招かれざる客
それから、私はすさまじい速さで行動した。
まず、最初にとった行動は、家中の鍵を閉めること。
傷害事件の犯人が今尚逃亡している。
その事実は私をパニック状態に陥れるのに十分だった。
しかし、なんとか気を落ち着かせた私は、家中の鍵を閉めるのに成功。
「由紀さん。どうしたんですか?」
途中、比良が私に尋ねてきた。
「ああ、比良。なんだか不審者がこの近辺をうろついているみたいだから。家中の鍵を閉めているとこなんだ」
ついつい男口調に戻ってしまった。
やばいと思ったときにはとき既に遅し。やはり、それはやってきた。
たまたま開いていた窓から、何かが部屋の中に勢いよく侵入してきた。よく見るとそれは小石で、紙が付いている。
あらかた書いてある内容は容易に想像できるけど、一応広げて読んでみることに。書いてある内容は、こんなものだった。
『油断したら、それで人生は終わりよ? 死にたくなかったら、油断しないことね。』
……ああ、恐ろしい。
いつ、何処で見ているのだろうか?
あるいは、どこかに盗聴器の類を仕掛けているのだろうか?
とにかく、私に気の休まるときは訪れないようです。
「由紀さん、負けないで下さい」
比良は私の小さな手をギュッと握り、はっきり言った。なんだか、元気を貰った気がする。
「ありがとう、比良」
笑顔でそれに答えて、施錠作業を再開した。
そして、終了。
すべて閉め終わるのに10分も掛かってしまった。
正直、疲れたぁ……。
「由紀さん、お疲れ様です」
比良はそんな私に冷たいお茶を出してくれた。比良って、本当優しいね。
「いや、そんなことはないですよ」
私の心を読んだのか、比良は片手で丸御盆を持ちながら、もう片方の手ですぐさまそれを否定する。
いや、否定しなくても良いでしょう?
だって、本当に比良は優しいのだから。
また彼女は心を読んだのか、嬉しそうに照れ笑いを浮かべていた。
小休憩の後、次の作業に取り掛かることに。
次は、カーテンをすべて閉めること。
その途中に、姉さんが帰ってきた。しかも、いつもの姉さんでは考えられないような速さで。
「あ、由紀! 鍵は閉めた?」
すごい剣幕……。少し怖いです、姉さん。
「あ、はい。閉めました。今、カーテンを閉めている最中」
「あ、そう。それじゃあ、私は二階閉めるから。由紀は一階頼むね」
「うん、任せて」
と、いうことになった。
数分後。
「ふぅ。終わったぁ……」
「はぁ、はぁ……。意外と疲れるものね」
というわけで、ようやく終わった防犯対策。
でも、私たちはまだ知らない。例の傷害事件の犯人がもう一つの容疑で手配されていることを……。
「ところでさぁ、由紀は何か聞かされてない? 例の犯人について」
「いや、聞いてないです。……でも、本人には会いました」
それを聞いた姉さんは、キョトン顔。
「……ふぇ? 本人? ……えぇ! は、犯人に会ったの!?」
「えぇ。会いました…けど?」
「何もされてないよね!? 無事だったんだよね!?」
あ、姉さん。どこかのネジ緩んではいませんか? あるいはネジ、取れてはいませんか?
「あ、うん。大丈夫。無事だから落ち着いて。ね?」
「汚されてないよね!? ケガとか負わされてないよね!?」
ああ、ダメですね。姉さん完っ全に壊れてしまいましたね。……しばらく様子でも見ますか。
少々お待ち下さい。
「落ち着きましたか、姉さん」
私の問いかけに、「うん」と呟きながら首を縦に振った姉さん。
……あぁ、よかった。元の姉さんだ。
「それで、犯人に会ったのは…どうしたの」
「あ、変な男が路地から出てきて、道を歩いていた私とぶつかっただけ」
「ああ、そうなの。よかったわね、襲われなくて……」
「……姉さん。何で〝襲われる〟ことをそんなに気にするの?」
姉さんは少々いぶかしげな表情を作る。そして、私に諭すように言った。
「いい? 由紀は女の子でしょう? そして、由紀は他の女の子より可愛いんだから、変な男の人が由紀に近寄ってくるのよ。そして、そういう人はたいてい下心を持っているから、由紀なんか、襲われちゃうかもしれないんだからね? 分かった? 注意するのよ」
なるほど。確かに私は女の子だ。
可愛いかどうかは分からないけど、確かに世間の男の人から見たら、美少女なのだろう。
そんな私を自分のものにしたい……っていう人も、もしかしたらいるかもしれない。
姉さんは、そのことを心配しているのだ。
「はい。了解です」
私は頷き、改めて自分の置かれている現状を再認識するのだった。
その後、防犯対策を終えた私たちは、少し遅めの夕食作りに取り掛る。
そんな私たちは、自身に及ばんとする危険に、気が付くはずがなかった。
「はい、完成!」
そうとは知らない私たちは、完成したばかりの料理をお皿に盛り付け、テーブルに並べていく。
すべて並べ終え、私、姉さん、比良。それぞれが席に着いた。
「それじゃあ、食べましょうか」
姉さんの一言にあわせ、私と比良がそれぞれ「いただきます」といい、夕食の始まり。
「あ、そうだ」
姉さんが急に席を立つ。どうしたのだろう。
「姉さん、どうしたの?」
「ちょっとお風呂のスイッチを入れ忘れちゃってね。……あ、そうだ。由紀、代わりにスイッチ押してきてくれない?」
あぁ、何でこうなるんだろう。
「うん、分かった」
少し嫌々ではあるけど、席を立ち浴室へ。すると、誰もいないはずの浴室に、何故だか黒い影が。
「何、あれ」
ついつい呟いた私。でも、その黒い影はこちらには全然気づかないみたいで……
「ふ~ん、ふふ~ん……」
陽気に鼻歌を歌ってます。一体何者なの?
少し不安になった私は、足音を忍ばせ、急いでリビングにUターン。
戻ると、私の顔を見た姉さんが尋ねてきた。
「どうしたの、由紀? そんなに青い顔して」
そんな私の様子を見て、ただならぬものを感じ取ったのか、姉さんが席を立って近寄ってくる。
「何があったか聞かせてくれる、由紀」
その問いかけに私はこくりと頷くと、さっき見たばかりの出来事を話し始めた。
「……」
「そんなことって……」
二人とも、信じられないといった面持ちでいた。
しかし、そんな私たちを現実に引き戻すかのように、無人のはずの浴室からシャワーの音が。
「……け、警察に電話」
姉さんが携帯電話を取り出し、警察に電話を始める。
「もしもし、警察ですか? あの、家に何かが……」
そんな姉さんは、普段とは打って変わって狼狽し、正気を理性で何とかしているといった状態だった。
「大丈夫でしょうか、由奈さん……」
姉さんを不安そうに眺めている比良。
「大丈夫だよ。私の姉さんだもの」
比良を安心させるために、少し強く言ったものの、正直なところ、実は私も少し不安になってきているのだった。
数分後。
“ピンポーン”
玄関のチャイムが鳴った。
「はぁーい」
私はスリッパをパタパタと鳴らしながら玄関へと向かった。
ガチャッと玄関の扉をあけると、そこにいたのは、昼間に見た強面の刑事さんだった。
「け、刑事さん!」
私に気が付いたのか、刑事さんも少々吃驚気味。
「お、昼間の嬢ちゃんやないか!」
その時、強面近藤刑事の後ろから顔を覗かせたのは、例の少年。
「あ、昼間のお嬢さんじゃないですか!」
私もそれには吃驚。
「あ! あのときの…男の子」
それに即座に反応する少年。
「お言葉ですが、僕はこれでも大人です。浦部和成と申します」
そう言い、ぺこりとお辞儀をする少ね…もとい。浦部刑事。
ホント、見ているだけで可愛い。
「で、不審な男っちゅうのはどこや?」
その空気を破るかのように、近藤刑事が私に尋ねる。
ちょっと怖いです、刑事さん。
「こ、こちらです」
そうして刑事さんたちを家に招きいれ、問題の浴室に案内する。
まだ、浴室の中からは陽気な鼻歌と、シャワーの音が聞こえてきていた。
「あ、もしかして警察の方ですか?」
と、そこへ姉さんと比良がやってきた。
刑事さんたちは姉さんに気が付くと、姉さんと比良に自己紹介をした。
「あ、ども。ウチ、近藤っちゅうもんです。刑事やってます。ほな、よろしく」
「はじめまして。私、近藤刑事の部下で同じく刑事の浦部と申します」
というわけで、姉さん達が見守る中、浴室にいる不審人物を捕まえるために動き出す刑事さんたち。
そして、その時はやってきた。
「ほな、入るで」
近藤刑事が浴室のドアを開けた。そこにいたのは……
「お、お前か!」
そう。例の傷害事件の犯人その人。
私たち(私を除いた二人)と浦部警部はとても驚く。
それとは対照的に、近藤警部は手錠を取り出し、犯人の手に掛けた。
犯人は何一つ抵抗せず、それに従っている。
私は、ここまで間近で人がつかまるところを見るのは初めてで、逆に真剣にその様子を眺めていたのだった。
これで、事件は無事に解決した。
後々近藤さんから聞いたことだけど、先ほどの犯人の容疑は、『傷害』と『建造物侵入』の二つだったらしい。
それにしても、どうやって家に入ったんだろう……。
二十四話目です。
※2010年5月24日…少し内容を補足しました。
※2011年8月17日…文章表記を改めました。
※2011年10月17日…表記を変えました。