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練習、そしてタイム測定

「おぉっ!」

「青柳と綾瀬、めっちゃ華奢だな! 俺、付き合いてぇ」

「俺、もう倒れそう……」

 えー……只今、俺と冬奈がいるのはプールサイド。

 そして、女子の集団とは少し距離を置いている。

 何故かって? ……そりゃあ、元男子として集団に入り辛いからだよ。

 かと言って、男子の集団に加わるつもりも無い。

 何故かって? そりゃあ、あってはならないことが起こるのを避けるため。

 今あの集団に飛び込んでいったら、どんな運命が待っているのやら……。

 と、目の前の現実に愕然としていると、聞きなれたかの人の声が響いた。

「みんなそろったよな? よし、それじゃあ今日のメニューを配るから、男女の代表者は俺のところに取りに来ること!」

 河野部長が二枚の紙をひらひらとさせている。

 それを取りに行く為に、男女の集団は嫌々合戦を繰り広げていた。

 でも、行かなければいけないのが定め。

 結局、「誰が行く?」って最初に言い出したヤツが取りに行くこととなっていた。

 男女それぞれメニューが違うので、部長は男子には男子用、女子には女子用のメニューを渡した。

 受け取った二人は早速視線を移し……すごい嫌な顔をした。

 さっと戻ってくると、メニューを集団に渡して輪から距離を置いた。

 一方、集団はメニューを受け取り、ほとんど全員が渋い表情を浮かべる。

 それほどキツイ内容なのだろうか。俺は気になって仕方がなく、勇気を出して女子の方の集団に声を掛けた。

「あの……、メニュー見せてもらってもいいですか?」

 すると、集団の中でも端の方にいた女子が「どうぞ」といってメニューを見せてくれた。

「ありがとうございます!」

 お礼を述べ、差し出されたメニューを見つめた。

 ……うん、キツイね。


 ―本日のメニュー(女子用)―

 ・アップ…50m6本(種目は何でもいい)

 ・キック…100m16本(バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロールの順に4本ずつ)

 ・プル…100m16本(クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライの順に4本ずつ)

 ・スイム…100m16本(バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロールの順に4本ずつ)

 ―5分間休憩―

 ・タイム測定…200m個人メドレー2本、自分の得意な種目100m、200m共に2本ずつ

 ・ダウン…50m8本(種目は何でもいい)

 トータル:6500m


 (だいたい、何で6500mも泳ぐんだよ! 俺、途中で動けなくなるよ!)

 心の中で愚痴をこぼしていると、河野部長が思い出したように言った。

「そうだった。青柳と綾瀬の二人は今日から女子のほうで練習な。久坂、頼んだぞ」

 そんな事を俺たちに言うと、いつの間にか彼の隣に立っていたスタイルのいい久坂副部長に詳細を伝えている。

 やり取りが終わったのか、二人は互いに頷きあう。

 そして、二人一緒にこちらを向くと、部長から諸連絡があり、いつものアレに移る。

「それじゃあ、整列!」

 ウチの水泳部では、練習を始める前には「お願いします」。練習が終わった後は「ありがとうございました」とプールに向かって言わなければならない決まりがある。

 入部当初、当時の部長から「しっかりやらなければ、顧問の先生が鬼になる」と言われていたので、誰 も適当に済まそうとする人はいなかった。

 そんなわけで、プールサイドに整列。

「お願いします!」

 河野部長が大きな声で言った。

「お願いします!」

 みんな彼の後に続いて言った。

 こうして、キツイ部活が始まった。



「はぁ、はぁ……」

 俺はプールサイドにへばっていた。

 他のみんなも俺と同じような状態でプールサイドに座っていた。

 今はメニューの中に書いてある五分間の休憩。

 辺りにはどんよりとした空気が横たわっていて、呼吸が苦しい。

 ふと、俺は水着の上から自身の胸元に小さな右手を添えた。

 “トクトクトク……”

 すごい速さで脈打っていた。ここまでになったのはいつ以来だろうか。

 今年はこんなになったことなどなかったはずだ。

 (女の子になったから、疲れ方も違うのか……?)

 そんなことを思っていると、宮城先生がストップウォッチ片手に颯爽と現れた。

 みんなの視線が一挙に先生の下へ集まった。

 先生は軽く咳き込むと、その視線を受けながら言った。

「今からタイム測定すんぞ。誰か一番初めに測りたいって奴いるか?」

 先生、みんなこんな状況ですし、誰もいないと思いま「はい!」……。

 前言撤回。いたよ、無謀なチャレンジャー。

「お、星野、やってみるか? んじゃ、準備しろ」

「うっす!」

 そう言って立ち上がったのは、細身でありながら、必要なところに必要な分だけ筋肉を纏っている星野君。

 見る限り、疲れを微塵も感じさせない。

 一体、どんな肺活量を持っているんだろうか、不思議でたまらない。

「準備できました」

 星野君はあっという間に支度を整えて、スタート台で臨戦態勢に入っている。

 先生はそれに応じ、号令を掛けた。

「よし、いくぞ。スタート!」

 星野君が勢いよく飛び込んだ。余裕そうだったけど、どうなるか分からないからな……。

 本当に泳ぎきれるのかな。



 2分40秒後……

 〝ドンッ!〟

「おっ!」

「先生、どうっすか!?」

「星野、2分39秒57だ。ベスト」

「っしゃあー!!」

 うん、すごいね。あれだけきつい練習の直後だというのにベストタイムを出すなんて……。

 星野君、君は一体どんな肺を持っているんだい?

 半ば呆れて様子を伺っていると、宮城先生はぐったりメンバーを見渡し、次のタイム測定者の名前を呼んだ。

「青柳。準備しろ」

「えっ……あ、ハイ」

 突然の呼び出しにビックリしながらも、返事をした。

 まだ心臓バクバクなのに……。

 でも、先延ばしできる雰囲気ではなかったため、仕方なくキャップとゴーグルを手に取った。

 それを装着し、スタート台の上で支度を全て終えると、俺は言った。

「準備できました」

 宮城先生はかるく頷き、号令を掛けた。

「よし、いくぞ。スタート!」

 俺は星野よりも勢いよく宙に飛び出した。

 着入水。

 まずはバタフライ。

 ……あれ、何でだろう。疲れているはずなのに、なんだか体がとても軽い。

 バタフライから背泳ぎに移る。

 まるで、水と一体になっている気分。

 背泳ぎから平泳ぎ。

 今度は自分が蛙になったかのようだった。

 平泳ぎからクロール。

 すいすいと進んで行く。後ろから誰かに押されてるような感じがする。

 そして、あっという間にゴール。

 壁に手が触れた瞬間に襲ってきた疲れに、俺は一人ではプールから上がれなくなってしまった。

「ははっ、ははは……」

 そんな自分がおかしくて、口の間から笑いが漏れる。

 でも、代わりとしてよい知らせが舞い込んできた。

 宮城先生がストップウォッチを凝視し、俺の方に視線を移す。

 真剣な顔つき。きっとなにかがある。

 俺は疲れ果てながらも、精一杯の真摯しんしな態度で先生の言葉を待った。

 そして、その時がやって来た。

「青柳、2分27秒95だ。お前、これなら全国優勝できるかも知れないぞ?」

「えっ」

 最初、俺は信じられなかった。なんせ、男の子のときに出したベストタイムを5秒以上縮めてしまったから。

 女の子になって泳力も付いたのか?

 嬉しさ半分、やるせなさ半分。

「由紀、すごいじゃん! 河野先輩を抜かして部内トップだよ!」

 いつの間に復活したのか、綾瀬が俺の近くへとやってきてはしゃいでいる。

 ちなみに、河野部長のベストタイムは2分29秒13だったりする。

「俺は青柳に勝てない。俺は屑だ。ゴミだ……」

 河野部長、落ち込まないで下さい。

 そんな様子を見ていると、なんだか申し訳ないことをしてしまった感じがする。

 しかし、宮城先生は河野部長のことは蚊帳の外といった具合で、俺をプールサイドに引き上げて、にっこりと笑いながら言った。

「青柳のこれからの成長が楽しみだ。んじゃ、次行くぞ」

 それから、タイム測定は順調に行われたのだった。


十三話目です。


※2010年3月16日…文章表記を一部変更しました。

※2011年6月4日…本文を大幅に加筆、編集しました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

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