表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/55

席替え

 現在、私は保坂さんと一緒に世間話に花を咲かせていた。

 話すことは、最近見ているテレビとかそういう類のこと。

 周りのみんなも楽しそうにお喋りをしているから、教室内はとてもにぎやかだった。

 しかし、今は授業中。いくら学活であっても、先生の話を集中して聞かなければいけない。でも、先生は先程から一生懸命何かを作っているみたいで、注意する気配すら見せない。

 そのため、このような状態に至ってしまった。

「それで、昨日のテレビでね」

「その続きはどうなるんでしょうかね」

「う~ん……分からないけど、面白くなりそう」

「続きが楽しみですね」

 保坂さんと話をしていると、先生が立ち上がって背伸びをしたのが視界に入る。

 彼女に目配せをすると、分かったのか、ちらりと教卓のほうへと視線を移した。

「そろそろなにか始まるみたいですね」

 楽しそうに保坂さんは言った。

「うん。何が始まるんだろうね」

 私も彼女と同じく楽しくなってきたのが分かった。


「では、これから席替えをしたいと思います」

 わくわくしていると、先生がざわついた教室内に良く通る声で言った。

 ざわついていた教室内が、さらに膨れ上がったように思える。

「先生、それは本当ですか!?」

 私の近くで、一人の男子が興奮気味に言う。

「ええ。本当です」

 先生はそれに即答。室内の男子が声を揃えて喜んでいる。

 その様子を私と保坂さんはやや呆れて見ていた。

「どうして男子はこんなにも喜んでいるのでしょうね?」

「そ、そうだね……」

 元男子である私は、ちょっぴり居心地が悪かった。

「青柳さんは、どこの席がいいですか」

 突然、保坂さんが話を振る。

 もちろん、私は何の用意もしていなかったので、すぐは答えられないまま、沈黙が出来てしまう。

 それが彼女には、私の意識がどこか違うところに飛んでいるように思われたようで、「青柳さん?」と心配そうに言われてしまった。

 私は「大丈夫」と前置きをして、先程の答えを述べた。

「私、ここがいいな」

 すると保坂さんは、意外そうな表情を浮かべた後に、「そうですよね」と言って微笑む。

「私も今のこの席がいいです。青柳さんがいますから」

 彼女の言葉を違う意味で捉えてしまった私は、驚いて息が詰まりそうになった。頬が熱を帯び始めているのが分かる。

「ちょ…それってどういう……」

 私の反応を見てなのか、彼女は慌てて首を振る。

「ち、違いますよ! そういう意味じゃなくて、なんと言えば……」

「……友達として?」

「そ、それです! 友達として、です」

 よかった。保坂さんがそっち系の人じゃなくて。

 私たちがそんな事をしている間も、席替えのボルテージは絶賛上昇中だった。


「席替え、席替え!」

 一部男子の大合唱が教室内に響いていた。

「うるさいなぁ」

 両手で耳を押さえ、私は頬を蛙のように膨らませてその様子を眺めている。

 こんなに暑いのに、あの元気は一体どこから湧き上がってくるのか不思議でならない。

 そんな教室内を一通り眺めていると、私の視線がある場所で止まった。

 視線の先にいるのは、女の子になって小さくなった身体をより小さくしている冬奈だ。

 冬奈、どうしたのかな。

 そんな事を思っていると、冬奈が突然振り返った。

 視線が交錯する。

 と、なんの前触れもなく冬奈が席から立ち上がり、すたすたと私の元へやってきた。

「どうしたの、突然」

「どうしたのじゃないよ。あの場所、結構つらいからね?」

「もしかして、逃げ出してきたの?」

「ち、違うから! 私はただ、由紀と話がしたいなぁって思っただけで……」

 あわてて否定しようとする冬奈だけど、その顔は朱を入れたかのように染め上がる。

 考えていることが顔にすぐ出てしまっていた。

「ふふっ。冬奈も素直になりなよ~」

「わ、私は素直だからな!?」

「いやいや、素直と呼べるにはまだ何かが足りませんよ?」

「いや、足りてるはずだから!」

「あ、あの……」

 冬奈をからかっていると、申し訳なさそうに保坂さんが声を絞り出した。途端、私と冬奈の視線が自然と彼女に集まる。

「なに、保坂さん」

 私が彼女に問いかけると、小さな声でぼそぼそっと呟くように言った。

「わ、私もご一緒してもいいでしょうか……」

 最初、私と冬奈は彼女が言っていることが分からずに、頭の上に疑問符を浮かべていた。だが、彼女が私に耳打ちで囁きかけてきたのを聞くと、彼女の真意をつかみとることが出来た。

「冬奈。保坂さん、冬奈と友達になりたいんだって」

 ようするに、こういうこと。

「あ、青柳さん! 言わないでくださいよ!」

 保坂さんが瞳を潤ませて私に襲い掛かる。

「保坂さん、や、やめてって」

「やめません! 私の羞恥心と比べたら、それほどでもないはずです!」

「十分痛いから! ね? やめようよ、ね?」

「うぅ……」

 ようやく静かになった彼女を宥めながら、私は冬奈に視線を移す。すると、彼女は私に気付き、私の隣で目尻を押さえている保坂さんを見て言った。

「別に、私でいいのなら大歓迎だよ」

 それが先程の答えであることを理解した保坂さんは、目尻に溜まったものを拭うと、先程とは正反対の表情を浮かべる。

「青柳さん、私、やりました!」

 拳を握り締めて満面の笑みの彼女は、本当に嬉しそうだ。

「よかったね、保坂さん」

「はい!」

 それから少しの間、私と冬奈、そして保坂さんの三人でくだらない世間話を繰り広げていた。


「まだくじを引いていない人はいる?」

 突如、先生が大きな声でクラス全員に問いかける。

「引きました」

「俺は引きました」

「わ、私も……」

 クラスの大部分がくじを引いているようだ。

「青柳さん、引いた?」

 すると、近くに座っていた男子が私に問いかけてきた。

 つかの間の沈黙。そして、思い出す。

「私、くじ引いてないや」

 ということで、私と冬奈、保坂さんは席を立った。

 教卓にやってくると、目の前に折りたたまれた紙切れが三つ、申し訳なさそうに乗っていた。

「中身を見ないように、好きな奴をひとつだけ取ってね」

 先生はそういうと、どうぞと取るように促す。

 私は一度、冬奈と保坂さんの二人にどれを取るか聞いてみることにした。

「冬奈、どれ取る?」

「んー。私は真ん中で」

 冬奈は真ん中か。

「保坂さんは?」

「えっ、私は……左で」

 保坂さんは左。すると、私は必然的に右となる。

「それじゃあ、引くよ?」

 目で合図を二人に送ると、一斉に自分が選んだ紙切れを取った。


「な、何でこうなるんだろう……」

「ま、まあ落ち着いて。くじなんて一時の“運”なんだから」

「そ、そうですよ。今日はたまたま“運”が無かっただけですよ」

「……」

 私は自分の席で机に突っ伏した。

 あの後、紙切れを広げてみると、私のには“11”という数字が殴り書きで大きく書かれていた。

「何番だった?」

 先生が尋ねてきたので、私は素直に自分の持っている紙に書かれた数字を呟く。すると、私の新たな座席が示された。

 真ん中の列、教卓の目の前最前列。

 とんでもない貧乏くじだった。

 このほか、保坂さんは窓側。冬奈は元私がいた場所へと席が移動となり、現在に至る。

 この結果を男子は二つの反応で迎えていた。

「やったぁ! あ、青柳さんの隣だぁ!」

「キタァァァァ!!」

 私に近い席を引いた男子は有頂天。でも、それ以外の男子の反応は冷め切っている。

「あいつら、叩きのめしてやる」

「おい、『火あぶりの刑』なんてどうだ?」

「いいな。それでいこうぜ」

 なんだか不穏な空気が漂っています。

 そんなこんなで、私はけっこう落ち込んでいた。

「うぅ……」

「元気だそうよ。次、体育だよ?」

 冬奈が私にそう言ってくる。

「私、体育やりたくない……」

 何で始業式の日から体育があるのかが分からない。私はわがままを通したかった。

 でも、冬奈と保坂さんがそれを許すはずもなく、仕方なしにジャージを取り出して着替え始めた。

 外では、太陽がいじわるをしている最中だった。


十九話目です。


※2011年7月10日…原文を元に書き直し、加筆しました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ