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お化けさんと一緒

「なんで、こうなるの?」

 私は今、猫耳メイド服を着たまま家事に勤しんでいます。

 何故だか、姉さんはこの服装を大層気に入ってしまって、脱ぐのを許してくれません。

 それどころか、「今日一日、そのままの服装でいなさい」とまで言い出す始末。

 はぁ……。

 今日は、とことんついてないなぁ。

「由紀、ボーッとしてないでしっかり働く!」

 突然掛けられた怒鳴り声にびっくりして振り返ると、姉さんが仁王立ちでこちらを眺め下ろしていた。

「姉さん……私、もう疲れたよぉ」

「だ~め! 今由紀は“メイドさん”なんだから、しっかり働いて奉仕しないといけないのよ? 『疲れた』なんて弱音は吐いちゃいけないんだからね?」

「でも、これを脱げば私はメイドじゃなくなるんだよ?」

「だめ! 私の気が済むまでそれ脱いじゃだめだからね。わかった?」

「はい。……何処の国の拷問だよ」

「何か言った?」

「いえ、何も……」

「そう。それじゃあ頑張ってね。……そうだ。さっき見てきたんだけど、階段が少し汚れていたから。そこの掃除もお願いね」

「(また増えた……)かしこまりました」

 こうして、私の仕事は増えていく一方だった。


「はぁ。ようやく終わった……」

 頼まれた場所の掃除を全て終え、私は汚水の入ったバケツを片手に、浴室に隣接する洗面所に来ていた。

 洗面台に汚水をドッと流し、中から現れたのは、汚れて黒く変色した雑巾二枚。

「き、気持ちわる!」

 私は汚く汚れたそれを恐る恐る手にとって広げた。

 そして、蛇口を捻り、綺麗な水で汚れた雑巾をしっかり揉みだしていく。

 次第に綺麗になっていく雑巾。それはまるで、私の身体に溜まった疲れが流れ落ちていくようで。

 雑巾を洗い終えた私は、心底スッキリしていた。

 最後に、汚水で満たされていたバケツを軽く濯ぎ、掃除完了。

「よしっ! 終わり!」

 洗面所に入ってきた時と比べようも無いほど軽やかに廊下に出ると、物置にバケツと雑巾を収納し、リビングに戻った。

 リビングでは、姉さんがソファーに寝転がり、楽しそうにテレビを見ている。一方比良は、洗面台にある食器の類を洗い、乾燥機に一つ一つ入れていた。

 と、テレビを楽しそうに見ていた姉さんが私の存在に気付いてこちらに顔を向けると、笑顔で一言呟いた。

「お疲れ様。可愛いメイドさん?」

 また言われた。“可愛い”と。

 しかも、とびっきりの笑顔で。

 腹の底から湧き上がってくる得体の知れない感情を何とか押し戻し、私は笑顔で「頑張ったんだからね?」と呟くと、リビングを後にした。

 それにしても、なぜ私は可愛いと言われるのだろうか?

 確かに、以前鏡で見た時は正直可愛いと思った。

 だが、それと同時にそれ程でもないとも思った。

 要するに、ちょうど中間くらいの可愛さ。

 私の顔立ちは、所詮その程度。

 それなのに、みんなは私を「可愛い」という。

 お世辞ではないのか? いや…仮にお世辞だとしても、相手にはそれ程悪びれた様子はないし……

「由紀? 何をそんなに思いつめたような表情を浮かべているの?」

「えっ?」

 突然の姉さんの声は、私を動揺させた。

「いや、何でもないよ…ははは……」

 引きつった笑みを零しながら、私はそそくさとリビングを後にした。


 部屋に戻ってくると、早速身に纏っていたメイド服を素早く脱いだ。

 頭に乗っかるようにしていた猫耳も同様に外し、普段着に着替えた。

 脱いだメイド服が皺にならないよう、ハンガーに引っ掛け、クローゼットの中に収納。これで、一段落。

「ふぅ…今日は色々あったなぁ……」

 ベットに寝転がり、今日一日の出来事を振り返る私。

 朝起きたら、男に戻ってた。

 冬奈が家にやって来た。

 身体が眩い光に包まれて、また女の子に戻った。

 その後、冬奈とコスプレ衣装を買いに、お店に。

 そこでメイド服を買って、帰ってきたら保坂さんがいた。

 家に入ってから、みんなでメイド服試着会が始まって、それぞれメイド服に着替えた。

 その後、冬奈と保坂さんが帰って、その代わり姉さんが帰ってきた。

 私のメイド服を見た姉さんが掃除を頼んできて、それが終わって今に至るわけか。

「本当、今日は色々なことがあった……」

 溜息をつき、上体だけを起こした。

 時計を見る。午後8時。

「もうそろそろお風呂の時間かなぁ」

 私はベットから出て立ち上がると、お風呂の用意をして部屋を出た。


 着ていた衣服を脱ぎ、浴室に足を踏み入れると、タイル張りの床がひんやりとしていて気持ちが良かった。

 その冷たさは、今日の忙しさで熱くなっていた私の心を優しく冷ましてくれた。

 シャワーをさっと浴びて、浴槽に浸かる。

 暖かくて、気持ちがいい。

 このまま眠りたい。そう思ったけど、やめた。

 ここで寝てしまったら、溺れてしまうからね。

 私はその後一時間、お風呂の時間を楽しんだ。


 そして、一時間後。

「うぅ……」

 ソファーに仰向けになってダウンしている私が居た。

 身体中が気だるくてしょうがない。

 身体が熱を帯びてしまっていた。

 早く冷めないだろうかと思っていると、姉さんが水でぬらしたタオルを持ってきてくれた。

「はい、これを使いなさい」

「うん、ありがとう」

 あり難くそれを受け取って、火照ったおでこにちょこんと乗っける。

 ひんやりと、タオルの冷たさが伝わってきた。

「気持ちいい……」

 私は目を閉じ、呟いた。

「まったく。逆上のぼせるほどお風呂に浸かってないの! これから注意しなさいよ?」

 姉さんの語気に怒り感情の入った声が聞こえてきたので、私は弱々しく「はい…これからは注意します」と返事をし、タオルの冷たさから眠気が襲ってきたので、目を閉じたまま眠ってしまった。


 どれだけ時間が経っただろうか? 私は突如として目が覚め、微かに瞼を開いた。

「……ぅむ?」

 瞼を開くと、辺りは真っ暗で何も見えなかった。

 それで何もかもが分かった。

 “あっ…今は夜なんだ。みんな寝てるんだな……”

 心の中で呟き、音を立てないよう細心の注意を払いながら上体を起こした。

 漸く目も慣れてきて、辺りの状況を理解することができた。

 まず、リビングの椅子には姉さんがいて、テーブルに肘を突き、その手で顔を支えて寝ていた。

 きっと、私の事をずっと見ていてくれたのだろうと思った。

 これは後で感謝しないといけないなと思いつつ、再び辺りを見回す。

 そして、いつもの位置に比良がいないことに気がついた。

 “……あれ? 比良は何処に行ったの?”

 不思議に思ってまた部屋の中を詳しく眺めてみた。でも、比良の姿を確認することはできなかった。

 “本当に何処に行ったんだろう……”

 私は比良を探すため、姉さんを起こさないようにして立ち上がり、音を立てないようにしてリビングを出た。


「さて、何処から探しますかね……」

 リビングを出た私はというと、廊下に立ち、辺りをキョロキョロと見回してどこから探し始めるか悩んでいた。

 実を言うと、何処も彼処も怪しく思われて、何処から手を付けていけば良いのか分からなかった。

 でも、最終的には一番近かったリビング脇の和室から捜索を開始した。


 和室に入ると、ひんやりとした空気が私を迎えた。

 リビングとは違って、ここは我が家で一番寒い場所だ。

 仏壇は置いていないが、ここにはなかなか近寄りがたい。

 得体の知れない謎の雰囲気をこの和室は持っていた。

 私もこの部屋はあまり好きではない。

 なんせ、私がまだ幼稚園児だったころ、この部屋で幽霊を見てしまったからだ。


 部屋の片隅にうずくまるようにしてそれは居た。

 白くボヤーっとしていてかつ半透明で、やや宙に浮いていた。

 幼稚園児の私は(いや、ここではまだ男の子だったから、僕と言うべきか?)、それを不思議に思って声を掛けたのだった。

「ねえ、そこで何をしているの?」

 するとそれはゆっくり顔を上げた。

 おかっぱ頭の女の子だった。

 女の子は軽く笑い、口を開いたのだった。

「ここで……を待ってるの」

 肝心の部分があやふやで出てこないが、確かにそういわれた。

 私は「そうなんだ…」と言い、「早く来てくれると良いね」と笑った。

 すると女の子も笑い、「うん、そうだね」といって消えてしまった。


 そんなことがあった部屋なのだ。

「また出てきたりするのかな……」

 恐怖心は無かったけど、私は何故だか身構えてしまう。

 そして、和室の中を見回す。

 押入れなんかも開けてみた。

 でも、比良の姿は何処にもなく、私はこの部屋を出ようとした時、私は違和感を感じた。

 後ろから視線を感じる……。

 私の心に恐怖心が芽生えた。

 と同時に好奇心も芽生え、後ろを向いてみたいという気持ちが生まれた。

 結局私は好奇心に負け、後ろを向く。

 すると、そこには例のおかっぱの女の子が立っていた。

 相変わらず、半透明で。

 私はびっくりして悲鳴を挙げそうになった。

 でも、顔をあげた女の子が笑顔だったので、それをかろうじて押さえ込んだ。

「久しぶりだね……」

 女の子が言った。

「私が誰だかわかるの……?」

 私が言うと、女の子は頬をプクーっと膨らませ、ぶすくれるようにして言った。

「私はそんなにお馬鹿さんじゃないんだよ? 裕樹君でしょ?」

「うん、そうだけど……」

 私はよく分かったものだと感心した。

 女の子は私の心が分かったのか、胸を張って「えへんっ!」と言った。

 そして彼女は、由紀の表情を見て言った。

「何か探しているの?」

「えっ! 分かるの?」

「もちろん。困った顔してるもの」

 由紀は彼女に事の経緯を話した。すると彼女は「私も探してあげる」といって、和室を飛び出していった。

 私は二階を彼女に任せ、一階をくまなく探すことにした。


 和室隣の洋間。

 昔、父さんが書斎として使っていた部屋。

 今もその当時のまま、時が止まっている。

 前に入ったのは、今からちょうど一年前の夏の終わりだった。

 中のものを動かさないようにと、ここにはあまり立ち入らないようにしていた。

 そのため、埃が溜まって辺りが白く濁って見える。

 私は扉を開けるなり、この部屋に比良は居ないと思った。

 そうして次の部屋に移ろうとしたとき、例の女の子が目の前にぼうっと現れた。

「わっ!」

 突然の出来事に、私は廊下に尻餅を突いた。

「そんなに驚かなくてもいいでしょ?」

 女の子はくすくす笑いながら私を見下ろした。

 その笑顔はまさしく心の底からの笑みだった。

 早くなった鼓動を抑えて良く見ると、彼女は何か話したがっていた。私は「何か見つかった?」と問いかけた。すると、途端に彼女の表情が明るくなった。

「うん。いいお知らせだよ」

 漸く言えたとばかりにジャンプする彼女。

 もともと地面に足が着いていないので、どうやってジャンプしているのだろうかと疑問に思った。

「で、どんなこと?」

 私が聞くと、彼女は辺りをキョロキョロと見回し、声のトーンを落として話し始めた。

「比良…さんだよね? あの人、屋根裏部屋にいたよ」

「何故?」

 思わず聞き返していた。

 何でそんなところにいるのだろうか? なにか良からぬ事でも始めているのだろうか?

 胸騒ぎがした。

「よし、行こう!」

 一歩足を踏み出した瞬間、彼女が口を開いた。

「私も一緒に行っていい?」

 その声は、頼まれると断ることのできない、純粋無垢な声だった。

「うん、もちろん」

 やはり、断ることなどできまい。私はそれを了承した。

 そして、私と可愛いお化けさんは屋根裏部屋に向かって歩き始めた。


四十話目です。


※2011年10月1日…文章表記を改めました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

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