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大会!-謎のバック-

 災難続きの日から数日後、ついに大会の日がやってきた。

 『秋季水泳選手権大会近衛地区大会』と銘打った大会も、今回でなんと四十七回目。

 歴史と伝統のある大会として、地元のスイマー達の間で噂されている。

 この大会に出場すること。それは、一流のスイマーになるためのオーディションと捉える人がほとんどらしいが、この大会は冬にある県大会、地方大会。そして来年の春先に開かれる全国大会の予選会でもあり、自分が今、どのくらいのレベルにいるのかというのが分かるので、実力を試すために出場する選手もいるらしい。

 ちなみに、私たちが所属する潮凪中水泳部の場合は後者に当たる。

 潮凪中を含む近辺の中学校は、かなりハイレベルな選手が揃っているため、いつも県大会、地方大会の優勝者がこの近衛地区から出ているのだ。

 そのため、上位大会に出場するためにはかなり泳ぎこみ、実力を上げておかないといけないのである。

 潮凪中水泳部は中体連が終わるとすぐにこの大会に向け、練習を始めた。その結果、個々の泳力は格段と上昇し、部員全員で県大会に行こうというスローガンまで生まれた。

 ちなみに、私と冬奈は去年出場したが、残念ながら予選敗退という結末を迎えてしまったため、力の入れようは格別だった。

 私たちが頑張って泳ぎこんでいるのを見ていたためか、顧問の宮城先生も、自分も強くなろうと毎朝ランニングを始める始末。

 そこまでの気合の入れようである。

 各自、生活を正し、夜更かしをせずにきちんとした睡眠時間を確保して、大会当日までを過ごしていた。



 そして迎えた、当日の朝。

 一番にやってきたのは、なんと私だった。

「う~ん……ちょっと早すぎたかな?」

 寒さ対策のため、大きめのウインドブレーカーを羽織って、大きなスポーツバックを肩から提げたまま、私は小首を傾げた。

 細い腕に嵌めた空色の腕時計を見ると、時刻は午前五時三十分。集合時間の一時間前。

 誰か人がいるという気配が全く無い。

「暇だな……」

 私はポツリと呟いてバックを肩から下ろし、職員玄関前の段差に腰を下ろした。

 そして遠くを眺め、お気に入りの歌を口ずさむ。

 『……〝記憶〟という名の花びらが ヒラリ、ヒラリと舞っている……』

 声は朝の冷たい風に乗り、空に溶けていった。


 何度歌っただろう。

 瞼を閉じて歌っていると、ここが私だけのために作られた特別なステージのように感じる。

 いつまでも、このままでいい。そう思っていた。

 でも、それが叶うことは無かった。

「……由紀?」

 突然声が聞こえて、私はビックリして瞼を開いた。

 声のしたほうに視線を向けると、そこには冬奈が、私と同じような服装で立っていた。

 ふ、冬奈に……私の歌声を聞かれちゃった……!

 湧き上がってくる恥ずかしさに、私は顔を伏せた。

 すると、俄かに場の空気が変わり、冬奈の焦ったような声が聞こえてくる。

「あ、あのね、由紀。私、とっても綺麗な歌声だと思ってたんだからね? だから、顔を、上げてくれないかなぁ……なんて」

 冬奈が私をどうにかしようとしているのは分かったけど、聞いているうちにどんどん恥ずかしくなってしまって、到底顔を上げられる状況ではなくなってしまった。

 そんな私の様子を見て、少し落ち込んだのか、私の耳に、か弱い溜息のが聞こえてくる。

 その後に、隣に冬奈がやってきて座った。でも、辺りはなんとも喋りがたい空気に包まれていて、聞こえてくるのは、雀の独唱だけだった。


 どのくらい時間が経ったのか。

 辺りを包んでいた沈黙は、一人の少女がやってきたことによって破られた。

「あら? 青柳君と綾瀬君じゃない。早いのね」

 その声に反応して顔を上げると、腰まで届くかの長い髪の毛を後ろで一つ縛りにして、可憐に潮凪中のジャージの上にウインドブレーカーを羽織った久坂副部長がいた。

 さすがに座っている訳にもいかないので、私と冬奈はほぼ同時に立ち上がり、副部長に挨拶をする。

「おはようございます!」

 高い声が重なる。

「おはよう、二人とも」

 久坂副部長は私たちに返事をすると、その華奢な体に似つかわしくない岩のようなバックを傍らに下ろした。

 〝ミシッ!〟

 嫌な音がした。

「ねぇ、冬奈。なにかミシって音が聞こえなかった?」

 私は、隣にいる冬奈に尋ねかけた。

「うん。聞こえた」

 冬奈も聞こえたらしく、こくりと頷く。

 そうして、音の原因を探っていると、久坂副部長が自分の肩を揉みだした。

「ふぅ。このバックって肩凝るのよねぇ……」

 その言葉に、私たちは巨大なバックに目を向けた。そしてすぐに目を逸らす。

 アスファルトが微かに凹んでいるのは気のせいだろうと思った。

 だが、そのバックに原因があるに違いない。そう踏んだ冬奈が意を決して久坂副部長に尋ねた。

「副部長。そのバックって何が入っているんですか?」

 ほどよく和んでいた副部長は最初、何を言われているのか分からない様子だったが、少し時間が経つにつれ、何を言われているのかを理解しだした。

「あぁ、このバックね? ……何が入っているのか、気になる?」

 副部長はそういうと口元に不気味な笑みを浮かべる。

 それにただならぬ胸騒ぎを覚えて、私は首を横に振った。

 一方、好奇心に突き動かされた冬奈は、首を縦に振った。

 副部長は冬奈を自分の元へと誘うとき、私に向かって言った。

「賢明な判断よ、青柳君」

 私と冬奈は共に頭に疑問符を浮かべた。でも、何か分かったような感じがして、肩に掛かっていた力が抜ける。

 一方、冬奈は副部長が言った言葉の意味を理解できないまま、彼女の元へと辿り着いた。

「用意は良い?」

「はい」

 二人でバックの脇に屈みこみ、副部長がバックのジッパーを少し開けた……。


 その決定的瞬間を、私は遠くで見つめていた。

 突如として響き渡った冬奈の甲高い悲鳴に、ビックリして半歩下がってしまう。

 一方、彼女が悲鳴を上げるほどのものが何だったのか、妄想を膨らませていた。


 それからの後、冬奈が真っ青な顔色で戻ってきた。

 私は、一応彼女にバックの中身を聞いてみることに。

「ねぇ冬奈、何が入っていたの?」

 すると、冬奈は身震いをしながら、か細い声で呟いた。

「……聞かないほうが身のためよ」

 私は冬奈の怯え様を見、それ以上追求しないことにした。


 少し離れていたところでは、久坂副部長が邪悪な笑みを浮かべてこちらを見ていた。


二十九話目です。


※2011年9月25日…部分的に文章を削除、加筆しました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

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