星空観察
夜。
昼間の曇天とは打って変わって、綺麗な星空が広がっていた。
そんな星空の下の一軒屋。その屋根に寝そべる三つの影。
私と姉さん、そして比良だ。
そのことが私の耳に入ったのは、私が宿題のプリントをなんとか終わらせたすぐ後だった。
姉さんが部屋に入ってくるや否やこう言った。
「由紀、天体観測するから物置に来てね」
そう言い残し、姉さんはそそくさと部屋出て行った。
そうしてやってきた物置。
つい先日、比良が私を男の子に戻す薬を作るために四苦八苦しているのを見つけた例の屋根裏部屋に通ずる物置とは違う物置であることをここで断っておきます。
ここは直に屋根につながっている。
改めて我が家の(ある意味の)凄さを理解した気がした。
「由紀、遅い!」
防寒着を着込んで堂々と腕組をしている姉さんが私を怒鳴る。
「ま、まあまあ由奈さん? そう怒鳴る必要は無いじゃないですか……」
姉さんの隣でしどろもどろなのは、紺色のジャケットに漆黒のミニスカートを穿き、これまた黒のストッキングを穿いた比良。
果たして寒くないのだろうかと私は思ったが、比良が平気そうだったので何も言わないことにした。
「ごめん。ちょっと準備してたから……」
私はそう言ってチラリと小脇に抱えた例のブツを見る。
それは、厚手の毛布。
いくら九月と言っても、寒いものは寒い。
今日は例年と比べて肌寒い日になると、今朝の天気予報でやっていたので承知済み。
もし風邪を引いてしまったら、学校を休むことになってしまうので、それだけは避けないといけなかった。
そして、『念には念を入れておくことも大切だ』と小さい頃お母さんから教えられた記憶がある。
天国のお母様。私はあなたの教えを忠実に守っていますよ……。
心の中で呟き、姉さんを見た。
やれやれといった具合で首を左右に振る姉さんは、一体何を思っているのだろうかと疑問を抱く。
呆れ? それとも見損ない?
どちらでもないことを願うばかりだ。
と、身体をゆさゆさと忙しなく動かしていた姉さんが唐突に口を開いた。
「こうしている時間ももったいないね。それじゃあ早速屋根に上りますか」
そう言って『ジャジャジャーン!』という効果音が似合いそうな屋根へと通ずる梯子を指差し「これで屋根に上るからね」と私と比良に告げた。
私と比良はこくりと頷き、そして姉さんが梯子を登っていくのを眺めていた。
「私が“いいよ”って言ったら登ってきてね? 分かった?」
「うん、分かった」
「よし、物分りのいい子だ」
私と姉さんはそんな調子の会話を続けていたが、姉さんが屋根に到着するとそれも自然と終わりを告げた。
姉さんが屋根に上りきってから、ひょっこりと姉さんが屋根に開いた穴から顔を覗かせると、下の私達に向かって言った。
「上ってきてもいいよ~」
その合図を皮切りに、私はすいすいと梯子を登った。
私の後に続き、比良が恐る恐る梯子を登りきった。
こうして、無事に三人は屋根の上に辿り着いた。
屋根の上に寝そべってみると、空には無数の星が光り輝いていた。
中でも目に付くのは、やはり天の川。
多分、あれが夏の大三角形だと思うんだけど……自信が持てない。
これだっていう風に断言できればいいんだけどなぁ。
私はそんなに頭が良くないから、確証が持てない。
「あっ! あれが北極星ですね!」
そんな私とは対照的に、やや興奮気味の声を挙げるのは比良だ。まるでお菓子を貰った小学生の子供のようにはしゃいでいる。
それ程興奮するだろうかと思いながらも、星空観察は続く。
「由紀、何か知ってる星座でも見つけられた?」
姉さんが退屈そうに夜空を見上げる私に声を掛けてきた。
私は「ううん…」と首を横に振ると、姉さんは防寒着のポケットを探りながら言った。
「それなら早く言うんだよ? こんな時の為にコピーしておいたんだから……」
そうして取り出したのは、小さく折りたたまれた一枚の紙だった。
それを私に押し付けてきたので、私はそれを受け取って目の前に広げる。
「姉さん、これって……」
私は嬉しくてしっかり言葉を発することが出来なかった。
その紙にコピーされていたのは、今私達が見ている九月の夜空に輝く星座の名称とそれぞれの位置だった。
これがあれば私のような星座に詳しくない人でも星空観察が楽しめるに違いない。
「きっと由紀は星座とかそういうのは詳しくないんじゃないかなぁ…って思って、昨晩こっそりコピーしといたのよ。いやぁ、役に立ってよかったわ」
姉さんはそう言って胸を張る。
「姉さん、本当にありがとう」
心からの感謝を姉さんに伝えると、姉さんは「いいのよ」といって笑っていた。
三人で屋根の上に横になっていると、何だか本当の姉妹のようで私は不思議な気持ちになった。
姉さんのくれた紙を見て、夜空に輝く星々の名前などを確認したりした。
今度は例の紙があるので、どれがどれだか分かった。
何だか少しだけだけど、楽しくなってきた。
「由紀さん、あれを見て下さい!」
隣で比良が私に声を掛けてきた。
「ん? どれ?」
私は比良が指差す夜空を眺める。そして、手元の紙と照らし合わせてみた。
「あれって、みずがめ座だよね?」
「そうです。そのみずがめ座ですよ!」
比良はとても興奮していた。
「みずがめ座がどうかしたの?」
私はいたって普通に返事を返す。
「だって、見るからに水の入った入れ物から水がどっと流れているじゃないですか!」
「……うん、そうだね」
比良の想像力の豊かさに、私は非常に驚いた。
きっと比良なら、いい小説を書けるんじゃないかなと思う。
そして、私は違う場所に移動した。姉さんも同じく場所を移動したために比良は一人になってしまった が、彼女はそのことを特に気にしていないようだった。
そして、少し時間が経った。
相変わらず比良は一人で星空を眺め、キャッキャと騒いでいた。近所迷惑にならないといいんだけ ど……。
「由紀、ちょっと来て」
突然姉さんが私を呼んだ。
「何?」
比良を置いて、私は姉さんの元へ足元に気をつけながら歩み寄ると、姉さんは「そこに座って」と自分の隣を示した。
それに習って座ると、姉さんは早速話しはじめた。
「実は、比良も学校に通ってもらおうかと思ってるんだけど……」
唐突な姉さんの呼び出しは、それを私に伝えるためのものだったのかもしれない。
「ふぅ~ん……」
そっけない返事を返すと、姉さんは少し渋い顔をする。
「何よ、びっくりすると思ったのに。まあ、いいか。とにかく、そういうことだから。いつだか比良に聞いてみたのね。『比良って何歳なの』って。そしたら比良は『私ですか? 私はおおよそ十五歳くらいですかね…?』って言ったのよ。だから、まだ義務教育期間ではあるから、由紀と一緒の中学校に通わせようかと思ったの」
渋い顔つきはそのままで、一気に喋りきった姉さんは幾分スッキリしたようで、喋り終えた姉さんの顔つきが幾分和らいでいるのが分かった。
「はぁ…すっきりした。そういうことだから、明日からよろしくね」
そう言って姉さんは呼び出してごめんねと両手を合わせる。
私は「大丈夫」と呟いてもとの場所に戻った。
それにしても、比良が同じ中学校にやってくる。しかも、一つ上の学年に。
しかも、姉さんは“明日から”とも言った。
つまり、明日から比良は先輩になるのだ。
「はぁ……」
溜息を吐き、満天の星空を眺めた。
なんともいえないこの気持ちを、誰かに思い切りぶつけたかった。
その相手がいないことが分かると、私の口から自然と溜息が漏れた。
屋根に上ってかれこれ一時間と少々。
「それじゃあ冷え込んできたから今日の星空観察は終了!」
姉さんがいきなり言った。
「うん、分かった」
私は素直にそれに従ったけど、比良は名残惜しそうに「はい」と呟いた。
物置に下りてくると、その場で解散となる。
明日は学校。私は部屋にすぐ戻ると、お風呂の支度を整える。
その最中、明日から比良が同じ中学校に来るとあって、胸が弾んだ。
ふと視線を机に向けると、夜光塗料の塗られたキーホルダーが美しく輝いていた。
四十三話目です。
※2010年12月5日…内容を追加し、さらに編集しました。
※2011年10月1日…文章表記を改め、内容僅かにを削りました。
※2011年10月17日…表記を変えました。




