灼熱の体育
「一同、整列!」
体育教師である宮城先生の大声が、この晴れ渡った空の下、潮凪中の校庭に響く。
離れて聞くには良いかもしれないけど、近くで聞いていると耳がじんじん痛くなってくる。
そのためか、整列しながら両手で耳を抑えてる人も出始めた。
宮城先生、声のボリューム下げたほうが良いんじゃないですか?
「今日の体育だが、転校生がいるということで、水泳の予定を変更して、男女混合のサッカーを行うことにした!」
先生、なんという衝撃発言をするんですか。
こんな暑苦しい日にサッカーなんてやったら、私、途中で倒れてしまいますよ。
ちなみに、今日の最高気温は32℃だったりする。
「先生、いくらなんでもこの気温でサッカーは厳しいのではないでしょうか」
「俺、きっと倒れますよ!?」
当然のように出てくる反対意見。宮城先生はそれらを静かに聞いていたが、いきなり体育用具置き場を目指して全力疾走。
突然の出来事に、みんなは唖然としてその姿を見ていた。しかし、先生が持ってきたものを見て表情を歪める。
先生が持ってきたのは、サッカーボールだった。
「じゃあ、試合を行う。1組対2組で良いか?」
先生は私たちを見回して言う。
もはや違う競技に変えることを諦めたようで、所々から「もう、それで良いですよ」と呟く声が聞こえた。
「よし、それじゃあ向こうのゴールは一組。手前のコートは二組な。それでは、クラスごとに整列!」
みんながグラウンドの中央線の両脇に整列する。既に暑さでやられ始めているのか、移動がぎこちない。
でも、先生はそんな生徒を注意する気色すら見せず、再び大声を上げた。
「ボールは一組からな。それでは、始め!」
ホイッスルが鳴り響き、地獄のサッカーの幕が上がった。
開始から、三十分が経過した。
得点は1-2で2組が優勢となっている。
「はぁ、はぁ……」
みんな息を切らしてひとつのボールを追いかけていく。
しかし、私は遠く離れたところでボールを獲得するための戦いを見守っていた。
先生に見つかったら怒られてしまうだろうけど、足が動こうとしない。
なんせ、あの危険な場所に突っ込んでいったら、まさしく待っているのは……。
「あら、青柳君じゃない」
突如声を掛けられ、私は少し驚いた。
声のしたほうを向くと、そこには神奈川さんがいた。
「神奈川さんだったのね……」
なんだか分からないけど、私は少し安心した。
「どうしたの?」
神奈川さんは不思議そうに首をかしげる。
その怪訝そうな表情に、私は話題を振った。
「神奈川さんは参加しないの?」
「……ええ。あんなところに入り込んだら私、ケガしちゃうからね」
即答の神奈川さん。彼女は私とほぼ同じことを考えていたようだ。
「そういう青柳君は参加しないの?」
「うん。私も神奈川さんと同じ理由なんだ……」
普通に受け答えをすると、神奈川さんはすごい剣幕になって私のジャージの胸元をガシッと掴んだ。
驚く私に彼女はそのまま問い詰めてくる。
「青柳君、身も心も女の子になっちゃったの!?」
あまりの気迫に私は圧倒されながらも、これまでの経緯を順を追って話し始めた。
じゃすと あ もーめんと、ぷりーず。
「……つまり、宮野先生に脅されて、女の子として過ごしていくことになったのね?」
「うん。そうなんだよね」
大雑把に説明したはずなのに、神奈川さんは飲み込みがはやくてすごいなぁ。
「で、宮城先生が言っていた〝転校生〟って言うのはあなたなのね?」
「私だけではないけど……」
「他には誰がいるの?」
「……ふ、冬樹」
「綾瀬君?」
「……うん、そう」
「彼も何で転校生なんかに……」
「神奈川さん。冬樹も私と同じ二組だということを考えれば、分かるでしょう?」
腕を組み、唸る神奈川さん。だが、すぐに分かったようだ。
「つまり、彼もまた宮野先生に脅されて……?」
「神奈川さん、その通りです」
「ねえ、青柳君。宮野先生って何者なの?」
「そ、それは……私にも分からない」
その時、宮城先生が笛を吹いたので、神奈川さんとのお話し会はお開きになった。
それにしても、みんな汗だくだね。ちゃんと汗ふき取らないと、後々大変だよ?
「いい汗流したか? これで体育は終わりだ。次回は水泳を行うから水着を忘れんなよ! 解散!」
宮城先生が解散と言った瞬間、みんなが熱せられた校庭に座り込む。
そのなかには、冬奈の姿もあった。
ああ、参加していたのね……。
私は心の中でお疲れ様と一言呟くと、その場を立ち去ろうとする。でも、宮城先生に呼ばれてしまった。もちろん冬奈もだが。
どうやら大切な話があるらしく、しかも急いで来るように言われた。
一体なんだろうと思いながらも、私はくたくたの冬奈を連れて宮城先生の元へと向かった。
二十話目です。
※2011年7月15日…本文を編集、加筆しました。
※2011年10月17日…表記を変えました。