夢を見る
夢を見た。
それは、俺が女になっている夢。何でそんな夢を見たのか全くわからないし、これといって思いつく事もない。
……そもそも夢っていうのは、何かしら原因があって見るものらしいが、俺には本当に心当たりがまったくないのだ(というか、心当たりがあるわけないか)。
ある意味、何か悪いことが起きる前触れみたいで、とても怖い。
でも、その日はなんともなかった。昨日と同様、普通に宿題をして、流行りのレースゲームをした。不可解な出来事もまったく無く、いつもと変わらない、平凡かつ平和な日だった。
そして、あっという間に夜になる。
俺は速やかに風呂に入って、お気に入りのオレンジとカーボンのチェック柄のパジャマに袖を通す。その後、リビングで一杯の水を渇いた喉に入れてやると、身体から熱が引いてゆくのを感じた。コップを素早く洗って時計を見れば、時刻はちょうど十時。いつもと比べると早いものの、明日は友達とカラオケに行く約束を取り付けていたため、早めに寝ることにした。
「おやすみ、由奈姉ちゃん」
リビングから廊下に出る際、ソファーに身を預け、某ロードショーを鑑賞中の姉ちゃんに声を掛ける。
「裕樹、おやすみ。ずいぶん早いのね?」 三つ年上の由奈姉ちゃんが、首を僅かにこちらへと向け、まるで珍しいものでも見たかのように言ったので、ちょっぴりむっとした。
……言い忘れてたが、うちは両親が数年前に交通事故で死んで以来、姉と二人でひっそりと暮らしている。金銭的に問題は無いが、将来のために質素倹約を行っている。贅沢をしないものの、それなりに日々を謳歌していた。
「もしかして、明日何か用事でもあるの?」
「友達とカラオケに行く計画なんだ。調子を狂わせたくないから、ちっと今日は早めに寝る」
手っ取り早くそれに答えると、再び「おやすみ」と反芻してリビングの扉を閉める。ひんやりとした廊下を抜け、玄関と向かい合わせになっている階段をゆっくりと登った。その先の廊下は夏場であるにも関わらず、ひんやりとしていて気持ちが良かった。正直、廊下で寝たいと思ったものの、それを実行に移すと確実に風邪を引いてしまうので我慢だ。
見慣れた部屋の前にやって来ると、俺はドアノブを捻り、扉を開ける。いつもの部屋に入ると真っ先にベッドに直行してうつぶせになる。
ちなみに、俺は寝る時はいつもうつぶせになり、首を左右どちらかに向けて寝る。これはもう癖になっているので、全く違和感は感じない。しかし、これを実践した友人から「寝違えて首を痛めたぞ!」というブーイングを頂戴したことがある。それなら、やらなければ良かっただろうと友達に言ったのが懐かしい。
しばらくごろごろしていると、ふと、昨日見た夢を思い出した。 それは、俺が女になっている夢。
俺自身、非現実的な話はかなり信じるタイプだが、これだけはどう考えてもありえないと思った。生まれながらの性が逆転する。そんな二次元世界的現象は、この三次元世界で発生するはずがない。
「……あるわけがない、そんなこと」
ただの夢だ、と自分に言い聞かせ、俺は目にカーテンを引いた。途端に視界は闇に包まれる。若干睡魔も頭をもたげてきたため、これはすぐ眠れるなと思った。
明日は早起きしよう。
そうぼんやりと考えているうちに、俺はいつのまにか夢の世界へ旅立って行った。
第一話です。
2012年6月23日……本文を元に、大幅に加筆修正しました。