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女子更衣室での出来事

 誰か、助けてください。

 俺と冬奈は今、女子更衣室にいます。そして周りでは、女子達が水着に着替えています。

 ちょっと俺には刺激が強すぎるぞ。

 冬奈はさっきからずっと鼻を押さえてうずくまっている。

 まさか、鼻血ではなかろうな? 指の間から滴るのは、トマトジュースだよな?

 そんな事を思っていると、着替えを終えた神奈川さんがこちらに歩み寄ってきた。

「あれ、青柳君と綾瀬君は着替えないの?」

「うわっ!」

 いきなりだったので、俺は驚いてその場から飛び退いた。

 神奈川さんは顔に微笑を湛え、口を真一文字に結んでこちらを見ている。

 よく見れば、もう既に彼女は水着に着替え終えていた。なんとお早いこと。

「それは……」

 言葉を濁し、視線が宙を泳ぐ。

 どうしたら良いのか全く見当がつかなくて、俺は俯く。

 すると彼女は何かを察したのか、穏やかな声色で言った。

「大丈夫よ。青柳君は今、女の子なんだから。……早く着替えないと、先生に怒られるよ?」

 宥めるような物言いに俺は折れ、ようやく着替えることとなった。

「……じゃあ、じろじろ見ないで……ね?」

「なに言ってるのよ。人の着替えをじろじろ見るような変態さんは居ないよ?」

 だが、ここに一人変態がいるのだから仕方ない。顔を上気させ、鼻息を荒くする一人の少女がいるのだから。

 人差し指をピンと伸ばし、その少女へと突きつけた。

「じゃあ、こいつをどこかに連れていってくれ。こいつは人の着替えを見て興奮する変態さんなんだ」

 さすがに黙っちゃいない綾瀬は、その言葉を即座に否定して文句を並べる。

「俺は変態じゃないぞ! いたって健康な青少年だぞ!」

「お前は今女だろ!」

「中身は男だよ!」

 ぎゃあぎゃあ言い争っていると、いつの間にか神奈川さんが冬奈の後方に移動していた。そして彼女は冬奈の腕をがっしりと掴み、感情の全く籠もっていない声で言った。

「そう、じゃあ綾瀬君。そっちで着替えましょうか」

 その声に恐れをなしたのか、冬奈はぶるっと震えた。

「いやいや、大丈夫だから。俺は見学するから……」

「じゃあ、そのバックには何が入っているの?」

「うっ」

「綾瀬君、行こうか」

「いやぁあだぁあぁぁ……」

 目尻に涙を溜めて、冬奈は神奈川さんに反対側に連れていかれましたとさ。

 反対側から、啜り泣きが聞こえてくる。

 あぁ、かわいそうに……。

 そんな事を思っていると、反対側からは「ギャー!」と冬奈のものと思われる叫び声が聞こえてきた。

 きっと冬奈が神奈川さんの手によって無理やり着替えさせられているのだろう。

 悲痛な叫びを聞きながら、俺はバックから長めのタオルを取り出し、それをすっぽり被った。

 そして、着ていた物を順々に脱いでゆく。

 長袖ジャージに半袖。下着……と、すべて脱ぎ終わるとまたバックを漁る。

 さっと中から競泳用の水着を取り出し、素早く着た。

 既に一回試着していたので、難なく着ることが出来た。

 着替えが終わり、タオルを脱ごうとすると、右肩にひんやりとした手が置かれる。

 ビクッと身体が反応し、頭から血の気がうせるように感じた。

 ゆっくり振り返ってみると、そこには青生地に赤線が引かれた競泳用水着を身に纏った冬奈の姿が。

「よう、由紀。俺はついに着てしまったのだよ。これは綾瀬家末代までの、唯一の汚点だね……」

 がっくり肩を落とし、冬奈はとても長い溜息を吐いた。相当落ち込んでいるらしく、その声は普段の彼女からは想像できないほどに沈みこんでいる。

 と、遅れて表れた神奈川さんが冬奈を上から下までじっくりと眺めた後、とどめの一言を放った。

「綾瀬君って、体細いのね」

 その瞬間、場の空気が急激に冷めた。

「ほ、ほっといてくれよ!」

 可愛らしい声を荒げると、冬奈はそっぽを向いて嗚咽を始めた。

「泣き始めちゃったわね」

「そ、そうだな」

 さすがにやりすぎたと思ったのか、神奈川さんは反省するように肩をすぼませた。


「ところで、青柳君はいつまでその格好でいるつもり?」

 唐突に聞かれ、動反応していいのか分からない俺。視線を泳がせて、神奈川さんの動向を伺う。

「これからプールサイドに向かうけど、その格好じゃ泳げないわよね?」

「あっ!」

 ごもっとも。この格好ではプールサイドに行くことは出来ない。

 仕方ないか。

 俺は身に纏ったバスタオルをするりと脱いだ。

「おぉ!」

 その途端に挙がる黄色い声。

「あ、あんまりまじまじと見ないでくれ……」

 物凄く恥ずかしい。そのためか、顔がとても熱く感じる。

「青柳君、とても似合ってるわよ」

「い、言わないでくれ!」

 なんだか綾瀬の気持ちが分かった気がした。


「それじゃあ、プールサイドに向かうわよ」

「……げっ」

 そうだった。

 着替えのことですっかり忘れていた。

プールサイドには欲に飢えた男子バカどもがいることを……。


十二話目です。


※2011年5月29日…本文を加筆、編集しました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

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