない文化祭は、大盛況だった。そんな文化祭の大目玉、合唱コンクール。それを見るために詰めかけた人は多く、その誰もが、今か今かとその時を待っている。

“やるっきゃない!”

 私は震える両膝を軽く叩いて、深呼吸をひとつ。それと同時に、合唱コンクールの始まりを告げる吹奏楽部のファンファーレが鳴り響いた。


 私たちのクラスは、十番目。まだまだと思っていたけど、あっという間に出番がやってきた。

「それでは、二年一組さん、お願いします」

 呼ばれて一斉に立ち上がる。緊張してまた膝が震えたけれど、軽く叩いて自分自身を鼓舞する。

 ステージへと登壇しなければいけない。それほど長くはないその距離も、今日この瞬間は、果てなく続く砂漠の中をあるっているかのように思えた。

 私は自由曲の指揮者であるため、一番最初に登壇するのは玄武さんだ。前を行く玄武さんの背中は、私と同じくらいの背丈だとは思えないくらいに大きく見えて、それがすごく頼もしく思えた。私は所定の位置に着くと、全員がステージ上に上るのを静かに待つ。視線を前方に巡らせば、体育館にこれでもか、というほどに集まった観衆。一瞬ヤバい、と思ったものの、全員の視線が私に集中しているんではないと思うと、少しは気が楽になったような感じがした。

「これから、二年一組の発表が始まります。課題曲指揮、玄武秋。課題曲伴奏、久田野遼。自由曲指揮、青柳由紀。伴奏、保坂琉音です」

 アナウンスが、私たちの発表に際して課題曲、自由曲の指揮者と伴奏者の名前を観客に伝えた。自分の名前が呼ばれた瞬間、思わず返事をしそうになったのは私だけの秘密。それまで何とかなっていたはずの緊張が、再び大きく膨らみ始めて、動悸も少し早くなっていた。

 気を紛らわせるために、指揮者である玄武さんを見れば、彼女もこちらを見ていて、目が合った。その瞳は強く、そして優しいもので、私に「大丈夫だから」と言っているような気がした。

 玄武さんの合図に合わせて、伴奏の久田野君が課題曲を弾き始める。何十回も練習で聞いた曲。歌詞もすべて頭の中に入っている。イントロが終わって、歌い出し。喉の調子は絶好調とまではいかないまでも、悪くはない。きっちりと決まった気がした。

 課題曲はあっという間に終わった。場内からは拍手が巻き起こり、玄武さんは右手を静かに下ろす。それが、私のステージの始まりを告げるサインだ。

 一歩踏み出して、玄武さんが指揮した場所を目指す。その時、私がいた場所へと向かう玄武さんに、「楽しんでいこう」と囁かれた。それはとても楽しそうで、彼女は最初っからこれを楽しむ気でいるんだな、と感じられた。指揮台に到着すると、観客に向かって一礼。そして巻き起こる拍手。回れ右をすれば、クラスメイトの意味深なにやけ顔。私の緊張は、解れた。

 

 気が付くと、演奏は終わっていた。指揮をしているときの記憶が少し曖昧で、気付けば、私は右手を静かに下ろすところだった。

 クラスのみんなはやりきったというような表情で、どこか達成感と、安堵感が入り混じったものを感じる。それは伴奏をしていた保坂さんも同様で、視線をちらりと向けてみれば、今にも泣きだしそうな様子だった。

“やりきったんだ……”

 心の中で呟く。今まで練習してきたものが、今日、この瞬間、陽の目を見た。

 回れ右をして、深く礼をすると、場内から拍手が沸き起こる。それはとても心地よく、かつ温かかった。思わず目尻が熱くなったけれど、ぐっとこらえてステージを下りる。クラスのみんなの背中を見ながら、今日という日を迎えられて本当に良かったと思った。


 私たちの発表が終わった後も、いくつかのクラスが発表を行った。どのクラスも上手で、ダイナミックな指揮や、ガラスのように繊細な指揮。伴奏も然り、合唱のクオリティには驚かされた。ステージから退場する順番の都合で隣同士になった保坂さんは、ずっとすごいとしか言っていなかったけど、確かにその通りだったと思う。最後のクラスに至っては、その迫力に圧倒されて終わった。そのクラスの発表の最中、私は、緊張とはまた違う震えに襲われながらも、食い入るようにそれを見つめていた。

 すべてのクラスの発表が終わった後で、一度休憩が入った。手に変な汗が浮かんでいたために、スカートのポケットからハンカチを取り出してそれを拭いていると、冬奈がこちらへとやってきた。

「由紀、お疲れ様」

「あ、冬奈もお疲れ様」

「えへへ、由紀の指揮、とても良かったよ」

 そう言いながら、彼女はトイレに行ったために空いてしまった保坂さんの席に座った。

「んでさ、由紀は今日の出来、点数付けるとしたら何点にする?」

「え……んと、歌ってるときの記憶がないんだよね。だから、保留、じゃだめですか?」

「えー!! それはないよー」

 冬奈は驚いたような表情で、私を非難する。でも、仕方がない。私自身、指揮をしている最中の記憶が曖昧、というよりほとんどない状態なのだから。いくらなんでも、点数の付けようがない。

「だからね、保坂さんに着けてもらおうよ、点数」

 今この場にいない保坂さんには申し訳ないと思いつつ、大役をすべて保坂さんに丸投げする。冬奈は不満そうにしつつも、「それじゃあ、保坂さん探してくるね」と言い残し、私から離れていった。その後ろ姿を見送りつつ、あとで保坂さんに何かお詫びをしなければな、と思った。


五十五話目です。

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