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転校生として

 夏休みの残り二日間は、あっという間に過ぎ去っていってしまった。

 そして今日は始業式。長いけど行事が盛りだくさんの二学期が始まる日。

 でも、みんなは夏休みボケでとても気だるそうにしている。

 朝登校してくる時に見たみんなは、大体がそんな感じで足を重たそうに運んでいた。

 中には大きな欠伸あくびをしている人もいたりして。

 私は鞄を改めて背負いなおすと、職員玄関から校舎内に入った。


 今の時間、みんなは体育館で始業式を行っているはず。でも、私と冬奈は職員室でお留守番をしている。

 何故かというと、それは私と冬奈が“転校生”だから。

 先日私には転校生として扱うと先生に言われたけど、冬奈はいつ言われたんだろう。

 不思議に思いつつも、私はそのままソファに座っていた。

 辺りはしんと静まり返っていて、雑音ひとつしない。

 でも、静かに座っていることに我慢の限界がやってきたのか、冬奈がいきなり立ち上がった。

 立ち上がるやすぐ、痺れを切らしたかのように話し始めた。

「なあ、由紀。……暇じゃねえか?」

 大きく背伸びをしている冬奈を仰ぎ見ながら、私は答える。

「うん、そうだね。暇だね」

 私の答えを聞き、冬奈は「そうだよな」と呟き、次につなげる。

「由紀……よく座ってられるよな」

「そう? 私にとっては何てことないけど……」

 私が答えたその瞬間、冬奈が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、言った。

「由紀、〝心〟まで女の子になっちまったのか!?」

「ううん、心まで完璧な女の子にはなってはいないけど……」

「いないけど?」

「先生に言われたの。『女の子として生活しなさい』みたいなことを……」

「宮野先生にか?」

「……うん」

 私が俯きながら答えると、冬奈は「そうなんだ」と呟き、またソファに座りなおした。

「……それじゃあ、俺も直したほうが良いのか? 一人称を、〝私〟に」

 不安そうに冬奈は尋ねてくる。私は少し考えてから、首を横に振った。

「分からないよ。でも、先生に言われなければ良いんじゃないかな。私の場合は家に直接来て言われたから……」

「そうなのか……。苦労してるんだな、由紀」

「はい。苦労してるんです……」

 そんな感じで話し込んでいると、職員室のドアが音を立てて開いた。

 私と冬奈はその音に少々びっくりしながらも誰が入ってきたのだろうとそちらを見ると、宮野先生だということが分かった。

「おとなしくしていましたか?」

 笑顔で先生が問いかけてくる。なんでだろう。私にはとても恐ろしく思えてくる。

 途端、原因不明の震えが私を襲う。

「あら、どうしたの由紀さん。震えているけど、大丈夫?」

「先生、大丈夫です。気にしないで下さい」

 ……内心、全く大丈夫じゃないです。

「そう。それじゃあ始業式が終わったから、教室に移動するわね。緊張しないで、平常心で行きましょう」

「はい、がんばります!」

 冬奈は意気揚々と立ち上がる。

「……はい、がんばります」

 私はゾンビのように立ち上がる。

「本当に大丈夫?」

 先生は私の顔を覗き込む。先生、お願いですから私の顔をあまり見ないで下さい。

「大丈夫なので、行きましょう……」

 私はドアに向かって歩き始めた。その様子後方で見ていた冬奈が呟く。

「由紀、千鳥足になってる……」

 先生も「大丈夫かしら?」と呟いた。

 私は先生方の机や椅子に足を取られながらも、少しずつ前に進んでいった。


「はい、席について!」

 先生が教室に入り、ざわつくみんなを席に着かせる。みんなは素直に自分の席に座りはじめた。

 一通り席に着いたのを確認すると、先生は話を始める。

「みなさんにいいお知らせがあります」

 先生がそういうと、みんなはがやがやとしゃべり始める。

「先生、お知らせってなんですか?」

「先生、もしかして今日来てない青柳と綾瀬のことですか?」

「先生、それとも……転校生がいるって話ですか?」

 みんなが先生を質問攻めしている。その質問の大部分が転校生の話だった。

「そうです。転校生の話です。……それも二人!」

 先生がそう告げると、みんながさらに騒ぎ出す。

「先生! それって男子ですか? それとも女子ですか?」

「先生! 男子だったらイケメンですか? 女子だったら美少女ですか?」

「先生! 背は高めですか? それとも小さめですか?」

「先生! 女子だった場合、胸はどのくらいの大きさですか?」

 ……………………。

 みんな、そのパワーはどこから沸いて来るの。そのパワーをもっと別のところに使ったほうがいい気するんだけど……。

 そんなことを思っていると、先生がみんなを静かにさせて言った。

「それでは入ってきてください」

 いきなりかい!

 しょうがない。気を引き締めて行きましょうか。

 私は扉をゆっくり開き、そそくさと先生の隣に進んだ。冬奈も私の後に続く。

「おぉ!!」

 私たちが教室に入った瞬間、みんなが歓声を上げる。

 ……うぅ、恥ずかしい。

「それでは自己紹介をしてもらいます。由紀さん、がんばって」

 先生が私に囁く。緊張するけど、やるっきゃない!

「私、青柳由紀っていいます。気軽に由紀って呼んでください。これからよろしくお願いします」

 言い終わると、みんなが拍手をしてくれる。我ながら、なかなかの出来だったと思う。

「つぎに冬奈さん……ゴニョゴニョ……」

 先生が何かを冬奈に伝えている。なんだろう……。

「はじめまして。……わ、私は綾瀬冬奈です。これからよろしくお願いします」

 あぁ、なるほど。

 先生は、冬奈に男言葉の禁止と一人称を〝私〟にすることの二つをあの短時間で伝えたのか。どうりで冬奈が表情を一瞬強張らせたわけね。

 冬奈が言い終えた後も拍手が起こる。

「それじゃあ、二人の席はどこがいいかな……」

 先生が呟くと、みんな(主に男子)が一斉に活動を開始する。

「先生! 由紀さんはぜひ俺の隣に!」

「いや、由紀さんは俺の隣だ!」

「冬奈さん! 俺の隣にどうぞ!」

「冬奈さん! こっちに来てください!」

 私たち二人をめぐって争奪戦を繰り広げ始めた。

 ……みんな、下心丸見えだよ?

「静かに。それじゃあ、由紀さんは一番窓側の一番後ろね。冬奈さんは一番廊下側の前から二番目に座ってね」

 先生が指定した席は、女になる前の私と冬奈が使っていた席だった。

 私の席は女子の列だったけど、冬奈の席は男子の列。前後が男子なのでこれから大変そう。

 先生は私と冬奈が席に着いたのを確認すると、付け加えのように言う。

「忘れていましたが、この夏休み中に青柳君と綾瀬君は遠くの学校に転校してしまいました。二人と入れ違いでやってきたのが由紀さんと冬奈さんです。みなさん、仲良くしてあげてくださいね? ……それじゃあ、先生は職員室に戻るので静かに待っててください」

 それだけ言うと、先生は教室を出て行ってしまった。

 さて、ここから地獄の始まり。

「由紀さん、今どこに住んでるの?」

「前の中学校はどうだった?」

「何部に入る予定なの?」

「趣味って何?」

 このほかにもたくさんの質問が。

 どれから答えていいか困ってしまい、私はただ困ったように黙り込んでいた。冬奈はそれ以上の質問攻めに遭い、大変そう。

 これからの学校生活が大変そうね。毎日こんなんじゃ、体力が持たなそう……。


「はぁ、疲れたぁ……」

 私は机に突っ伏して呟いた。

「大丈夫ですか、青柳さん」

 そんな私の状況を見て、前の席の……保坂さん! 彼女が心配そうに話しかけてきた。

「うん、なんとか……」

 私はどうにか返事をする。あぁ、ここに枕があったら私、十秒で寝れそう。

「それにしても、青柳さんって髪の毛きれいですね。うらやましい」

 保坂さんが私の髪の毛を見て呟く。

「そうかなぁ……」

 私は保坂さんの指摘を受けた髪の毛を触る。指の間で髪の毛が踊りだす。

「青柳さん、どうすればそんな髪の毛になれるんですか?」

 そんな事いわれても困ります。

「う~ん……まあ、毎日欠かさず手入れをすればなれると思うよ」

 元男の私は詳しいことを知らないから、当たり前のことを答えた。

 すると、保坂さんは目を輝かせ、うんうんと頷いている。

「青柳さん、ありがとうございます!」

 彼女はそういうと微笑む。

 私も同じように微笑んだ。


「みなさん、廊下に整列してください」

 と、そこへ先生がやってきて唐突にそう言った。

 戻ってきて早々なんだろうと言うように、クラスがどよめき立つ。

「先生、何かあるんですか?」

 クラスのある男子が先生に尋ねると、先生はにこやかに言う。

「これから学年集会があります」

 それを聞いたクラスの男子達は露骨に嫌な顔をした。

「そんな顔しないで、早く並んでください」

 その反応をまるで予知していたかのように、先生は強引にみんなを廊下に整列させ始めた。

 でも、ここで私と冬奈にはひとつの問題が生じてしまう。

 私と冬奈は転校生として扱われている。そんな私たちは、整列の時に一体どこへ並べばいいのか分からない。

「青柳さんと綾瀬さん、こちらです」

 唐突に名前を呼ばれた。なんだろうと思って声のしたほうを見てみると、保坂さんが「こっちです」というように手招きをしていた。

 私は冬奈の手を取ると、彼女の元へ移動した。

「保坂さん、どうしたの?」

「こ、ここに並んでもいいのではないでしょうか……」

 なんだか恥ずかしそうにしている保坂さん。

「いいって、なにが?」

「整列場所、ここでいいですよ」

「あ……ありがとう」

 ようやく彼女の意図を理解した私は、彼女の好意に沿うことにした。

 お礼を言うと、さっと列に加わる。

 それとほぼ同時に先生が私たちを眺めて口を開いた。

「並び終わったかな? それじゃあ、列を崩さないようにして体育館に行ってください」

 先生はそう言ってまたどこかへと姿をくらませた。


 ところかわって体育館。

 私たちが到着したときには一組と三組が整列していた。なんとまあ、お早いこと。

 ぐずぐずしていると怒られてしまうので、私たちもすばやく並んだ。

 一クラス男女別で二列に並んだので、私の隣は保坂さん。もう片方は三組の男子だった。

 しかし、この三組の男子が問題。この男、学年で一、二を争うほどの変態さんです。

 早速、かの変態は私に目を光らせ始めた。

 ……。視線が怖いのですが。

 無事、何事も起きないで欲しいところです。


「えー、それではこれから学年集会を始めたいと思います。一同、礼」

 副担任の大槻先生の号令に合わせて、礼をする。すると早速、例の変態が小さく呟いた。

「抱かせてくれぇ……」

 キモッ! 何こいつ!

 私、早速ピンチです。

「一同着席」

 大槻先生が着席の号令を掛け、前から順に座っていく。

 私もそれに習って座った。すると、また隣で変態が呟く。

「……ちっ、パンツ見えねかったぜ。今日はついてねーなぁ」

 ……。先生、ここに変態がいます。即刻退場させてください。

 私は隣の変態に注意を払いながら、先生の話を聞く。でも、聖徳太子ではない私はそんなことなど出来るはずがなく、先生の話は全く頭に入ってはこなかった。

 だからといって、先生の話に集中してしまってはいけない。放っておくと、きっと間違いが起きてしまうから。

「……みなさん、充実した二学期にしましょう。先生からは以上です」

 あっ、学年主任の大平先生の話が終わった。

 もちろん、何を言っていたのかは分かりかねますが。

「それでは、次に宮野先生。お願いします」

 大槻先生が悪魔に声を掛ける。そうして、悪魔がみんなの前にやってきて、礼。みんなもそれに習って、礼。

 目立つのはあまり好きではないから、私も仕方なく礼をする。

「皆さん、夏休みは楽しかったですか? 私は……」

 先生の話を途中まで聞いていたけど、隣の変態がまた行動を開始したみたいなので、私もそっちに気をそらす。

 まったく……なんなの、こいつ。

 そんなことを思っていると、変態は急に立ち上がる。みんなの視線が一斉に変態に集まった。

 何をする気でしょうか?

「先生、トイレ行ってきても良いですか?」

 ……。バカですか? 少しぐらい我慢できるでしょう。場の空気を読めないんでしょうか。

 すると、大平先生が言った。

「早く言って来い」

 先生、本当にいいんですか?

「ありがとうございます」

 変態は感謝の言葉を言った。そして、行動開始。

 でも、歩き出した瞬間変態の左足が私の足にぶつかる。

「痛っ」

「おう、すまねえ」

「うん、いいよ」

 少々痛かったけど、事故なのでしょうがない。

 ……本当に事故だよね? わざとだったら許さないけど。

「それでは、宮城先生は出張だから……北原先生、お願いします」

 どうやら三組担任の宮城先生はどこかへ出張らしい。なので、四組担任の北原先生に順番が回ってきた。

 北原先生は学校一のお爺ちゃん先生で、現在七十五歳。市の教育委員会から直接お願いされて、還暦を過ぎた今でも第一線でがんばっているすごい人。

「……えー、諸君。夏休みは楽しんだかの? 小生は多忙な日々を過ごしたが……」

 あぁ、なんだか眠くなってきた。

 北原先生の話を聞いているといつも眠くなっちゃう。

 ここはひとつ、保坂さんとおしゃべりでもしようかなぁ。

「ねえ、保坂さん……」

 そう呟き、保坂さんの方を向く私。そして、ビックリした。

「……すぅ」

 安らかな保坂さんの寝顔と寝息。

 保坂さん、いつの間に寝たの?

「……小生の話はこれで終わりじゃ。諸君。二学期もがんばるのじゃぞ」

 あれ、今日は北原先生話し終えるの早かったなぁ。

 いつもなら三十分ぐらい話し続けるのに。なにかあったのかな。

「次に神野先生、お願いします」

 あ、神野先生だ。

 彼女は学年副担任で、私たちに英語を教えてくれている。

 おっとりとしていて、いつもマイペースだけど、かなり人気がある。

「みなさん、体調は優れていますか? 夏休みボケは治りましたか?」

 神野先生の話はいつも相手の気遣いから始まる。

 そんなに気になるのかなぁ。

 そんなことを考えていると、変態が戻ってきた。

 変態はすばやく自分の場所に戻ると、静かにその場に座った。

 なんだ、空気読めるじゃないか。

 私の変態に対する見方が少し変わった。

 でも、やっぱり変態は変態。

 横目でスカートの中を見ようとしている。そんなことしていると、さっきの行いが台無しになるよ?

「……以上で終わります。みなさん、二学期もがんばってください」

 神野先生の話も短時間で終わった。

 あの人の話しはいつも短時間で終わってしまう。

 いつだったか、彼女は言っていた。「私、長時間話せないんです」と。

 でも、私はそれは彼女の美点だと思う。

 さて、先生方全員話し終えたから、保坂さんを起こさないと。

「保坂さん、終わったよ」

 私は小声で呟く。彼女は少し目を開けた。

「ふぁ? 終わったの?」

 半信半疑で目をこすりながら私にたずねる保坂さん。

「うん、さっき終わったよ」

 笑顔で私は呟く。

「そう。ありがとうございます、青柳さん」

 保坂さんは笑顔で呟く。

 あぁ、なんかいい事した気分。

「それじゃあ、一同、起立」

 大槻先生の号令に合わせてみんな立ち上がった。

「一組から静かに退場してください。〝静かに〟ですよ?」

 そんなに二回言わなくてもいい気がしますが……。

 その後、私たちは一組の後に続き、静かに教室へと戻ってきた。

 私は自分の席にすばやく座ると、その直後にひどい疲労が襲ってくる。

「つかれたぁ……」

 私は呟き、机に突っ伏した。

 正直なところ、普通の学年集会だったらここまで疲れることはない。

 ただ、隣に学年一、二を争う変態がいたから、神経が張り詰めてしまっていつもの三倍くらい疲れてしまった。

 あの変態め……。

 すると、保坂さんが椅子を横にして私に話しかけてきた。

「どうしたんですか、青柳さん。とても疲れているように見えるのですが……」

「うん。さっきの学年集会で隣の男子がいやらしい目でこっちを見ていたの。それで、神経が張り詰めちゃって……」

「そうだったんですか……。青柳さん、かわいそうです」

 保坂さんはそう言って哀れな子羊を見るような目で私を見つめてくる。

 ……お願い、保坂さん。そんな目で私を見ないで下さい。


十八話目です。


※三月十三日-誤字を改めました。

※2011年7月3日…「始業式の日-その1~4」をくっつけて加筆、編集し、サブタイトルを変更しました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

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