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疲労風邪

 文化祭もだんだんと近づいてきた。

 つい先日終わった全国大会の疲れが取れないまま、合唱祭の練習を続けた私は、疲労からくる風邪にやられてしまった。そのため、今日は学校を休んでいる。

 今現在、姉さんと比良は学校に行ってしまい、家にいるのは私一人。鍵はしっかり掛かっているけど、この前みたいな泥棒が入ってこないという確証はない。だから、寝ようにも寝れずに天井をずっと仰いでいる。

「……」

 みんな、今頃なにしているのかな。

 時間的には2校時目。今日は確か数学だった気がする。遅れてしまうのは大変だから、早く体調を戻して、学校に行かないと。

「……」

 それにしても、する事がないというのは案外暇だったりする。いくら体調が良くないからといったって、暇なものは暇なんだから仕方が無い。上体を起こして、手短にあったマンガ本を手にとって開いてみた。数ヶ月前に読んだっきりのそれは、再び私に最高の一時をプレゼントしてくれた。読み終えた頃には程よい睡魔が襲ってきたので、布団に横になり、瞳を閉じた。


 目を開けると、太陽が西日になっていて、窓から差し込む光も朱に染まっていた。時計を見れば、時刻は五時半。今頃は、合唱祭の練習真っ最中だろう。本当に、休んでしまってごめんなさいと今すぐ謝りたくなった。でも、謝るにはまず体調を直さないと……。ゆっくりと眠ったためか、朝方に比べると幾分からだの調子も良くなっていた。布団からゆっくりと起き上がって背伸びをすると、身体の節々が元気な声を上げる。深呼吸をすると、急に水分が恋しくなり、私は部屋の扉を開いて一階のリビングを目指す。

 階段まで来ると、いつもはどうってことない十余段がひどく恐ろしく見えた。手すりを掴みながら、一段々々、静かに下りる。そして、一番下まで降りると、なんだか達成感が湧き上がってきて、思わず握った右手を天井めがけて突き出した。まるで、イギリスの世界的に有名なヴォーカリストになった気分。

“ピンポーン!”

 そのとき、玄関のチャイムが鳴った。その音で我に返った私は、掲げていた右手を戻して、扉の向こうにいるであろう来訪者の正体を探ることにした。

「どちらさまですか?」

 すると、扉の向こうから聞きなれた声が聞こえてきた。

「私ですよ。冬奈ですよ~。ついでに、保坂さんもいますよ~」

「ふ、冬奈!?」

 声を聞いて驚いてしまった。どうしてやってきたのだろう。ひとまず、鍵を開けることにした。扉をゆっくりと引くと、その先で、潮凪中の制服に身を包んだ冬奈と保坂さんが、心配そうな表情で立っていた。


 二人をリビングに通し、私は急いでマスクを装着。二人に風邪を移してはいけないと思い、鼻まですっぽりと覆うタイプを選択して、一応石鹸で手も洗っておいた。お茶菓子を持っていくと、冬奈と保坂さんは困ったように笑った。

 私は二人の真向かいに座ると、ゆっくりと口を開く。

「今日はどうしたの?」

「それはこっちの台詞だよ!」

「げふっ」

 冬奈はみを乗り出すようにして、いきなり私の頭を叩く。叩かれた場所をさすっていると、冬奈が腕組した状態で言葉を続ける。

「まったく。由紀がいないから、合唱練習も大変だったんだからね。女子はCDで確認練習をして、男子は保坂さんの伴奏で別個練習してたんだから。指揮者がいないから、合同練習だってできなかったし……」

「……ごめんなさい」

「謝るなら、保坂さんに謝ってね?」

「うん。……保坂さん、ごめんなさい」

「いえいえ、大丈夫ですよ。それに、由紀さんが元気だってことが確認できましたし、今晩安静に過ごせば、きっと良くなりますよ」

 冬奈とは対照的な優しさに、私は彼女が天使のように思えた。


 それから三十分くらい私たちは雑談をして、その後玄関先まで見送った。すると、二人と入れ替わるようにして姉さんと比良が帰ってきた。姉さんは「もう大丈夫なの?」と心配そうにたずねてきたけど、私は一つ返事でそれに答えた。比良は無言でいたけど、その表情を見れば、心配していたというのが丸分かりだった。

「姉さん、今日の夜ご飯はなに?」

「うん? どうしようかな……」

「野菜炒めが食べたいですね」

 いつもの会話。昨日の夜はどたばたとしていて、こんな会話は無かった。そのためか、どこか懐かしく感じられた。

「ふふっ」

「由紀、どうしたの?」

「ん、なんでもないよ」

『こんな会話をいつまでもしたいね』なんて、当たり前すぎていえない。私は適当に言葉を濁しておいた。

「そうなの。それじゃあ、ご飯までゆっくりしててね」

「うん、分かった」

 姉さんの声を聞きながら、リビングの扉を押し開く。部屋に戻ったら、明日の準備を少ししておこうかと思った。と同時に、今晩は早めに寝ようと心に決めた。


五十三話目です。

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