緊急ミーティング
続々とやってくる水泳部のみんな。
いつの間にか、部室は部員で溢れ返っていた。
「なあ、冬奈」
「なんだ、由紀?」
「俺達、見られてないか?」
「あ、ああ……」
これは勘違いなどではない。
実際、男子部員のほとんどが、イヤらしい笑みを浮かべてこちらを見ている。
本当に気味が悪い。
よくよく見てみれば、鼻血を出している奴までいる。
その反面、女子部員達は「ねえ、あの子たちって誰なの?」と議論の真っ只中。
ここにいるのがとても大変で、気持ちだけが沈んでいく。
“みんな、出来れば見ないでくれ……”
着てきたジャージに顔を埋めて、周囲の視線から逃れていた。
部員全員が揃い始めた頃、宮城先生が椅子から静かに立ち上がると、みんなの正面にやって来て口を開いた。
「静かにしろ。……突然だが、これから緊急のミーティングを行う」
先生の発言は、みんなからのブーイングを受けた。
「いいから黙っとけ!」
ざわざわとした室内に響く怒声。
途端に静まり返る一同。
“やっぱり、先生はすごいな”
俺は思わず感心してしまった。
先生も静かになった室内を見渡し、何度か頷いていた。
「最初っから静かにしてろっての。後は河野に任せるから、ちゃんと聞いてんだぞ?」
先生は部長を一瞥して、さっさと自分の席に座ってしまった。
「はい~」
のんびりと場違いな返事をして立ち上がる河野部長。
みんなの前に進み出て、キリッと表情を引き締める。
その雰囲気の変化に、一同からは失笑が漏れる。
でも、部長はそんなことお構いなし。
「それでは、緊急ミーティングを開始したいと思います」
威厳があるようで、どこか優しげな声で始まったミーティング。
“きっと、すぐ終わる”
そんな思いを抱き、体育座りでいると、早速その時はやって来た。
「まず、後ろの二人は前に出てきてください」
河野部長が俺達を見て言った。
来たか。本当にすぐ終わりそうだ。
「はい」
俺たちは短く返事をして立ち上がった。
みんなの視線が一点に集まる。
それは全て、俺と冬奈に注がれていた。
“ちょっと、そんなに見ないで欲しいんだけどな……”
女の子のように、両手を胸の前でギュッと握り合わせ、足早にみんなの前に進み出た。
俯いているためか、前髪が顔に掛かってくれて気が紛れそうだ。
少し遅れて隣に来た冬奈も、俺と同じく俯き加減。
河野部長は、俺達を一瞥してから宮城先生に向けて口を開いた。
「宮城先生、この二人の紹介をお願いします」
「おう」
重い腰を上げる様に、ゆっくりと立ち上がった先生がみんなの正面に再来する。
一つ大きく深呼吸をして、話し始めた。
「みんなは信じられないと思うが、この二人は青柳と綾瀬だ。」
いきなりのカミングアウトに、みんなはお口をぽっかり。
「俺も最初は信じられなかったが、どうやら朝起きたらこの通りだったらしい」
先生、ごもっともです。
尚も先生は続けた。
「気持ち悪いとか言って近寄らなかったり、隔離することの無いようにな? 俺からは以上だ」
話を半ば強引に閉め、先生は俺達二人に戻ってよしという御触れ(?)をだした。
そそくさと、俺と冬奈はもと居た場所に戻った。
よいしょと床に座った瞬間、それまで静かだった部屋がどよめきたつ。
「あ、あんなかわいいのが青柳!? 面影ほとんどないじゃん!」
「あぁ、俺は青柳に恋してしまった。あいつは女だから、問題は無いよな?」
「青柳も良いけど、俺は綾瀬がタイプだな。俺のハートはあいつによって打ち抜かれちまった……」
……ここから先は割愛させていただきます。長くなるので…ね?
「静かに!」
河野部長が大声を出すと、それまでのざわつきが嘘の様な静寂に包まれた。
それを確認するかのように、話し始めた。
「いいかい? 彼等に迷惑を掛けないように十分注意すること。……先生、他に何かありますか?」
もう椅子に座ってしまった先生へと、部長が確認を取る様に言うと、先生は忘れていたとばかりに「ひとつ良いか?」と言った。
「青柳と綾瀬、もう一回前に来い」
「あ、はい」
突然の呼び出しにどぎまぎしながらも、先生の下へと向かう。
すると、先生が少し大きめのダンボールを机の下から取り出した。
よくまあその机の下に入ったこと。
「おまえら、サイズはいくつだ?」
いきなり先生が俺達二人に問いかけてきた。
でも、自分のサイズが分からないので、答えることが出来ない。
それを察したのか、先生は「男の時に着ていたサイズはなんだ?」と訊ねてきた。
「Lサイズです」
「同じく」
先に冬奈が言い、俺が続けた。
先生は軽く顎を擦ると、サイズ表示がMとなっているものを渡してくれた。
「ほらよ。少し大きいかもしれないが、勘弁してくれな」
先生が渡してくれたもの、それは潮凪中水泳部のウィンドブレーカーだった。
背中に”潮凪中水泳部”と楷書でカッコ良くプリントされているので、部内でも評判がいい一品。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、先生は「戻って良いぞ」と言ってくれた。
またもと来た道を戻り、床に座った。途端、先生が声高に宣した。
「これで緊急のミーティングは終わりだ。十分後に着替えてプールサイドに集合な。解散!」
「はい!」
これにて、緊急ミーティングは終わり。
着替える為に更衣室へ向かおうとすると、男子(主に同級生)が大勢俺達のところにやって来た。
「どうして女になったんだ?」
「おまえ、ホントに青柳と綾瀬か?」
「俺と付き合ってくれ!」
……。凄くうるさい。
冬奈に至っては、耳を押さえて「我、関せず」状態。
本当にしつこい、こいつら。
さっきの部長の話、聞いてなかったんだな。
一応答えといてやるか。後でまた聞かれるの嫌だしな。
「あー分かった。答えるから。まず、朝起きたらこうなってた。次は本当に俺と綾瀬。最後は…論外」
一気に質問に対する答えを述べれば、「なるほど」と頷く男子や「何でだぁ!」と嘆く男子もいた。
しかし、それぞれ納得した様子で俺達から離れていった。
終わりかと思っていると、今度はその後ろにいた男子集団からの質問攻めがやって来た。
しかも、その質問全てが下ネタ系統。
おまえら、アホか。
半ば呆れていると、男子達の後方で声が上がった。
「青柳君と綾瀬君がかわいそうでしょう。もうやめなよ」
男子が全員そちらを見やる。俺も背伸びをしてみれば、そこに居たのは同学年の神奈川さんだった。
「何でだよ! 別にいいじゃねえか!」
神奈川さんの発言に対し、アホな男子達はブーイングの嵐。
だが、神奈川さんは彼らを完全にスルーして俺達のところまでやってくると、俺と冬奈の手をがっしり握って、言った。
「さあ、青柳君と綾瀬君。行きましょうか」
そして彼女は、また男子達を避けるようにして部屋から俺と冬奈を連れ出してくれた。
「ありがとう、神奈川さん」
感謝の言葉を伝えると、彼女は「いいのよ」と微笑む。
「さて、さっさと着替えちゃいましょうか」
神奈川さんはそう言うと、俺達共々女子更衣室に入ろうとする。
慌てて彼女を止めると、一言に言った。
「ここ女子更衣室じゃん。俺は入れないよ」
「同じく」
俺の後に冬奈が続ける。
しかし、神奈川さんは俺と冬奈を交互に見て、悪魔が囁くように淡々と言った。
「何言ってるのよ。あなたたちは今女の子なのよ。男子更衣室で着替えたら、襲われちゃうかもよ?」
「……」
さりげなく恐ろしいことを言ったな……。
渋々、俺達は女子更衣室で着替えることにしたのだった。
十一話目です。
※2011年3月30日…内容を大幅に改稿、加筆しました。
※2011年10月17日…表記を変えました。