給食の時に
教室に戻ってくると、おいしそうな匂いが鼻をくすぐる。
体育で少し運動をした後だけに、私も冬奈も先程からお腹の中で虫が騒ぎ続けていた。
「お腹すいたね」
「うん、そうだね」
教室に入るなり、保坂さんが私たちの元へと駆け寄ってくる。
「青柳さんと綾瀬さん。先生に呼ばれていましたが、何かあったのですか?」
いかにも知りたいというような瞳をして、じっと彼女は私たちを見つめたまま。
“これは素直に答えた方がいいのかな?”
仕方なく、私は冬奈にアイコンタクトでそう伝える。すると、彼女はその目を逸らしてしまう。
しょうがないなぁ。
私は違和感が無い程度に嘘を吐くことにした。
「前の学校で水泳部に入っていたから、ここでも入らないかって誘われたの。ねっ、冬奈?」
「う、うん。そうなんだよね……」
冬奈に同意を求めると、彼女はぎこちなく笑った。
それがいかにも作り笑いのように見えて、私は嘘がばれてしまうのではないかと心配した。でも、保坂さんが納得してくれて、その心配は無用となったので、心の中で安堵の溜息を漏らした。
「それでは、早めに給食の準備をしてしまいましょうか」
うっすらと微笑んで、保坂さんは私たちを促す。それに従うように、私と冬奈は支度を整え始めた。
配膳台のところから続く、大蛇のように長い列。その最後尾に並んでから少し経った。
「なかなか進まないね」
綾瀬が口を尖らせる。
「冬奈、そんなこと言わずに待っていようよ」
「でもさ、あそこで闇の取引が横行してるんだよ?」
「あ、綾瀬さん…そんな、闇の取引だなんて……」
冬奈が言っている闇の取引とは、配膳された給食のを増やしたり、減らしたりすること。
好き嫌いの些細な問題から引き起こるそれは、列に並んでいる私たちにとってはいい迷惑である。
「頼む。俺、これだけは食えないんだ」
「いいから食えよ。後が詰まってるぞ?」
「そんなことより、早くしてくれよ。いつまでも動かないじゃないか」
「こいつもこう言ってるんだから、サラダ、戻してもいいだろ?」
「仕方ないな……」
そんな調子で、列は伸びてゆく。
少し進んだところで、冬奈が話しかけてきた。
「由紀、今日一緒に帰らない?」
「いきなりどうしたの」
突然のことだったから、何か企んでいるんじゃないかと思って僅かに身構えてしまう。それを見た彼女は僅かに表情を曇らせる。
「何も無いよ、身構えたって。私、そんな風に思われてるんだ……」
「あっ、そういうわけじゃなくって……」
「じゃあ、どういうわけ?」
「……上手く言葉にできそうにない」
と、私の言葉に冬奈は明らかに気分を害したよう。私に詰め寄ってくると、どすの聞いた声で言った。
「私、お腹がすいてイライラしてるの。だから、あんまり怒らせるようなことをしないで欲しいんだけど」
その余りの怖さに、私はただ「はい」と呟くしかなかった。
給食の配膳が全て終わり、みんなが席についてその時を待っている。
場の空気がそわそわと落ち着き無いことが、手に取るように分かった。
そして、それ以上に感じるのが、周りの男子からの痛いほどに浴びせられる視線。
その視線は、頭の先からいたるところに向けられている気がして、私はただ俯いてそれを全て受け止めていた。
“は、恥ずかしい……”
頬が次第に熱を帯び始め、さらに身体は小さくしぼみ始める。
しかし、給食の挨拶が視線の集中を幾分解消してくれたおかげで、私は何とか普通に食事を取ることが出来た。
食後。
私はたまたま近くの席になったとある女子に、男子の視線について話してみた。すると彼女は、なかば呆れたように言った。
「青柳さんは、自身の魅力について何も知らないのかい?」
「えっ!?」
「その様子だと、何も知らないみたいだね。まあ、そのうち分かってくるさ」
彼女はそのまま後片付けのために離れていってしまう。
“私の……魅力?”
食べ終えた給食を片付けながら、頭の中ではずっとそのことを考えていた。
二十二話目です。
※2010年8月27日…文章表記を改めました。
※2011年8月17日…原文を元に本文を書き改め、大幅に削減しました。
※2011年10月17日…表記を変えました。




