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災難と災難

 それから、自力で立てるようになるまでには、かなりの時間が掛かった。

 あの後、片付けと掃除を簡単に行って、私は冬奈を起こした。

「ふむぅ……」

「冬奈、起きて!」

「うぅん……ふぁ? あ、由紀、おはよう」

「……。おはよう。冬奈、よく眠れた?」

「うん、おかげさまで」

 相変わらずの自由さ。私は溜息をつくと、タイム測定が終わった旨を伝えた。彼女はいつの間にという顔をしていたけど、すぐさま立ち上がり、「それなら、早く帰ろう」と言った。

 私は近くで掃除を続けていた先生に帰宅の許しを貰うと、挨拶をしてプールサイドを後にした。


 そして、更衣室。

 水着を脱いで、制服に着替える。

 セーラー服を羽織る。リボンをつけるのに、ちょっぴり苦戦した。

 それにしても、ここまで制服を着るのが億劫になるほど疲れたのは、初めてなんじゃないかなと思う。

 ハイソックスを履き終えると、保坂さんが話しかけてきた。

「青柳さん、今日はお疲れ様です」

「保坂さん、ありがとう」

「それにしても、青柳さん、格好よかったです!」

「ふふっ、ありがと」

 嬉しさ反面、恥ずかしさ反面。顔が少し熱く感じた。

「それじゃあ、帰りますか」

「そうですね」

 私と保坂さんが荷物を持って更衣室を後にしようとしたその時、あせりの声が背中に浴びせられる。

「ま、待って! 置いてかないでよぉ……」

 その声に振り返ってみると、まだセーラー服に袖を通していない冬奈がいた。

「もう、早くしてね」

「綾瀬さん、急いでください」

 私と保坂さんが急かすと、冬奈は震える声で「はい」と返し、せわしなく手を動かしていた。


 待つこと数分。ようやく冬奈は着替えを終えた。

「待たせてごめんね」

 悪びれも無く言う彼女。……少しいじわるしちゃおう。

「やだ。許さないから」

 私が言うと、つられるように保坂さんも「私も許しませんからね」と口を尖らせる。

 私は、まさか保坂さんまでもがそのようなことを言うとは思っていなかったので、少しビックリした。

 狼狽の色が冬奈に悟られないように顔をプイとそむける。すると、冬奈の焦った声が耳に届いた。

「ご、ごめんなさい! 待たせたのは本当に悪いと思ってるから、ど、どうか、許してください!」

 チラッと冬奈に視線を移すと、彼女は今にも泣きそうになっていた。

 ここで泣かれると、帰り道が気まずくなっちゃうなぁ。

 私は保坂さんに目配せをすると、口を開いた。

「……今度は、許さないんだからね?」

「今回はお許しします」

 私と保坂さんが冬奈に言うと、彼女は力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。

 瞳から涙を溢れさせながら。

「あ、ありがと……」

 ポツリと呟いて、冬奈は泣き出してしまった。

 結局こうなってしまったか。

「はぁ……」

 頭に右手を当てて、溜息を一つ。

 保坂さんは、冬奈の傍らにそっと身を寄せ、背中を優しく擦っていた。


 冬奈が泣き止んだところで、私たちは自宅に変えることにした。

 プールを出ると、もう太陽は真上からやや西に傾き始めている。

 保坂さんは用事があるからと学校の正門で別れ、結局いつもの二人に。

 通学路を歩いていく私と冬奈は、もう疲れで大変なことになっていた。

「はぁ……なんだか変に疲れたよ」

「うん。私も疲れた」

 私と冬奈は肩をがっくりと下げ、某呪いのビデオで古井戸から出てくる著名なお化けのように道を歩いていた。

 道行く人々は、そんな私たちを恐怖の眼差しで見つめている。

「ねぇ由紀。私たち怖がられてない?」

 ふと呟く冬奈。

「……。疲れているけど、ちゃんと歩く?」

 ボソッと提案する。

 冬奈はそれに短く返事をすると、曲がっていた背筋を伸ばし、いつも学校に登校する時の様に、至って平凡な姿で歩き始めた。

 私もそれに続き、背筋を伸ばす。

 こうして、道行く見知らぬ人々が怖い思いをする事は無くなった……と思う。

「やっぱりどんなに疲れているときでも、他の人を怖がらせるような姿勢でいちゃダメだよね?」

「そうだね。これから注意しないと……」

 冬奈は私の言葉を忘れぬようにと、小さい手で頭をポン、ポンと軽く叩く。

「ふふっ。それじゃあ逆に忘れちゃうんじゃない?」

 その様子が面白くて、私は笑いながら冬奈の手を掴む。

「あ、こら! 由紀、離して! 私はこうでもしないと覚えられないの!」

 冬奈は私の手を振りほどこうとするが、そんな彼女の顔には、満面の笑みが燈っていた。


 楽しい一時はあっという間に過ぎ去り、私は冬奈と別れ、自宅前に立っていた。

 無論、中には不思議な少女比良と、姉である由奈がいる……はずである。

「さて、少し仮眠でもしますか」

 仮眠など取ったら間違いなく夜眠れなくなってしまうにもかかわらず、つい口を出たその言葉。

 言った私自身苦笑い。

「きっと私、凄く疲れてるんだろうな……」

 そうして玄関の扉に手をかける。

 〝ガチャガチャ!〟

 開かない。

「え? なんで開かないの?」

 再チャレンジを試みる。

 〝ガチャガチャ!〟

 やはり開かない。

「なんで開かないの?」

 ちょっぴり落ち込んだ。

 しかし、途端にひらめいた。

 視線を一点に注ぐ。その先には……呼び鈴!

「これがあった!」

 神にもすがる思いで呼び鈴を押した。

 〝ピン、ポーン……〟

「……」

 静かに、中の様子を伺う。

 〝しーん……〟

 私は落胆のあまり、床にへたり込んでしまった。

「ひどいよ。なんで合鍵持たせてくれないのさ? おかしいでしょ? 俺もう限界だよ? ……あっ」

 思わず禁句を言ってしまった事を後悔した瞬間、矢が私のすぐ横に飛んできた。

「ひゃ!」

 あまりにも突然だったため、私はその場で飛び跳ねた。

 その矢は床に当たってやじりが飛び、近くのにくさむら飛んでいった。

 途端、私は悟った。本当に心を落ち着かせるいとまはこの世にないことを。

「もう、早く帰ってきてぇ!」

 悲痛な叫びが、昼間の住宅街に木霊した。



 (天の声)

 それから二時間後、楽しそうに話をしながら帰宅した由奈と比良が見つけたものは、制服姿のまま、玄関の扉にその身を預けて、静かに寝息を立てている由紀だった。


二十八話目です。


※2011年9月25日…原文を元に、大幅に書き改めました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

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