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対面

 トン、トン、トンと、軽快に階段を登ってくる音がする。その音は、俺にとってあまり喜べるものではないなぜなら、心地よく寝ている俺を起こすという目的のもと、由奈姉ちゃんが階段を登っている音だからだ。

 ……余談だが、俺の一日は由奈姉ちゃんの「起きろー!」という大声から始まる。その声を聞くと、俺は朝になったことを知り、もぞもぞと行動を開始するのだ。


“ガチャ”


 姉ちゃんが部屋のドアを開けて部屋に入ってくるが、布団をがっつりと被って寝ている俺には分かりっこない。姉さんはいつもの様に息を吸い込み、「起きろー!」と叫んだのを聞いて、俺はもぞもぞ活動を始める。まぁ、いつものパターン……ではなかった。

 そう。今日限っては。

 俺はもぞもぞと布団を捲り、ブカブカのパジャマに苦労しながらも上体を起こした。

「えっ?」

 途端、由奈姉ちゃんが俺の姿を見てポカンと口を開ける。部屋の空気が氷河期のように冷え込んでいき凍り付く。そして、姉ちゃんは俺を起こす時の二倍の声を挙げて驚いた。

「え~っ!!」

 無理も無いと思う。昨日まで男の子だった実の弟が、たった一日で頭からつま先まですっかり女の子になっているのだから。

 姉ちゃんが驚きの声を挙げている間、俺は大きな欠伸を一つ吐くと、寝起きの頭をくしゃくしゃといじくりながら、ゆっくりと姉ちゃんの方に顔を向ける。

「由奈姉ちゃん、おはよー……」

 透明な新しい声で朝の挨拶をするものの、姉ちゃんの耳には届いていないようだ。

 口をパクパクと開けたり閉じたりして、何かをブツブツ呟いている。

「ゆ、ゆ、裕樹が、お、女の子に……」

 それは、寝ぼけていた俺をしっかり覚醒させるのには十分だった。自身の身体に起こった変化をようやく思い出す。

(あっ、そうだった! 俺、女の子になったんだっけ……)

「裕樹が、女の子に……」

“ドサッ”

「ね、姉ちゃん!?」

 俺が自分自身に降りかかった災難を思い出している間に、姉さんはその膝を折り、後ろに倒れてしまった。幸い、床に敷いてあったふかふかのマットのお陰で、頭を強く打ったような気配は無い。

 ……だが、このままではいけない。

「な、何とかしないと……」

 考えた末、ひとまず姉さんを一階のリビングに運ぶことにした。姉ちゃんを何とか華奢な身体で背負うと、足ががくがくと震える。不安が僅かに残るものの、俺は自分の部屋の扉をめいいっぱい開けると、足下の小さな段差に気をつけながら廊下に出て、一階のリビングを目指す。

「……こんなに重かったっけ?」

 途中、そんなことを呟きながら、俺は由奈姉ちゃんを何とかリビングに運び込む。何度も腕がりそうになり、俺のか弱い足は笑っていた。ソファーに身を預けると、大きく息を吸い込んだ。


第三話です。



2012年6月24日……本文を元に、大幅に加筆修正しました。

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