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ある日の朝

 “タッタッタッ……”


 まだ太陽が完全に昇りきっていない朝の住宅街。

 しっとりと湿った空気が立ちこめていて、夏だというのに若干肌寒い。


 “タッタッタッ……”


 でも、運動するならこのくらいがちょうどいい。

 空気の壁を突き抜けていく爽快感。私の身体を優しく受け止めてくれる。

 今何時かなんて気にしない。気にしたくない。

 できるなら、このままずっとこうしていたい。そんな気がした。


 “タッタッタッ……”


 静寂の中を走り続けて、どのくらい経ったのかな。

 静か過ぎて、まるで時が止まっているように思えてくる。

 このセカイで動いているのは私だけ。

 私一人のためだけのステージ。

 フィナーレを目指して、走ってゆく。

 束ねた後ろ髪が優しく揺れた。



「ふぅ。スッキリした」

 いい汗をいたと心の底から思う。走るのが余り好きではない私をここまで楽しませてくれた。

朝はやっぱり平等に優しい。

「ありがとう」

 空を仰いで呟く。

 ふと、あの青い海で誰かが「どういたしまして」と言った気がした。


「ただいまぁ……」

 やっぱり家の中は寝静まっていた。

 なるべく音を立てないように気をつけながら、玄関の扉をしめる。

 “カチャリ”という音を聞き、防犯のために施錠。

 うん。これでよし。

 お気に入りのスニーカーを組にして、隅のほうに寄せる。そこから一段高いところへと足を伸ばす。

 その間、微かに音を立ててしまったけど、大丈夫だよね。


 “みしっ”


「っ!?」

 突然静寂を破った音。私の小さな心臓が跳ね上がる。

 でも、その後何も起こらず。誰か起きちゃったのかと思った……。

 ……。汗、たくさん掻いたから、シャワーでも浴びちゃおうかな。

 タオルと着替えを部屋に取りに行くため、私は忍者みたいに足音を忍ばせて階段を一段ずつ上り始めた。


「ふぅ……」

 只今私は浴室にてシャワーを浴びている。

 汗ばんだ皮膚を流れていく温水。べたべたという嫌な嫌悪を綺麗にしてくれた。

 ついでにということで、私はシャンプーを取り出す。

 先日まで使うことのなかった、髪の毛のダメージをケアする成分入りのそれ。

 あの日、先生に言われた事を少しでも実行していると照明するため、昨晩、姉さんに使用許可を貰いに部屋を訪れた。

 すると、姉さんはいとも簡単に許可を出したので、私は面食らってしまった。

「それにしても、いい匂い……」

 髪の毛を包む泡からは、なんと言うか、気持ちを落ち着かせてくれる。そんなお花の香りがする。

 そして、私の痛んだ髪の毛を手当てしてくれているように感じた。

 シャンプーってすごいんだなぁと、改めて再認識。

 仕上げのリンスを馴染ませるようにして、頭部からさようなら。

 お次は身体を洗うことに。

 もうここまできたら、夜のお風呂に入らなくてもいいかなぁなんて思ってしまう。

 でも、それは絶対に出来ない。なんせ、姉さんが怒るから。

「女の子なんだからダメでしょ!」なんて言われるに決まってるからね。

 素早く、かつ適度な力で汚れを落としていく。

 温水で泡を流すと、脱皮した蛇の気持ちが分かった気がした。


 浴室から脱衣所に移り、濡れた身体をタオルで拭いてゆく。

 すると、扉の向こう側でガタリと音がした。

 ビクッと身体が反応したけど、気の抜けた欠伸あくびが聞こえてきて、姉さんが起きてきたのだと分かった。

「おはよう、姉さん」

 扉を隔て、私が向こう側に声を投げかける。すると、姉さんは「何奴!」と、まるで時代劇に出てきそうな台詞を放つ。

 ……何奴と言われましても、、、

「姉さん、私だよ?」

「私じゃ分からないわ」

「もう。由紀だよ」

「由紀? こんな早い時間にどうしたの?」

「ちょっとランニングに行ってきたの」

「そうなんだ……。ごめんね。私、最初不審者かと思っちゃって……」

 向こうから「たはは」なんて抜けた笑い声が。

 もう。こんな時間にうろつく不審者なんて相当いないのに。

「ふぁあ……」

 そこへ、酷い寝癖をつけた比良が起きてくる。

 頭のてっぺんに、一本だけ重力に逆らった毛が立っていた。

「比良、おはよう」

「比良ちゃん、おはよう」

 私と姉さんが揃って言うと、ゆっくりこちらに顔を向け、「おはようございます」とさも眠たそうに言った。

 まだちゃんと起きていないみたい。

「由紀さん、どうして髪の毛が濡れているのでしょうか……」

 とろんとした瞳で私の髪の毛を凝視する比良。あぁ、乾かすのを忘れてた。

「ちょっと走ってきたの。それで汗をか掻いたから、シャワーを浴びたのよ」

「それでですか。ちゃんと乾かさないとだめですよ?」

「うん。わかった」

「それでは、私はこれで」

 ふぁあとまた欠伸をしながら、比良はリビングへと姿を消した。

「さて、私も食事の準備をしないとね」

 姉さんはそう呟くと、比良の後を追ってリビングへ。

 私もこうしてはいられない。早く髪の毛を乾かして、朝食の準備をしないと。

 ドライヤーを取り出し、ふと気がつく。脱衣所の扉が開けっ放しになっていた。

「もう、ちゃんと閉めないとだめじゃない」

 溜息を吐きながらも、すっと扉を閉めた。


 こうして、青柳家の『今日』がはじまる……


十七話目です。


※2011年7月2日…元の文章を軸に、新しく書き直しました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

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