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指揮者に選出!?

 始業のチャイムが鳴った。

 危うく遅刻になるところだった。

 ふと思えば、今日何回遅刻しそうになったのだろう。

 多分……五回かな?

 それはいいや。

 先程、昼休みに確認したように、この時間と次の時間は文化祭についての話し合いだ。

 何を話すんだろう。

 潮凪中学校の文化祭のメインは合唱コンクールなので、それほど話すことはないはずだけど……。

 まあ、どんな話し合いがあるのか様子を伺っていよう。


「今日は文化祭についての話し合いをします」

 宮野先生が教卓の前で宣言する。

 大方の人が、彼女の宣言を快く思っているらしく、「イェーイ!」なんて言っている。

 そんなものなのかなぁ?

 みんなの反応に気を良くしたのか、先生は微笑みながら言葉を続ける。

「まずは、今年の企画についてです」

 でた。企画。

 ここで、少し補足的に説明します。

 『企画』というのは、合唱コンクールが終わった後にあるオプション的なもの。

 内容は毎年変わり、各クラス必ず五人以上参加しないといけないという規則があったりする。

 ちなみに、昨年はダンス甲子園だった。

 そして、今年は……

「皆さんも知っての通り、今年は『コスプレ選手権』です」

 先生がそれを言った途端、教室内がしんと静まり返る。

 私は、あまりの静けさに表情がほころんだ。

 幸い、先生には気付かれていないようだ。

「どうしましたか?」

 先生は教室内の急激な温度の変化に戸惑いの色を見せる。

 その時、例の小西君が「先生!」と声を挙げた。

 宮野先生は「何でしょうか?」と彼に問いかける。

 すると、小西君は椅子から立ち上がると、はっきりと言った。

「この企画、女装もアリですか!?」

「……」

 教室内の空気が凍りついた。


 思いもしなかった。

 まさか、小西君が変態だったとは。

「みんな、違うんだ! これは決して本心じゃないんだ!」

 説得力のない言葉を叫び続ける小西君。

 残念だけど、もう遅いよ。

「一応、女装も認められていますが……。小西君、いくらなんでもこんな公の舞台で自分を出さなくてもいいんですからね?」

 先生はもはや小西君が女装癖じょそうへきを持っていると思ったらしく、諭すように言った。

 それに対し、小西君は猛抗議。

「先生、違うんです! 俺はただ、クラスを盛り上げようと思ったんです! 本当にそれだけですから!」

 必死にそう言う彼の姿は、本当にそれを肯定しているようにも見える。

 彼はそのことを分かっていないらしく、必死の弁明を繰り返す。

 宮野先生は、このままでは埒が明かないと思ったのか、小西君にクラスの盛り上げ役として女装をすることを正式に依頼した。

 それによって、小西君は漸く静かになった。

 まさか、授業の五分の一をこんなことに費やすとは思わなかっただろう。

 ……小西君、変なことを言わないでね?


 そして、話は元居た道に戻って来た。

「えー…、それでは、この企画に参加を希望する人は挙手をお願いします」

 宮野先生がやや大きな声で言うと、クラスの大部分が手を挙げた。

 これでは、数えるのが大変だ。

 宮野先生は手を下ろさせると、「では…」と前置きしてこう言った。

「この企画に参加しない人は手を挙げてください」

 すると、4~5人が手を挙げた。

 先生は手を挙げた人の名簿を見てチェックを入れていた。

 その間に、クラス内はざわついた。

「おい、あいつコスプレ選手権でないみたいだぞ?」

「ああ、デリケートなチキン野郎だよな」

「それにしても、今年は多くねえか?」

「あぁ、俺もそれ思った」

 あらかたざわついているのは男子の面々。

 辺りを憚らず、至って普通に話を展開し、そして盛り上がっている。

 まったく、今が授業中だということを分かっていないのだろうか?

 彼らにはわからないと思うけど、私は先生の目の前に座っているので分かる。

 先生が静かながらも、『黙れ!』というオーラを放っているということが。

 もうじき、爆発するんじゃないかな?

「はい、静かに!」

 先生が大きな声でそう言った。

 その声に怒り感情が入っていなかったところから、先生は何とか爆発寸前で踏みとどまったみたいだ。

 先生は辺りを見回し、言葉を続ける。

「それでは、参加する人は掲示板に張ってある参加要項をよく読んでおいて下さい。それでは、次に移ります」

 先生は場の雰囲気を変えるため、話題の転換をするようだ。

 次の話は一体なんだろう。

 私が頬杖を突いてぽけっとしていると、先生が続きを話し始めた。

「今年の合唱コンクールについて……」

 ん? 合唱の話をするのね。

 「早速ですが、指揮者と伴奏者を決めたいと思います」

 あぁ、そっちの話か。

 私は納得したかのように「うんうん」と頷く。

 それを決めないと、合唱云々ではないからね。

 ……ちなみに、この学校の合唱コンクールは、毎年の課題曲+メジャーな楽曲を合唱用にアレンジした曲の中から選ぶ自由曲の二つを行い、二つの完成度の高さ、曲の難易度、声の大きさなどを採点の基準とし、重要視する。

 その中に、指揮者の手腕、伴奏者の実力もあったりする。

 意外と重要な要素を持っているのだ。

 昨年、私が居たクラスの指揮者が、一年生ながら最優秀指揮者賞を受賞するという快挙を成し遂げた。

 その気になれば、一年生でも取れる。

 言葉を言い換えれば、どの学年、どのクラスでも最優秀賞が取れるというわけで。

 毎年、指揮者と伴奏者を決めるには、様々な議論を巻き起こす。

「あいつがいい」

「いや、あいつがいい」

 そんな感じで、およそ一時間ぐらい掛かって漸く決まるという感じだ。

 さて、今年はどうなるんだか……。


「誰か、立候補する人はいませんか?」

 先生の問いかけに、これまた無反応。

 まぁ、当たり前か。

 先生もそこら辺は期待していなかったらしい。

 「居ませんね…」と呟き、そして言った。

「それでは、推薦をします。この人がいいという人が居れば、推薦してください」

 先生がそう言うと、一気に手が挙がる。

 ふと後ろを向き、辺りを見渡すと、挙手をしている人が大勢いた。

 まったく、このクラスは……

 そうしている内に、何人か指されていた。

 私は特別気にはしていなかったけど、十人目くらいに指された玄武さんが言った名前に血の気が引いた。

「私は、自由曲の指揮者には由紀さんがいいと思います」

「えっ!?」

 玄武さん、なんで私がいいの!?

 すると、他のみんなが玄武さんに賛同し始めた。

「俺も、青柳さんがいいかも」

「私、由紀さんの指揮見たいなぁ……」

 何だか、クラスが一致団結し始めた。

 前を向くと、先生が微笑んでこちらを見ていた。

 嫌な予感がする……。

「青柳さん、やってくれるわね?」

 私には、先生の一言が悪魔の囁きに聞こえた。

 そして、クラスの青柳コールも、性質の悪い呪いの言葉に聞こえてくる。

 これは絶対に後に引けない最悪の状況。

「力不足かもしれませんが…分かりました」

 仕方なく、了承する。

 その途端、クラスが沸いた。

 その時、私の脳裏に『お先真っ暗』という言葉がよぎった。


 結局、私は自由曲の指揮者に選ばれてしまった。

 しかも、今年はたったの10分で課題曲、自由曲の指揮者、伴奏者が決まってしまった。

 何たるハイスピード。

 正直、これにはかなり驚いた。

 ちなみに、担当は以下の通り。


 課題曲指揮者…玄武  秋

      伴奏者…久田野 遼

 自由曲指揮者…私

      伴奏者…保坂 琉音るね


 ちゃっかり、保坂さんも伴奏者として選ばれてしまっていた。

 もちろん、推したのは冬奈。

 ニヤニヤしている所を見ると、何か企んでいた事が伺える。

 そして、選ばれた保坂さんはというと、「私でいいの?」というような表情を浮かべ、おろおろとしていた。

 本当に大丈夫かなぁ。


「それでは、選ばれた人は前に出てきて一言どうぞ」

 先生の蛇足的な計らいで、私たちは抱負的なものを言わなければいけなくなってしまった。

 まずは、私を推した責任を感じて課題曲の指揮者になった玄武さんが口を開いた。

「しっかり出来るかどうかわかりませんが、私について来てください。お願いします」

 そう言って、ぺこりとお辞儀をした。

 クラスのみんなが、彼女に拍手を送った。

 次は、いつだかの給食時、私がご飯を喉に痞えていたとき、「背中、叩きましょうか?」と言ってくれた久田野君だ。

 久田野君は息をすぅ…、と吸って、大きな声で言った。

「一生懸命頑張ります!」

 その大声に、クラスは静まり返った。

 でも、数名の男子が爆笑し始め、それが教室全体に広がった。

「頑張れよ!」

 小西君が言った。

「お前も女装頑張れよ!」

 久田野君がニヤリと笑って言うと、小西君は「うるせぇ!」と吐き捨てるようにして言い、恥ずかしそうに俯いた。

 また、爆笑が教室を包んだ。

 賑やかなクラスだなぁ…と思っていると、先生が、「それでは青柳さん、お願いします」と言った。

 もう私の番が来てしまった。

 しかも、教室内が急に静まり返ってしまい、余計緊張してしまう。

 クラスのみんなが、私をジッと見つめている。

 背中を、変な汗が伝う。

 ゴクリと唾を飲み込み、私は口を開いた。

「し、しっかりと最後まで頑張りまつ!」


 ……。


 噛んじゃった。


 恥ずかしくて視線を床に落とした。

 顔が熱い。みんなは笑っている。

 でも、保坂さんの声を聞いていると、幾分気持ちが紛れた。

 その後席に戻ると、そのまま前傾姿勢で体重を机に預けた。

 前髪が丁度良く、目元を覆った。


四十七話目です。


※2011年1月7日…誤表記を改めました。

※2011年10月1日…文章表記を改め、一部を削除して書き改めました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

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