表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/55

大会!-個人競技!②&部長の競技-

 私の二つ目の個人競技、200m個人メドレーの決勝の時間がやって来た。

 まだ、400m個人メドレーの疲れが取れていないのに。本当に大丈夫だろうかと心の内で呟いた。

「おやおやぁ? 青柳由紀様とあろうお方が、何をお悩みかね?」

「ひゃっ!?」

 いきなり背後に現れた冬奈に心底驚く私。変な声を挙げてしまった。

 あ、危うく心臓が口から飛び出るところだったよ……。

 心臓がドクンドクン……と物凄い速さで脈打つのが分かった。

 すると、冬奈は私の顔を覗き込み、言った。

「凄い顔青いけど、大丈夫?」

 大丈夫なわけ無いでしょう。だって、こうなったのも全て冬奈のせいなんだからね? 後できっちりかりは返させて頂きます。覚悟しておいてね?

 でも、それを表面上に表すのはマズイので、偽りの気持ちを伝えておいた。

「うん、大丈夫……かも」

 最後に照れ笑いを添えて、完璧(?)な偽装工作の完成。

 冬奈は私の偽装工作にまんまと嵌ってくれた。「そう、安心した」と一言呟くと、途端に笑顔になった。

 本当に、冬奈は……。

 思わず、クスッと笑ってしまった。

 すると冬奈は、私が笑ったことを疑問に思ったんだと思う。私に顔をグッと近づけて、疑い深そうな声色で言った。

「ねぇ、由紀はなんで笑ったの? 何か面白いものでも見たの?」

 そんな冬奈はこれでもかという程顔をグイグイ近づける。でも、ここで一つ問題が発生。

「あ、あまり近いと、そのぉ…唇が……」

 現在、私と冬奈の間にある隙間は約3cmほど。これが何を意味しているかというと、私のファーストキスが奪われてしまうという深刻な

 問題に発展してくる。

 流石に、初めてが女の子同士っていうのは……。

 そこまで頭の中で妄想を膨らませて、ふと気がついた。

 (な、何でこんなことを俺は考えているんだ!)

 そもそも、私は“男”だったんだ。あの悪魔(宮野先生)の脅しで嫌々(あくまでも、嫌々だからね!?)女の子として生活してきたんだ。だから、こんな女の子らしい考え方は、私が本当の女の子になってしまうような気がしてとても怖い。

 もし、このままずっと“女の子”で通していたら、いつのまにか身も心も女の子になってしまうときが来るのかな?

 それとも、このままの状態で“大人”になっていくのかな?

 そして今更だけど、女の子としての役割も働いてくるのかな?

 できれば来て欲しくは無い。

 でも、いずれやってくるはず。

 “それ”が何時いつ何処どこでやってくるのかはわからないけど、それが来たときは覚悟を決める必要があるのかもしれない。

「……ゆ、由紀? ど、どしたの?」

「ふぇ?」

 心配そうに私の顔を覗き込んでいた冬奈に、私は気がついた。と同時に、変な声を挙げてしまった。

 でも、冬奈はそんな事はまったく眼中には無いらしく、私に問いかけてきた。

「いったい何を考えてたの? すごく深刻そうだったけど……」

 きっと、さっきの妄想から発展して未来の私を想像したとき、凄い顔をしていたのだな…と少し恥ずかしくなった。

 でも、この問題は冬奈にも関わってくるはずと、私は彼女に先程まで頭の中で思い描いていた情景・描写を的確に、余すところ無く伝えた。すると、彼女は思っていた通りの反応を示して、俯き、考えた。

「冬奈、もしこのまま一生を終えるとしたらどうする?」

 縋りつくような私の声。

 冬奈は「詳しくは、由紀の競技が終わってから!」と言って、私の元から離れていった。

 (い、行かないでぇ~!!)

 心の中で叫んでも、彼女は戻ってきてはくれなかった。



「はぁ……」

 もう、溜息を吐くしかないのかなぁ?

 只今、各自自分が泳ぐコースを見つめて座っている状態です。

 裏を返せば、もうすぐ競技が始まってしまうことを意味します。

 冬奈が離れていってすぐ、入場のコールが掛かって、現在に至ります。

 本当に、トントン拍子で。

 本日三度目の、決勝独特のBGM。

 何度聴いても、好きになれない。

 そして、この雰囲気も。

 相変わらず、隣は桐扇学院中の人。

 確か名前は……湯野上さんだっけ?

 さっきから、こちらを見てはガンを飛ばしてくるんです。

 まったく。あなたは小学生ですか?

 別にいいでしょう? 400mで負けたくらい。

 この200mで勝てばいいでしょう? 私に。

 勝てないうちから、そういう風な態度を取らないで欲しいものです。本当に。

「……潮凪中に、地獄の鉄槌を……」

 ボソッと何かが聞こえたような、そうでないような。

 まぁ、良くは思われていないみたいですね。

 でも、あくまで勝負ですから。

 正々堂々と戦いましょう。

 変な呪術の類を使って勝ったって、全然嬉しくないですよ? 桐扇学院の皆さん?


 “……3コース、大星さん。近衛中学 4コース、青柳さん。潮凪中学 5コース、湯野上さん。桐扇学院中学……”


 いつの間にか、自分の名前が呼ばれていた。

 イカンイカン。集中、集中!


 “ピッ、ピッ、ピー!”


 恒例の笛の音が鳴り響き、まもなく競技が始まることを告げていた。

 辺りに、静寂が訪れる。

 ぴーん! と張り詰めた雰囲気に、息を呑む。

 そんな雰囲気の中、八人の戦士達がスタート台に登り、50m先のもう一つの壁を見つめる。

 遠くで、相変わらず雄大に構えているそれは、とても雄々しい印象を受ける。

 これから、私達はそこへと向かっていくこととなる。

 今まで何度もこのスタート台には登ったけど、やっぱり慣れるものじゃないと思う。

 いつも、重圧で押しつぶされそうになる。


 “位置について……”


 静寂で、私の鼓動が先程の400m個人メドレーの時のように早くなっているのが分かった。


 “とくん、とくん……”


 まるで、200mを全力で走った後みたいに。


 “よーい……”


 きっと出せる。自己ベスト!

 心の内で自分を鼓舞し、集中を一気に高めた。

 その直後、


 “バンッ!!”


 本日三度目。乾いた電子音が青く澄み渡る空に消えていった。



 水に飛び込むと、400mの時よりもいくらかひんやりとした。

 きっと、気温が上がったことで、気温と水温の差が大きくなっているのだろう。

 でも、このくらいなら大丈夫。別に競技自体に支障は無い。

 そうして、私は全力で泳ぎ続けた。




「はぁ、はぁ……」

 競技を終え、プールサイドに上がると、身体がとても重く感じた。

 背中に10kgの荷物を背負って、山登りをしているみたいだ。

 足取りもおぼつかない。

 でも、なんとか潮凪中のテントに戻ってくることが出来た。

 皆は、私の様子を見て心配そうに声を掛けてきてくれた。

 同時に、「お疲れ様」とも声を掛けてくれた。

 私はなるべくそれらに答えていたが、自分の荷物の所にやってくると、膝の力がガクッと抜けて、そのまま前のめりに倒れこむように体勢を崩した。

「青柳!」

 たまたまそばにいた久坂副部長が倒れてくる私を支えてくれた。でも、私の意識はどこかに飛んでいく寸前で、感謝の言葉など言える状態ではなかった。


 そして、私の意識はここで途絶えた。



 数十分後。


「…ぅん……?」

 ゆっくり上体を起こす。そして、周りを見回す。

 誰もいない。なんで?

「みんな、何処に行ったんだろ……」

 そうして、ゆっくり立ち上がった。水着のままだったので、上下ウインドブレーカーを着込み、観客用スタンドに当ても無く向かった。


 観客用スタンドに着くと、物凄い歓声が上がっていた。

 その大音量に耳を押さえ、顔をしかめながら、大歓声の発生源に目を向けた。すると、そこにいたのは、潮凪中の皆だった。

 流石にこのままでは分が悪いので、その一団に向かって歩いていった。

 一団の元へ辿り着くと、皆が私を見て、これまた心配そうに声を掛けてくれた。

 私は「今度こそ大丈夫」といって回ったけど、「もし、また気分が悪くなったら、すぐに言ってね?」と言われてしまい、私は苦笑した。

 「うん、わかった」と短く答えて、競技に目を移した。

 今行われている競技は、100m自由形の決勝。

 女子が今泳いでいる最中だ。

 次は男子が泳ぐのだが、そこに河野部長が出場するのだ。

 しかも、センターコースである4コースに。

「みんな! しっかり応援するのよ!」

 あっ、久坂副部長だ。

 いつもパワー全快ですね、久坂副部長。

 “男子100m自由形。決勝に出場する選手を紹介いたします。”

 あっ、こうしているうちに部長の出番がやってきたみたいです。

 “……3コース、大越君。陣城じんじょう中学 4コース、河野君。潮凪中学……”

「河野部長ぉー!!」

 河野部長の名前が呼ばれた瞬間、私達は思いっきり叫んでいた。

 部長は、私達の声が届いたのだろう。照れて右手で後頭部を撫で付ける様に掻いていた。

 その様子を見て、久坂副部長は頭を抱えて言った。

「まったく、泰駿やすとしのバカ」

 どこか呆れ果てるような雰囲気があるのは気のせいだろうか? いや、多分気のせいじゃないと思う。だって、久坂副部長の握った拳が、プルプル震えているから。

 そして、全身から黒いオーラを放出している所からも、そのことが伺える。

「みんな、泰駿がベストタイム55秒97を切ってこなかったら、彼に何か一発芸でもやってもらうのはどう? 異論はある?」

 突如久坂副部長が言ったことは、みんなをポカンとさせた。

 でも、徐々にその言葉の意味を理解し始め、面白そうだと彼女の提案に乗り始めた。

 こうして、河野部長が知らないところで着々と進行していくプロジェクト。

 河野部長は、ある意味ピンチに陥っている。

 ご愁傷様です、河野部長。


 “ピッ、ピッ、ピー!”


 競技がそろそろ始まる。

 辺りは静寂に包まれ、隣にいる冬奈の吐息の音が確かに聞こえてくるほどだった。


 “よーい……”


 スタート台に登った選手が全員、臨戦態勢に入った。

 構え方はそれぞれ違っていて、どれが正しいかは分からないけど、その構えは飛び込みやすいものだと思われる。

 そして、その時がやって来た。


 “バンッ!!”


 一斉に飛び込んだ。

「そぉーれ!!」

 部長が飛び込んだ瞬間、私達は思いっきり声を張り上げた。そして、部長が水面に浮き上がってくると、早速応援を開始した。

「行け、行け河野!」

 久坂副部長が先陣を切って声を張り上げる。

「行け、行け河野!」

 私達も、それに続いて声を張り上げた。

 私は意識を失っている間に体力も回復していたので、いつも以上に声を張り上げた。冬奈は心配そうに私の事を見ていたけど、元気そうに声をだす私を見ているうちに安心したのか、私に負けじと声を張り上げていた。

 そうこうしているうちに、河野部長は50mのターンを終え、残り50mに入っていた。

 ちなみに、河野部長は只今2位。

 1位は3コースの大越さん。でも、その差はわずかで、その気になればすぐに逆転という可能性もあった。

 そんなことを思っていると、早速順位の入れ替えがあった。

 1位は河野部長、2位が大越さんという状態になった。

 その後、ほとんど横に並んで、二人はそのままゴールした。

 固唾を呑んで、その様子を眺めていた私達はタイムを確認。


 1 4 55,15

   3 55,15

 3 5 56,91

 4 1 57,02

 5 6 57,06

 6 2 57,13

 7 8 57,44

 8 7 57,87


「……!」

 まさかの同タイム。

 私達はただ、呆然とそのタイムを眺めた。

 そして、喜びの声を挙げた。

 河野部長は無事自己ベストを出したので、一発芸は無くなった。

 彼は、彼の知らないところで危機に瀕し、それを知らないうちに危機を脱したのだった。




 ちなみに、200m女子個人メドレー決勝の結果はご覧の通り。

 1位…青柳 由紀(潮凪中)  タイム《2分16秒92》

 大会新・県中新・延北、全国標準記録突破。

 県大会・延北大会・全国大会出場決定。

 2位…大星 可奈(近衛中)  タイム《2分20秒13》

 大会新・県中新・延北、全国標準記録突破。

 県大会・延北大会・全国大会出場決定。

 3位…室伏 夕菜(近衛中)  タイム《2分24秒07》

 大会新・延北、全国標準記録突破。

 県大会・延北大会・全国大会出場決定。

 4位…大平  純(諸岡中)  タイム《2分25秒62》

 延北、全国標準記録突破。

 県大会・延北大会・全国大会出場決定。

 5位…湯野上綾那(桐扇学院中)タイム《2分26秒99》

 延北標準記録突破。

 県大会・延北大会出場決定。

 6位…宇治真由美(宇部山中) タイム《2分27秒12》

 延北標準記録突破。

 県大会・延北大会出場決定。

 7位…飯村 佳織(宇部山中) タイム《2分27秒81》

 延北標準記録突破。

 県大会・延北大会出場決定。

 8位…井村 裕未(御所中)  タイム《2分30秒35》

 延北標準記録突破。

 県大会・延北大会出場決定。


 余談かもしれませんが、桐扇学院の湯野上さんが遅くなったのは、最後のクロール25mで左足がったらしいです。

 ちなみに、河野部長は難なく延北大会、全国大会に駒を進めました。


三十三話目です。


※2011年9月27日…文章表記を改めました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ