大会!-競技前-
時は過ぎ、ぼちぼち人が集まり始めていた。
そして、最後にのそのそとやって来たのは河野部長。
何故だかその頭には「今起きました!」、という位の寝癖があった。
「泰駿、その頭どうしたの?」
久坂副部長が部長に詰め寄る。
すると、河野部長はヘラヘラっとして、なにやら言い訳を始めた。
「今朝寝坊してさぁ、さっき起きたばっかなのよ。そんな訳で頭もこんな感じっていう訳さ。分かったかい?」
明らかにその口調には遅れてきた事への謝罪の気持ちは含まれていない。
しかし、誰も彼に遅刻を問い詰める者は居なかった。
「おぅーし! 揃ったか?」
職員玄関から大きな荷物を持って出てきたのは水泳部顧問、宮城先生。見るからに派手な半袖シャツを着て、ダボっとした半ズボンをラフに着こなす彼のファッション性に、私たち一同は度肝を抜かれた。
「んぁ? なんだなんだ、お前ら皆ポカーンとして……」
宮城先生は、自分の服装で皆が唖然としている事に全く気付かない。
彼は彼なりに解釈をし、『大会への緊張から自棄になって呆然としていた』という風に捉えたようだ。
「いいかお前ら! 大会なんざ、練習の延長だと思えば良いんだよ。『大会だから……』ってタイムを落とすんじゃねぇぞ? 分かったか?」
半ば脅しを加えて彼は言った。
私は先生が何故そんなことを言われるのか不思議に思ったけど、終末部の脅しとも取れる部分で首を小刻みに縦に振った。
宮城先生が何か言おうとしたとき、遠くからエンジン音が聞こえてくる。
一同は音のしたほうを一斉に見ると、そこには、大型の貸し切りバスがあった。
驚きと喜びの混じった歓声があちこちで上がる。
「今日の大会には貸し切りバスで行く。乗る順番は何でも良いが、〝一人ぼっち〟を作らないようにしろよ。わかったか?」
はいと返事をすると、先生は頷き、河野部長に一同を整列させると、バスの運転手に朝の挨拶をするように耳打ちをした。
河野部長は軽く頷くと、やや大きめの声で言った。
「おはようございます!」
それにつられて他の面々も挨拶をする。
「おはようございます!」
まもなく還暦を迎えるであろうバスの運転手は、恐縮そうに帽子を取って軽くお辞儀をした。
そこへ宮城先生が彼に話しかけ、今日一日お世話になる旨を伝えた。
そうして、バスに乗車。
もちろん、乗る際に「おねがいします」と言うのを忘れずに。
学校を出発して約二十分後、大会が行われるプールに到着した。
まだ時間も早い為か、プール周辺にはテントもあまり張られておらず、潮凪中水泳部の面々は早速テントを張り始めた。
男子は男子用、女子は女子用と、各自自分の担当箇所に行き、活発に動き回る。
その結果、あっという間に二つのテントが張られた。
「ふぅ、なんか暑い」
私は、肩にかけていたバックをおろして言った。
「暑いって言うのはまだ早いわよ?」
そんな私の隣を、久坂副部長がブルーシート片手に通り過ぎながら言った。
私は反射的に彼女について行き、ブルーシートを敷くのを手伝った。
そんなこんなで時間は過ぎ、ドヤドヤと他校がプールへと集ってくる。
その中には、潮凪中のライバルでもある私立桐扇学院中学校の姿も。
桐扇学院と潮凪中は犬猿の仲として全国的に有名であり、様々な競技で争いを繰り広げてきた。
有名なものは野球。
全国大会決勝戦で延長まで持っていき、ようやく潮凪中が一点を取って優勝した際、負けた桐扇学院が勝った潮凪中の悪口を散々吐き散らし、帰って行ったということがあった。
まるで小学生の喧嘩のようだが、両校とも真面目に争っているので誰も仲介に入ろうとはしない。
ましてやその争いを楽しんでいるのである。
そして今回もその争いは勃発した。
潮凪中がテントの中で荷物の整理をしている隣で、テント張りに勤しむ桐扇学院。
潮凪中が競技前練習に行くため、更衣室に向かうとなりで、作戦会議を開く桐扇学院。
潮凪中が練習を開始すると、更衣室に向かい始める桐扇学院。
潮凪中が練習しているコースに割り込んでいく桐扇学院。
もちろん、結果的に悪い方向へと進んでいく。
両校の選手はガンを飛ばし合い、練習が練習でなくなっていく。
ただし、それに加わらず、練習を続ける選手もいた。
私と冬奈はそんな争いに興味はないので、自分なりに調整を続けた。
途中邪魔が入ったりもしたけど、完全にスルーすることに。
そして事前練習は終了し、両校はガンを飛ばし合いながら着替えをし、テントへと戻っていった。
私と冬奈はテントに戻ると、隣のテントから聞こえてくる悪口に顔をしかめながら、軽く話し合っていた。
「ねぇ由紀。朝何時ごろ起きたの?」
周りの騒音を忘れるためか、冬奈の質問はさりげない。
私は少し考えるような動作をした後、四時と答えた。
「よくそんなに早く起たねぇ」
「そう? ただ単に眠れなかっただけだよ?」
「でも、早すぎるよ。……眠くないの?」
「うーん……どちらかといえば眠くないよ」
「どちらかといえばって、はっきりしないじゃない」
たあいもないことで盛り上がっていく。
「ねぇ、私達も混ざっていい?」
楽しそうに話す私たちを見て、他の女子が次第に集まり始める。
そうして、一つの大きな集団が生まれた。
勿論、その中心に居るのは私と冬奈だ。
その大きな集団は、いたって普通に雑談をしていたのだが、今日は大会当日。
次第に話題は、今の心境に移っていった。
「ねぇ、緊張する?」
突然ある女子が言い出した。
「うん、少しね……」
冬奈がポツリと呟くと、辺りは途端に静かになった。
急に気まずい雰囲気になってしまい、冬奈は罰が悪そうに小さくなってしまった。
「ま、まあ、いつものタイム測定のようにしていればいいのよ」
場の空気を元に戻す為、前向きな言葉を選んだのだが、あまり効果が見られなかった。
「どうしよう……私、ターン失敗するかも……」
「クラウチングしたらどうしよう……」
「失格はやだよぉ……」
そんなマイナスの考えが蔓延する潮凪中水泳部女子テント内。
部長と副部長は前向きになるように促すものの、改善の兆しは現れなかった。
そして落ち込んだまま、大会は始まってしまった。
三十話目です。
※2011年9月27日…文章表記を改めました。
※2011年10月17日…表記を変えました。