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大会!-冬奈の競技-

 それから、皆それぞれ自分の競技をこなしていき、ほとんどの人が県大会、延北大会に駒を進めた。

 そうしているうちに、残された競技は、

 100m背泳ぎ決勝(男女)

 1500m自由形タイムレース決勝(男子のみ)

 800m自由形タイムレース決勝(女子のみ)

 50m自由形決勝(男女)

 200mバタフライ決勝(男女)

 200m平泳ぎ決勝(男女)

 200m自由形決勝(男女)

 200m背泳ぎ決勝(男女)

 400mフリーリレー決勝(男女)

 となった。

 意外と、まだまだ掛かりそう。

 この中で、潮凪中の女子が出るのは、四つ。

 100mと200m背泳ぎに冬奈。

 200m自由形に神奈川さん。

 800m自由形に久坂副部長。

 そして、400mフリーリレーに私と久坂副部長、冬奈に神奈川さんの計四人が出場するのだ。


 私たちは今、プール外のスタンドにいた。

 これから始まる、100m背泳ぎの応援のため。

 唯一無二といっていい親友である冬奈が、ベストタイムを出せるよう、精一杯応援するつもりだ。

「あ、あー……」

 喉の調子を確かめ、大丈夫であることを確認。

 これで、思いっきり応援できる。

「青柳君、随分と気合入っているのね?」

 声を掛けられ、振り向く。そこには、神奈川さんが腕組をして立っていた。

「うん。なにしろ、冬奈の泳ぎですからね」

 私は当たり前だろうと言わんばかりに胸を張った。

 と、先程から感じていた違和感の正体に気がつき、神奈川さんに尋ねてみることに。

「神奈川さん、私を“君”付けで呼んでも大丈夫? 宮野先生に怒られないの?」

 私の質問が面白かったのか、彼女はクスクス笑い、言った。

「なんで宮野先生が何を怒るの? 何か悪いことでも起きるの?」

「うん。文の付いた矢が飛んでくるの」

 私は今までの経験から、神奈川さんに忠告した。すると、彼女はありもしないことを聞かされたときのような顔をして、言った。

「そんなこと、あるわけ無いでしょう? 第一、矢なんて飛んでくるわけ……」

 ヒュッ! カツン!

「きゃあ!」

 ほら、やって来た。今日の矢にも文がついていた。

 怯える神奈川さんを横目で見ながら、矢についている文をさらりと読んでみた。文には、こう書いてあった。


 “神奈川さん、あなた、死にたいの? あなたはこんなことで人生を終わらせてもいいの?”


 とても恐ろしい。宮野先生、あなたは一体何者なんですか? 本当に、一人の教師としてこれまで同様接しても宜しいんでしょうか? これから先、あなたと面と向かってしっかりと話せそうに無いです、本当。

「あ、あおや…ぎ…さ……ん…」

 嗚咽おえつ交じりに私の名前を呼ぶ神奈川さん。よほど怖かったのだろう。そばに居たほかの女子も事情をある程度把握したらしく、神奈川さんを慰める(?)ようにしていた。

 この手紙を渡そうかと思ったけど、これを今の神奈川さんに渡すととんでもないことになりそうだし、これはあとで処分しておきますか。

 それはそうと、呼ばれてたんだっけ。

「何、神奈川さん?」

 少々相手の気持ちを気遣うように、語気に優しさを混ぜてみたつもりだけど、あまり効果は無かったらしい。相変わらず(ある程度嗚咽とかは収まったみたい)涙をウィンドブレーカーの袖で拭って、また拭って。もうウィンドブレーカーの袖は涙でびしょびしょに濡れていた。

ある程度収まった神奈川さんは、ポツリと言った。

「聞きたいことがあるんだけど……いい?」

 そこには、先程までの強気な姿勢は無く、まるで、弱々しい子羊のようだった。これは、かなりの保護欲をそそられる。でも、我慢。

「うん? いいよ」

 快く返事をすると、神奈川さんは声の調子をやや落とし、言った。

「矢って、どこから飛んでくるの……?」

 すいません。分からないです。

「ごめん。私も分からないの。……でも、必ず近くには居るはずだよ。例えば、向こうのスタンドとか……?」

 そう言って反対側のスタンドを見ると、思わず目を疑った。

 反対側のスタンドの一番奥。あまり人目につかなそうな場所。そこに、明らかに不釣合いなものを持つ女性が居た。

 その女性が持っていたのは、小柄な弓。よく某ロールプレイングゲームに出てくるような、ライトボウガンと呼ばれているモノに限りなく近い。

 そんなものを持っているということは、彼女がこの矢を放ってきた張本人であることは明らかだった。

 そして、よーく目を凝らしてみると、それはやはり宮野先生だということが分かる。

 一応、神奈川さんにも伝えた。

 神奈川さんも、反対側のスタンドを凝視。そして驚愕。どうやら、神奈川さんも見つけたらしい。

「青柳さん。またあの人矢を撃ってくるのかな。今度は私に当たっちゃうのかな……」

 悪い妄想を膨らませていく神奈川さん。いけない。どこかで妄想を止めないと、神奈川さんが発狂しちゃう…。

「大丈夫だよ。あの人は私の事を“くん”付けで呼ばない限り、矢は撃ってこないから。心配しなくても大丈夫だと思うよ」

 私が言うと、いくらか気が楽になったのか、神奈川さんは深く深呼吸をして言った。

「ありがとう、青柳く…さん。なんとか落ち着いてきたわ」

 また私の事を“くん”付けで呼ぼうとしてたね、神奈川さん? ほら、向こう側では矢をつがえてこちらを狙ってますよ? 例のあの人が。

 まぁ、何とか寸でのところで言いなおしたのはナイス判断。もしかしたら、死んでたかもよ?

 と、その時。


 『これより、男女100m背泳ぎの決勝を開始いたします。まず、男子決勝に出場する選手が入場いたします』


 決勝開始を知らせるアナウンス。スピーカーから、濁りのない、澄んだ男の人の声が流れてきた。食べ物に例えるなら、水羊羹みずようかんのような感じかな?

「もうそろそろ冬奈の競技が始まるみたいだね。……よし! 応援がんばるぞ!」

 私はそう言ってスタンドの手すりに寄りかかった。地上から約3m。心地よい風が頬を撫でる。

「それじゃあ、私も」

 神奈川さんが私の隣にやってきて、手すりに寄りかかった。そして、突如こんなことを言い始めた。

「青柳さん、これから応援するでしょう?」

「うん」

「その時に、どちらが大きな声を出せるか勝負しない?」

 むむ、なにか物凄く面白くなりそうな展開! これは……乗った!

「いいよ? ただし……」

 ここで一旦区切り、顔に軽い微笑を浮かべて、言葉の続きを言った。

「負けないからね?」

 声のほうには自身があるので、言ってやった。

 神奈川さんも、「負けるのは青柳さん、あなたですよ?」と言ってきたので、俄然やる気が出てくる。

 と、急に後ろから声を掛けられた。

「お? その意気だぞ。神奈川に青柳。私はそろそろ招集に行かなければいけないのだが、これなら私が居ない間、しっかりと応援してくれるだろう。私が居ない分、頑張って声を出すんだぞ?」

 振り返ってみると、久坂副部長が満面の笑みで腕組し、頷きながらこちらを見ていた。

 たしか、久坂副部長は800m自由形決勝に出るはずだ。よしっ! 久坂副部長の時もしっかり応援しよう。

「はい。了解です! 先輩、ベスト出してきてください!」

 私がにんまりと微笑を浮かべて言うと、久坂副部長は口を開けて笑い、「おぅ、まかしとけ!」といって去っていった。

 先輩、男らしいです……。

 ふと視線をプールに戻すと、男子決勝はいつの間にか終わってしまっていて、女子決勝に出場する選手はもう既に椅子に座って待機していた。

 バァーっと1コースから選手の顔を見て、冬奈を探していく。

 ……いた。7コースだ! 緊張しているのか、小さく縮こまっている。見ていると、何とも言えない気持ちが襲ってきた。

 保護欲……? それとも、母性本能?

 まぁ、いいか。たぶん、どっちも違うと思うし。


 “これから、女子100m背泳ぎ決勝に出場する選手を紹介いたします”


 始まった。出場選手紹介。


 “1コース 芳賀さん。近衛中学”


 名前を呼ばれて、お辞儀をしている。

 これはもう、恒例というか…常識。これを行わない人は、正直、泳ぐ資格がない人だと私は思っていたりする。

 ……でも、今まででお辞儀をしなかった人を私は見たことが無かった。


 “6コース 上野さん。桐扇学院中学”


 む? 次か。冬奈、緊張してるだろうなぁ……。


 “7コース 綾瀬さん。潮凪中学”


「冬奈ぁー!!」

 大合唱。結構響いた。

 当の本人は、ロボットのように椅子から立ち上がり、カクカクとお辞儀をした。

 いくらなんでも、緊張しすぎでしょ……。もっとリラックスだよ、冬奈!


 “8コース 本田さん。多々浦中学 以上。”


 全員の紹介が終わってアナウンスも途切れ、それとほぼ同時に笛がなった。

 全員ゴーグルをつけて立ち上がり、長い笛の音と共に水の中に入った。

 相変わらず、冬奈はロボットのような動きのまま。

 見ていて非常に滑稽な姿で、たとえ初心者が決勝に出場したとしても、あそこまでは緊張しないと思う。

 そこまで、冬奈の緊張度合いは凄かった。

 ただ、彼女の滑稽な動作によって、決勝独特のピリピリと身を締め付けるような空気はなく、朗らかな雰囲気が広がっていた。

 多分、過去をいくら振り返ってもここまで緊張感のない決勝はないと思う。


 “位置について……”


 お? もう始まるかな?


 “よーい……”


 全員、身構える。


 “パンッ!”


 乾いた音と共に、一斉に飛び出した。


「そぉーれぇっ!!」

 思いっきり声を出し、早速冬奈の応援を開始。

 冬奈は、出だしはそこそこだったものの、現在順位は5位とまずまずの位置にいた。しかし、ほとんど横一線に並んでいるので、もしかしたら1位も狙えるかもしれない。かなり競っている。

「冬奈! 行けぇ!!」

「ペース落とすなぁ!!」

 こっちでも、戦いが始まった。応援という名の戦いが。

 先に言ったのが私。後が神奈川さん。どちらの声量も同じくらいだと思う。ただ、私のほうは若干音程が高いので、良く通って響いた。

 神奈川さんも負けじと声を出す。こちらもかなり競っていた。

「冬奈! そのままぁ!」

「綾瀬さん! 行けるよ!」

 互いにチラリと顔を見て、ニヤリと微笑み、再び応援に戻る。それを幾度となく繰り返しているうちに、冬奈は50mのターンにさしかっかった。

「そぉーれぇっ!!」

 ここは、潮凪中の皆と声が重なる。良く見れば、向こうの召集所のところで、久坂福部長が腕組仁王立ちで、プールの様子を見つめていることに気がつく。

 その姿は、京都のある川に架かる橋の上で、何人たりとも通しはせぬと立ちはだかる武蔵坊弁慶のようだった。

 私は思わず笑ってしまい、応援の声が途切れてしまう。

 しめたとばかりに声を張り上げる神奈川さん。

 いけないと思い、私はすぐさま笑いを押し殺し、再び応援を始めようとした。しかし、残念なことに競技が終わってしまった。

 冬奈の順位は4位。表彰台まであと百分の9秒だった。非常に惜しい。

 でも、無事延北大会に出場することができたのは、良かったと思う。

「冬奈おつかれー!!」

 「せーの」の合図で、皆で彼女をねぎらう。冬奈は恥ずかしそうにこちらを向いてお辞儀をした。その姿は、まだ世間を知らない純粋無垢な少女そのものだった。

 見ていると、思わずぎゅーっと抱きしめたくなる、そんな姿だった。


三十四話目です。


※2011年9月29日…文章表記を改めました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

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