2.転生前夜
まぶたの裏に仄白い光を感じ、彼は目を覚ました。ゆっくりと体を起こし、あたりを見渡す。周囲に壁はなく、地平線のように広がっており、全体的に白磁色に発光している。
「ここってもしかして…」
彼がそう言いかけたとき、突如として眼前にまばゆい光が発現した。
「な、なんだ!?」
とっさに手で目を覆う。発光が終わり、恐る恐る目を覆っている手を下ろし、ゆっくりと目を開くとそこに一人の少女が立っていた。背丈は彼の肩まであり、黒い長髪を携え、鋭い眼光ではあるものの、全体的に整った顔立ちをしている。
「あなた、希崎望ね」
「えっ…」
突然自分の名前を呼ばれたことに動揺してしまう。
なぜ自分の名前を知っているのか尋ねようとしたとき、希崎の中に1つの予想が浮かび上がった。
「――あんた、もしかして神様か?」
「あら、よく分ったわね」
希崎が眼前の少女を一発で神と当てたのには訳がある。彼は普段から異世界系の漫画、小説、アニメを見漁り、しまいには異世界にいけたらどれだけ幸せだろうかと妄想してしまうほど、異世界に強い憧れを抱いていたのだ。つまりは、希崎は極度の異世界系オタクであり、豊富な知識と今の状況を照らし合わせ、彼女を神だと言い当てたのだ。
「で、話なんだけど――」
「ってことはさ、ここは異世界召喚される場で」
「あの」
「今からあなたが俺に能力を与えてくれて」
「ちょっと」
「異世界に召喚されて、最強になってやりたい放題出来ちゃったりして」
「ねえってば」
「くう~、たまんねぇ。神様、早く俺を異世界に転生させてくれ!」
長年の夢で会った“異世界転生”が今実現しようとしているせいか、希崎は興奮し矢継ぎ早にしゃべり倒してしまう。
「も~、少しは話を聞け!!!!!!!」
希崎のしゃべりを制するかのように神は怒鳴り声を放つ。その怒声を受け、希崎もしゃべりを止めた。
広々とした空間に再び静けさが戻った。
「希崎、あなたのいっていることは半分正解で半分不正解」
「え?」
希崎は困惑した。彼の知る限りでは、異世界転生される人々はほぼ例外なく神から何かしらの能力を授けられ(それもほとんどがチート級の)、無双するのがテンプレだからだ。
「あの、それってどういう――」
「正解なのは、あなたが異世界に転生されるってこと」
「じゃあ、不正解は?」
「あなたに特別な能力なんて何一つ授けないことよ」
「いやいやいやちょ、ちょっと待ってくださいよ。な、な、な、何でですか?」
唐突の宣言に動揺し、呂律がうまく回らない。
異世界転生者にとって能力とは、例えるならハッピーセットのおもちゃくらい重要なものである。それを授けないなんて、おかしな話だ。
「あたし、そこまで人に甘くないのよね」
「は?」
唐突に出た神の主張に、希崎の頭は混乱を極める。
「事故で死んだとか、寿命で死んだとかならまだしもあなた、自殺したんでしょ?」
「ぐっ…」
「そんなやつはここには来ないのよ。普通はね。だけど何の因果かあなたは来ちゃったわけ。だから異世界にいけるだけでもありがたいと思いなさい」
「あ、そうなのか…」
やや私情も含まれている気もするが、女神のいっていることだ、おそらく本当なのだろう。
事実として希崎が自殺をしたのは本当であり、本来はこれないはずの場所に来ている。おまけに第二の人生も与えられるのだから、冷静に考えてみれば恵まれすぎているのかもしれない。
「ま、でも、転生すると同時に魔力も保持されてると思うから、覚えたいなら勝手に覚えれば」
「ほ、本当ですか!?」
「あと、これは特別よ。向こうの言語が分るようにしてあげる」
「あ…ありがとう」
希崎の心に灯がともる。鼓動が高鳴り、体が熱くなる。
「じゃ、どうする?行く?」
「うん、もう転生させてください」
「わかった。あ、異世界ではくれぐれも自殺しないように」
念願の転生が始まった。希崎の頬は赤らみ、心臓の鼓動は間隔が短くなっていき、瞳は輝きを帯び、全身が未だかつてないほどの熱を帯びている。
――異世界では前世よりいい人生を送るんだ。
そんな希望を抱きつつ、希崎の全身はすっぽりと光に覆われた。
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