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新たな住人

 いろいろあったけど、部活は無事終了。

 ただ、部活開始時元気だった河野部長は、俺に抜かれたことのショックからか、“ずーん”という効果音が良く似合うほど落ち込んでいる様子。

 今、彼の頭上にだけ雨雲が漂い、悲しみの雨を降らせている。

「俺は青柳に一生勝つことなんか出来ないんだぁ!!」

 突然そんな事を叫ぶと、脱兎の如く帰ってしまったのだ。

 残されたみんなは沈黙。

 でも、副部長の声により元通り。そのまま解散となった。


 ……そんなわけで、俺は綾瀬と共に帰宅中。

 朝、心地よいほど晴れていた天気はどんよりとして、今にも雨が降りだしそうな状況。そのため、俺と冬奈は小走りで道を行く。

 でも、練習後の身体は素直だ。

 (つ、疲れた……)

 体中に広がる倦怠けんたい感。視線を隣に巡らせると、やはり辛そうな冬奈の姿があった。

「なあ冬奈、疲れないか?」

 隣を行く冬奈に問いかけると、彼女は辛そうに顔を歪めたまま、言った。

「由紀、お前は雨に濡れて帰りたいのか?」

「それはいやだ」

「それじゃあ、我慢するしかないよ。俺だってきついんだから……」

 そんな調子で小走りを続けること約5分。ようやく家に到着。

 冬奈と玄関先で別れ、玄関の鍵を開けて中に入った。

「ただいまー!」

 疲れを吹き飛ばすかのように大きな声で言った。すると、「おかえりなさい」という返事が返ってくる。

 ……あれ、おかしいな。この時間家には誰もいないはずなんだが。

 仕方がない。もう一回だ。

「ただいま!」

「おかえりなさ~い」

「!」

 再度聞こえてきた声に俺はたじろく。

 嘘だろ!? こんな真昼間から幽霊なんで出るはずがない!

 信じたくない。でも、現実に謎の声が聞こえているのは確か。

 体中が震えだす。恐怖が次第に頭角を現し始めた。

 しかし、このままではいけないと思って、勇気を振り絞って台所へと向かう。

「ジャー……」

「!!」

 台所へとつながる扉に手をかけた瞬間、水の流れる音がした。

 俺は恐怖のあまりその場に座り込み、両手で耳をふさぐ。

 瞳が潤ってきているのが分かった。

 するとそのとき、目の前の扉が音を立てて開く。

 俺の目には細身の膝下が見えた。“あれ?”と頭に疑問符を浮かべていると、上から言葉が降ってくる。

「大丈夫ですか、裕樹さん。私、なにか悪いことしましたか?」

 その声を頼りに上を向く。そこには、見たこともない少女が立っていた…。


「えーと、何? 何なのあんた。なんで俺んちにいんだよ!」

 場所は変わって青柳家の台所。床に置かれた二枚の座布団の上に俺と見知らぬ少女が座っていた。

「まあまあそう言わずに。裕樹さん、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるかっ!」

 見知らぬ少女は落ち着きのない俺をみて小さく笑う。そして俺をなだめるように話し始めた。

「裕樹さん。信じられないかもしれないですが、しっかり聞いてください。私はあなたの頭の中で生まれました。つまり、裕樹さん自身が作り出したのです。そして、裕樹さんを女の子にしたの、実は私なんですよね……」

「はぁ!?」

 突然のカミングアウトに、口があんぐり開いてしまった。

 なおも少女は続ける。

「実は、裕樹さんが女の子だったら可愛いかな……なんて思って頑張ってみたのですが、本当に可愛らしくなってよかったです」

 「きゃー!」なんて黄色い声を上げられても困るんだが。

 それにしても……

「要するに、俺はあんたの自己満足のために犠牲になったって言うわけか?」

「要約するとそういうことになりますね」

 けろっと答える少女。その途端、俺の中で何かがはじけた。

「そんな些細なことで俺を女にするんじゃねぇ!」

 俺は座っていた座布団をぶんぶんと振り回す。

「危ないですよ! 落ち着いてください!」

「ウガァー!!」

「裕樹さん、それ以上は危険です! 落ち着いてください!」


 ―しばらくお待ち下さいー


「すこし落ち着きましたか?」

「ああ、なんとか……」

 俺は何とか落ち着きを取り戻すことが出来た。

 部活の疲れにさっきの暴走が上乗せされ、俺は座布団にやっとの思いで座っている。

「ところで、自己紹介を忘れてましたね。……あっ、私、名前はないんでした」

「……なんで?」

「私は裕樹さんの〝想像〟によって生まれたと言いましたよね。裕樹さんは私を頭の中で思い浮かべたとき、『そうだ、名前は何々にしよう』なんて思わなかったでしょう? そのとき名前を思い浮かべていれば、私に名前が付いていたんです」

 それを聞いていると、なんだか申し訳なくなってくる。

「……あの、ごめん」

「いえ、いいんですよ」

 格別彼女は気にしていないようだった。それと同時に、あの時の出来事を思い出し始めていた。

 実は数ヶ月前、自分の部屋で理想の女の子を頭の中で思い浮かべていたときがあった。

 名前を決めようとしたとき、姉さんが部屋に入ってきた。突然だったから、吃驚して名前を決める前に想像するのを終わらせたんだったな。

「……それじゃあ、今から名前、決めるか」

 このまま名前を持たないでいるのはかわいそうなので、早速彼女の名前を決めることにする。

「お願いします」

 真剣な眼差しで、少女ははっきりと言った。

「名字はどうする?」

「裕樹さんと同じく『青柳』で良いんじゃないですか?」

「……。まあ、いいか」

「次は名前です」

「だー、騒ぐな。気が散る。……そうだ! 『比良』ってのはどうだ?」

「『比良』……ですか?」

「そう、『比良』」

「『比良』……いいですね。決まりです」

「よし、じゃあお前は今日から『青柳比良』だ。よろしくな」

「よろしくお願いします。裕樹さん」

 こうして、青柳家の住人が一人増えたのだった。


 ……そういえば、ひとつ重要なことを忘れているのに気がつく。

「ところで、俺を男に戻してくれないか? もう十分満足しただろ?」

「そ、そうですね。あははは……」

 この展開、まさか……

「まさかだとは思うけど、女にする方法は知ってるけど、男に戻す方法が分からないパターンか?」

「うっ……」

「図星かよ! 誰か俺を男に戻してくれ!」

「すいません。私がなんとかしますから」

「本当か……?」

 先程の涙がまた瞳に溜まり始めている。俺はその目で比良を見やる。

「はい、任せてください!」

 そう言って、彼女はどこかへと消えた。

 果たして、俺は男に戻ることが出来るのだろうか。

 比良はなんとかしてくれるといっていたが、先行きが不安だ……。


十四話目です。


※2011年6月25日…「何者?」と「最悪のパターン」をくっつけて内容を編集。加筆し、サブタイを変更しました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

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