表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/55

姉さんとの二つの話

 

 スカートが無事復活した。

 皺という皺が取り除かれたそれをハンガーにかけると、私の心に“達成感”というものが湧き上がってくる。

 安堵の溜息をひとつ吐くと、アイロンのコンセントを抜いた。途端、帯びていた熱が次第に冷めていく。

 しばらくして、それはおさまった。

「……よし、返しにいかなくちゃ」

 静かになったアイロンを慎重に持ち上げると、私は部屋の扉を開いた。

 廊下はしんと静まり返っていて、まるでこの家に渡し一人しかいないような感覚に陥る。でも、階段を下りていくと、リビングからは陽気な声が聞こえてくる。

 リビングの扉を開くと、姉さんが某お笑い番組を見ていた。

 一瞬、私は彼女に話しかけるのがためらわれたけど、意を決して口を開いた。

「姉さん、アイロンありがと」

 すると姉さんは、状態をこちらに向けて「ん」と応じる。

「いつものところに置いておいてね」

「うん、わかった」

 こくりと頷き、いつもアイロンを収納している場所、リビングの隅にある収納スペースへと足を進めた。

 そこには少し埃がたまっていた。……後で掃除でもしよう。

 そんなことを思っていると、姉さんが私を呼んだ。

「由紀、ちょっといい?」

「なに?」

 アイロンを収納すると、すぐさま姉さんの元へと急いだ。すると、「隣に座って」と言ったので、私はそれに従うようにこくりと頷くと、静かにソファに座った。

 テレビでは、今話題のお笑いコンビがネタを疲労している。テレビの中はなんだかあったかそうだった。

「ところで姉さん、突然どうしたの?」

 呼ばれた理由について問いかけると、姉さんはゆっくり息を吐く。そして、ひとつひとつ懸命に選んだかのように言葉を紡いだ。

「由紀……女の子になってから、来た?」

「……えっ?」

 突然なにを言うのだろう。

 ポカンとしていると、今度は私の耳元へ顔を近付けて、小さな声でささやいた。

「女の子になって来るものといったら、生理でしょ」

「……えっ!?」

 今度は驚いた。うん、本当に。

 まだ私が男だったころ、保険の授業で習ったけど、他人事だと思って聞き流していた。

 今も、こうして言われるまですっかり忘れていたし。

 そんな私を見て、姉さんが言葉を続ける。

「まだ来ていないのね。……でも、来たらちゃんと教えてね。多分、由紀は初めてだから驚いちゃうかもしれないからね」

 私の顔をじっと見つめ、「分かった?」と囁く姉さん。吸い込まれそうな瞳に、私はこくりと首を縦に振った。

 正直、生理というものがどんなものなのかは分からないけど、姉さんの話を聞いていると、心の中に恐怖が湧き上がってくる。

 ……できればこないでほしい。そう思った。


 ところで、私はなにをしに来たのだろうと思案を巡らせ、目的のものを思い出す。

「あ、あのさ!」

 重くなった空気を吹き飛ばすかのように、語調は自然と強くなる。姉さんは少し驚いた様子を見せ、そのままで口を開いた。

「どうしたの? 怒っているの?」

「……いや、怒ってはいないよ?」

 姉さんの心配そうな表情に、私は出鼻を挫かれた心地がした。

 ……でも、話さなくては。

 意を決して、私は口を開いた。

「姉さん、私……文化祭で指揮者をすることになりました!」

 思い切り言い放った刹那、恥ずかしさから頬が熱を帯び始めるのを感じる。

 “は、恥ずかしい……”

 何で言ったのだろうと後悔の念が湧いてくる。急いでこの場から立ち去りたいと思った。でも、足が動いてくれなくて、私はその場に立ちすくんだままの状態だった。

しばしの沈黙が漂った後、ゆっくりと姉さんが口を開く。

「……そう」

 それは投げやりでも、興味を抱いていないわけでもなく、何か感慨深そうに見て取れた。私がぽかんと呆けていると、姉さんは顔に笑みを湛えると「頑張ってね」と私の背中をぽんと叩いた。

 私は気がつくと、視界が若干かすんでいた。

 それが涙だと分かるまではさほど時間はかからなかった。

「うん……がんばる」

 涙声で返すと、姉さんが右拳を私の目の前に突き出してくる。それは何かの魔法のように、頼もしくて、そして暖かさを持っているように見える。私も右拳を差し出し、姉さんの拳と触れ合わせた。

「恥をかかないようにね」

「うん」

「気負いはだめよ?」

「うん」

「どうせなら、一生の思い出にしちゃいなさい」

「うん!」

 問答を繰り返しているうち、私の涙は止まっていた。

 今晩から、早速指揮の練習を始めようと思った。


五十話目です。


※2011年11月12日…表記を改めました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ