席替え
現在、私は保坂さんと一緒に世間話に花を咲かせていた。
話すことは、最近見ているテレビとかそういう類のこと。
周りのみんなも楽しそうにお喋りをしているから、教室内はとてもにぎやかだった。
しかし、今は授業中。いくら学活であっても、先生の話を集中して聞かなければいけない。でも、先生は先程から一生懸命何かを作っているみたいで、注意する気配すら見せない。
そのため、このような状態に至ってしまった。
「それで、昨日のテレビでね」
「その続きはどうなるんでしょうかね」
「う~ん……分からないけど、面白くなりそう」
「続きが楽しみですね」
保坂さんと話をしていると、先生が立ち上がって背伸びをしたのが視界に入る。
彼女に目配せをすると、分かったのか、ちらりと教卓のほうへと視線を移した。
「そろそろなにか始まるみたいですね」
楽しそうに保坂さんは言った。
「うん。何が始まるんだろうね」
私も彼女と同じく楽しくなってきたのが分かった。
「では、これから席替えをしたいと思います」
わくわくしていると、先生がざわついた教室内に良く通る声で言った。
ざわついていた教室内が、さらに膨れ上がったように思える。
「先生、それは本当ですか!?」
私の近くで、一人の男子が興奮気味に言う。
「ええ。本当です」
先生はそれに即答。室内の男子が声を揃えて喜んでいる。
その様子を私と保坂さんはやや呆れて見ていた。
「どうして男子はこんなにも喜んでいるのでしょうね?」
「そ、そうだね……」
元男子である私は、ちょっぴり居心地が悪かった。
「青柳さんは、どこの席がいいですか」
突然、保坂さんが話を振る。
もちろん、私は何の用意もしていなかったので、すぐは答えられないまま、沈黙が出来てしまう。
それが彼女には、私の意識がどこか違うところに飛んでいるように思われたようで、「青柳さん?」と心配そうに言われてしまった。
私は「大丈夫」と前置きをして、先程の答えを述べた。
「私、ここがいいな」
すると保坂さんは、意外そうな表情を浮かべた後に、「そうですよね」と言って微笑む。
「私も今のこの席がいいです。青柳さんがいますから」
彼女の言葉を違う意味で捉えてしまった私は、驚いて息が詰まりそうになった。頬が熱を帯び始めているのが分かる。
「ちょ…それってどういう……」
私の反応を見てなのか、彼女は慌てて首を振る。
「ち、違いますよ! そういう意味じゃなくて、なんと言えば……」
「……友達として?」
「そ、それです! 友達として、です」
よかった。保坂さんがそっち系の人じゃなくて。
私たちがそんな事をしている間も、席替えのボルテージは絶賛上昇中だった。
「席替え、席替え!」
一部男子の大合唱が教室内に響いていた。
「うるさいなぁ」
両手で耳を押さえ、私は頬を蛙のように膨らませてその様子を眺めている。
こんなに暑いのに、あの元気は一体どこから湧き上がってくるのか不思議でならない。
そんな教室内を一通り眺めていると、私の視線がある場所で止まった。
視線の先にいるのは、女の子になって小さくなった身体をより小さくしている冬奈だ。
冬奈、どうしたのかな。
そんな事を思っていると、冬奈が突然振り返った。
視線が交錯する。
と、なんの前触れもなく冬奈が席から立ち上がり、すたすたと私の元へやってきた。
「どうしたの、突然」
「どうしたのじゃないよ。あの場所、結構つらいからね?」
「もしかして、逃げ出してきたの?」
「ち、違うから! 私はただ、由紀と話がしたいなぁって思っただけで……」
あわてて否定しようとする冬奈だけど、その顔は朱を入れたかのように染め上がる。
考えていることが顔にすぐ出てしまっていた。
「ふふっ。冬奈も素直になりなよ~」
「わ、私は素直だからな!?」
「いやいや、素直と呼べるにはまだ何かが足りませんよ?」
「いや、足りてるはずだから!」
「あ、あの……」
冬奈をからかっていると、申し訳なさそうに保坂さんが声を絞り出した。途端、私と冬奈の視線が自然と彼女に集まる。
「なに、保坂さん」
私が彼女に問いかけると、小さな声でぼそぼそっと呟くように言った。
「わ、私もご一緒してもいいでしょうか……」
最初、私と冬奈は彼女が言っていることが分からずに、頭の上に疑問符を浮かべていた。だが、彼女が私に耳打ちで囁きかけてきたのを聞くと、彼女の真意をつかみとることが出来た。
「冬奈。保坂さん、冬奈と友達になりたいんだって」
ようするに、こういうこと。
「あ、青柳さん! 言わないでくださいよ!」
保坂さんが瞳を潤ませて私に襲い掛かる。
「保坂さん、や、やめてって」
「やめません! 私の羞恥心と比べたら、それほどでもないはずです!」
「十分痛いから! ね? やめようよ、ね?」
「うぅ……」
ようやく静かになった彼女を宥めながら、私は冬奈に視線を移す。すると、彼女は私に気付き、私の隣で目尻を押さえている保坂さんを見て言った。
「別に、私でいいのなら大歓迎だよ」
それが先程の答えであることを理解した保坂さんは、目尻に溜まったものを拭うと、先程とは正反対の表情を浮かべる。
「青柳さん、私、やりました!」
拳を握り締めて満面の笑みの彼女は、本当に嬉しそうだ。
「よかったね、保坂さん」
「はい!」
それから少しの間、私と冬奈、そして保坂さんの三人でくだらない世間話を繰り広げていた。
「まだくじを引いていない人はいる?」
突如、先生が大きな声でクラス全員に問いかける。
「引きました」
「俺は引きました」
「わ、私も……」
クラスの大部分がくじを引いているようだ。
「青柳さん、引いた?」
すると、近くに座っていた男子が私に問いかけてきた。
つかの間の沈黙。そして、思い出す。
「私、くじ引いてないや」
ということで、私と冬奈、保坂さんは席を立った。
教卓にやってくると、目の前に折りたたまれた紙切れが三つ、申し訳なさそうに乗っていた。
「中身を見ないように、好きな奴をひとつだけ取ってね」
先生はそういうと、どうぞと取るように促す。
私は一度、冬奈と保坂さんの二人にどれを取るか聞いてみることにした。
「冬奈、どれ取る?」
「んー。私は真ん中で」
冬奈は真ん中か。
「保坂さんは?」
「えっ、私は……左で」
保坂さんは左。すると、私は必然的に右となる。
「それじゃあ、引くよ?」
目で合図を二人に送ると、一斉に自分が選んだ紙切れを取った。
「な、何でこうなるんだろう……」
「ま、まあ落ち着いて。くじなんて一時の“運”なんだから」
「そ、そうですよ。今日はたまたま“運”が無かっただけですよ」
「……」
私は自分の席で机に突っ伏した。
あの後、紙切れを広げてみると、私のには“11”という数字が殴り書きで大きく書かれていた。
「何番だった?」
先生が尋ねてきたので、私は素直に自分の持っている紙に書かれた数字を呟く。すると、私の新たな座席が示された。
真ん中の列、教卓の目の前最前列。
とんでもない貧乏くじだった。
このほか、保坂さんは窓側。冬奈は元私がいた場所へと席が移動となり、現在に至る。
この結果を男子は二つの反応で迎えていた。
「やったぁ! あ、青柳さんの隣だぁ!」
「キタァァァァ!!」
私に近い席を引いた男子は有頂天。でも、それ以外の男子の反応は冷め切っている。
「あいつら、叩きのめしてやる」
「おい、『火あぶりの刑』なんてどうだ?」
「いいな。それでいこうぜ」
なんだか不穏な空気が漂っています。
そんなこんなで、私はけっこう落ち込んでいた。
「うぅ……」
「元気だそうよ。次、体育だよ?」
冬奈が私にそう言ってくる。
「私、体育やりたくない……」
何で始業式の日から体育があるのかが分からない。私はわがままを通したかった。
でも、冬奈と保坂さんがそれを許すはずもなく、仕方なしにジャージを取り出して着替え始めた。
外では、太陽がいじわるをしている最中だった。
十九話目です。
※2011年7月10日…原文を元に書き直し、加筆しました。
※2011年10月17日…表記を変えました。




