買い物
家を出て早十五分。ようやく最初の店にやってきた。
「由奈姉ちゃん、ここでなにをするの?」
俺は姉ちゃんに問いかける。
「ん? あぁ、ここで採寸してもらうの。ブラジャーもここで買うんだよ」
「ふぅん……」
なるほど。ここで測るのね。
「というか、”由奈姉ちゃん”じゃなくて、”姉さん”って言いなさい」
由奈姉ちゃんは厳しく言った。
あ、そうだった。家を出る直前、由奈姉ちゃんがこう言ったんだった。
『これから裕……もとい。由紀は女の子なんだから、”姉ちゃん”じゃなく、”姉さん”。由奈姉さんって言うんだからね。わかった?』……と。
くぅ、面倒くさい。
でも、逆らうと何をされるか分かったもんじゃない。
考えただけで恐ろしい。
俺はその恐ろしい考えを振り払うようにして、すばやく店のドアノブを手前に引いた。
「いらっしゃいませー!」
店員の元気な声が聞こえてくる。
すると即座に由奈姉ちゃ……もとい、由奈姉さんは店員の人に「あのぉ~、採寸したいんですけど。いいですか?」なんていっている。
「はい、いいですよ。こちらの方でしょうか?」
店員が俺の方を見て、姉さんに問いかける。
「はい。妹なんですけど」
すぐさま、由奈姉さんが答えた。
「はい。わかりました。では奥へどうぞ」
店員さんはそう言って俺を促す。何だか腑に落ちないが、俺はそれに従って奥の部屋へと入っていった。
部屋に入ると、店員さんが俺に語りかけるようにして言った。
「それでは測定を始めますので、服を脱いでください」
店員さんは的確に、テキパキと指示を出す。
「はい」
俺は素直に応じ、服を脱ぎ始めた。
……ハイ、脱ぎ終わり。
「手を上げてくださいね。はい、それでいいです。…(只今測定)…。Aですね。服着ていいですよ」
「ふぅ~」
何故だか俺は一安心。
すぐさま服を着て部屋を飛び出し、姉さんに報告。
すると、何故だか姉さんは腕を組み、卑屈な笑みを浮かべながら言った。
「ふぅ~ん。Aか。……まだまだね」
姉さん。何故勝ち誇ったような笑みを浮かべているのですか? 俺には全く分からないのですが……。
ひとまずその店でAカップ用のブラジャーを買って次の店へ。
次は洋服店だ。
「ヘイ、らっしゃい!」
寿司屋の板前さんみたいな人が店の奥から出てきた。その顔には、商業を営む人全員が身に付けている 『営業スマイル』が深く刻まれていた。
ここでは姉さんが「これいいよ」「これ可愛い」などと言ってあっという間に買い物終了。
一つも俺の意見は通らず。
仕方ないか。なんせ、姉さんだもの。
次の店は制服を専門に売っている店だ。
「いらっしゃい」
健やかな老婆がお出迎えしてくれた。
「あら、どうしたの?」
老婆が姉さんに問いかける。
「実は、妹の制服がほしいんです」
老婆が眉をひそめて、「はて? どこの制服かな?」といった。姉さんはすぐさま答える。
「はい。潮凪中学校のを……」
「あぁ、潮凪ね。あいわかった。採寸するから、奥へ来なさい」
そう言って、老婆は店の奥へと姿を消した。俺も急いで老婆のあとを追う。
「それじゃ、そこ座って。測るからね」
俺はすぐそこにあった椅子に腰掛けた。
「結構可愛いお嬢さんね。名前はなんていうの?」
老婆は採寸の準備をしながら言う。
「由紀です」
俺は第二の名前を言う。
「由紀さんか、ええ名じゃ」
老婆はうんうん頷き、一言。
「はい、終わったよ」
え、早くない?
このお婆さんは何者!?
そう思いながら、姉さんのところへ。
「あっという間だったでしょう?」
姉さんは言う。
「うん、あっという間だった」
俺は答える。
その後、店内を見て回っていると、
「こんにちは」
これまた可愛い女の子がやってきた。
しかも、一人で。
「はい、いらっしゃい。ちょっと待っててね」
老婆は奥から声を上げる。
「はぁーい」
その女の子はそう言って、こちらに目を向けた。
目が合った。
すると突然、彼女は俺のところにつかつかと歩み寄って来て、一言こう言った。
「お前、裕樹でしょ」
「えっ、なんでそのことを……」
俺はたじろく。
何で知っているんだ、そのことを。
するとその可愛い女の子は微かな微笑を作り、続けた。
「やっぱり。雰囲気出てたからな。俺だ。裕樹、わからないか?」
いやいやいや……
そう言ったって分かるわけ無いだろう。
なんせ、初対面の女の子に「誰でしょう?」って言われても……。
俺は困り果て、姉さんと顔を合わせる。
「分からないのか? まぁ、分かるはずないか」
そこで一旦話を区切ると、すぐにまた話し始めた。
「俺だ。お前の親友の一人、綾瀬冬樹だ」
その言葉を聞いた瞬間、俺はびっくりしすぎて腰が抜けた。
これがあの綾瀬?
クラスの女子にモテモテだったイケメンの綾瀬?
俺はあまりの衝撃に開いた口が塞がらなかった。それを見た綾瀬がさらに一言。
「実は俺、朝起きたら女になってたんだ。…裕樹、おまえも?」
俺はさらにびっくり。
びっくりすると同時に、”俺だけじゃなかったのか……”と心のなかで思った。
これはとんでもないことではないのか。
綾瀬も女になってしまった。
俺はこれからどうなるのか、考えられなかった。
その後、俺の意識は闇の底へと落ちていった。
五話目です。
※12月17日…内容を編集・追加しました。
※12月20日…表記を一部編集しました。
※2011年1月30日…構成を編集しました。
※2011年10月17日…表記を変えました。