呼ばれたわけ
私たちは今、宮城先生に呼ばれて式台前にいる。
「何か悪いことでもしたっけ」と二人で顔をあわせていると、先生が何かが書かれている紙を持ってきた。しかも、紙は二枚一束になっているらしい。
「いやぁ、すまん。一枚目が前回のタイム測定の結果だ。それと、二枚目が次の大会の要項と出場種目が書かれた紙。今度の大会については二枚目の表に詳しく書いてあるからな」
宮城先生が私たちに紙を配った。私と冬奈はそれを受け取り、一通り目を通す。
タイム結果はベスト。うん、それはいい。
ただ、出場種目がちょっと納得いかない。
おかしいでしょ。なんで200メートルと400メートルの個人メドレーなの!?
“私を殺す気ですかっ!”
多分、私が思っていることが顔に出ていたのだと思う。宮城先生が大声で笑い出した。
「まあまあ青柳、今のお前なら大丈夫だ。きっと全国までいけるって」
あまりにもスパッと言われたので、私は一瞬面食らってしまった。しかし、すかさず反論。
「先生、正直厳しいかもしれません。私、先生が思っている以上に体力ないですから」
私の言い分に先生はさらに笑い出す。
何がおかしい!
「青柳。お前、自分の体力どれくらいあるのか分かってないな」
「いえ、分かっているつもりですが……」
「それならこの二種目でも大丈夫だ。……なんなら、明日タイムでも計るか?」
「分かりました。受けて立ちましょう」
こうして、明日の放課後、200メートルと400メートル個人メドレーのタイム測定が決まった。
今日は早く寝て体力を温存しないといけない。
「あの……先生」
突然、私の隣で紙を見ていた冬奈が呟く。
「おう、なんだ綾瀬?」
先生はその声に反応して、意識を私から冬奈に移す。
「先生、私の参加種目についてなんですが、変更はできないでしょうか?」
彼女はそう呟くと、内股でモジモジとしている。
冬奈、なんかキャラ変わってない?
「う~ん……どうだろうなぁ。ちなみに、綾瀬は何に変更したいんだ?」
宮城先生の腕組の状況から、種目の変更はかなり厳しいものに思われた。でも、宮城先生は一応彼女の希望を聞いてくれるらしい。
冬奈はモジモジしながら、囁くように呟く。
「平泳ぎ100メートルから、背泳ぎ100メートルに……」
希望を聞いて、宮城先生は唸った。
先生が唸るのは私にも分かる。冬奈の得意種目は平泳ぎと背泳ぎの二種目。
そして、冬奈の出場種目(仮)に書いてあるのは、平泳ぎ100メートルと背泳ぎ200メートル。
彼女の得意種目を両方盛り込んであり、私的には最高の組み合わせだと思う。
でも、冬奈は突然どうしたんだろう。
「どうして平泳ぎ100から背泳ぎ100に変えようと思うんだ?」
宮城先生は腕組をそのままに、冬奈に問いかける。
彼女はモジモジすることなく、静かに、そしてはっきりと言った。
「私、これから背泳ぎ一本でがんばろうって思うんです。平泳ぎと背泳ぎ両方やっていると、どちらにも集中できなくて……思うようにタイムが伸びないんです。そのため、背泳ぎに変更しようと考えました。……先生、お願いします!」
彼女はそう言って、先生に深く頭を下げた。肩まで掛かるさらさらの髪が、だらんと前に垂れる。
冬奈、そこまで考えてたんだ……。
私はその行動を心の底から凄いと思った。
しかし、宮城先生は腕を組んだまま思案顔。きっと、このまま種目を変えていいものか悩んでいるのだろうな。
そんなことを思っていると、何の前触れもなく宮城先生は腕組を解き、冬奈に優しく話し始めた。
「綾瀬、お前の考えはよく分かった。種目の変更を認めよう。今日中に変更願いを出せば確か間に合うはずだからな。……背泳ぎ、がんばれよ」
その答えを聞き、冬奈は頭を下げたまま、「ありがとうございました!」と感謝の意を表す。
私はいつの間にか胸の前で両の手を握り合わせていた。
静かに目を閉じる。
よかったね、冬奈。
と、思い出したように先生が話を私に振った。
「ああ、それと青柳。お前の種目変更は無な。あと、お前はリレーメンバー入り確定だからしっかり練習するんだぞ。……それじゃあ、はやく教室戻れよ」
「……」
宮城先生、なんと言う爆弾発言をするんですか!
驚愕の表情を浮かべているであろう私に、先生が微笑を湛えながら、一言。
「グット、ラック!」
……。
先生、全然嬉しくないです。
結局、なにか腑に落ちないものを抱えた私と、晴れやかな表情の冬奈は急いで教室へと戻った。
教室に戻る途中、とても良い匂いが漂ってくる。
途端、私と冬奈のおなかが鳴いた。
互いに顔を見合って、呟く。
「冬奈、おなか空いてるんだね」
「由紀こそ、ペコペコなんじゃない?」
ああ、早く給食が食べたい。
そう思うと、知らず知らずのうちに歩調が早まっていった。
二十一話目です。
※2011年7月16日…本文を編集、加筆しました。
※2011年10月17日…表記を変えました。