夏のフリ
笑顔で泣くやつなんか、ドラマの中の頭が悪い登場人物だけがやることだと思ってたのに、実際に存在したし、救いたいだなんて僕に言うやつは生まれて始めてみた。
街を見渡せる場所。
言われた一言で僕の何かが溢れたような気がした。
街はきれいな夕焼け色に染まっていた。
「…君を救いたいんだ…」
彼女はもう一度僕に微笑みかけた。
でも、
「…信用ならない」
そんなものはいらない。
たとえ僕の目の前に正義のヒーローなんかが現れて、僕を助けてくれたとしても僕の心の奥底はいつだって変わらないし、変わることなんかできるわけがない。
「…………そうか…………」
彼女は泣きそうな顔でこう続けた。
「君を救うにはどうしたらいいんだろうね…」
何故見ず知らずのやつに対してそこまで感情を込めて接することができるのだろう。何故コイツは僕を救いたいと寝言を吐くのだろう。
恐らくからかわれているのだろうな。
「救いたいだなんておこがましいよ。人間が大好きなのかなんなのか知らないけど、今の僕には人間関係なんか必要ない。どうせ、大人になって社会に出たら勝手に人間関係を作られて、勝手に駒として動かされるだけなんだから、今の人間関係なんて必要ない。」
そうだ、それが現実。
コミュニケーションなんてその場だけで対応できればそれでいい。
人のプライベートにズカズカと入り込んで救いたいだなんておこがましいんだよ。
「だから君はいらないんだ。もう二度とまとわりつかないでくれ。それと、人を救いたいだなんて上から目線にも程がある。もうほおっておいてくれ」
勢い任せな感情をぶつけていく。
…彼女の顔を見れない。
「それでもワタシは、」
「うるさい…………もう、見ず知らずの人間に構うのはやめてくれ」
僕は怒鳴り散らすことはしない。そんなことしても相手には何も通じないし、溢れた感情がこの場に散らばるだけ。
一人でいい。
一人は落ち着く。
関わりを持ちたくない。
関わりを持ったら最後だ。
「じゃあね、今度人間と絡むときは礼儀を忘れずにね」
結局、彼女の顔を見ることはできなかった。
そのまま帰路につく。
僕としては、もうこれで本当に最後だと考えていた。
彼女は人嫌いの男に呆れかえり、学校でも他の場所でも関わってこなくなる、そうしていつもどおりの学校生活が始まる。
それでいいじゃないか、どんなときでもいつもの日常が一番いいんだ。
これが変わらなければ僕はそれでいい。
人間関係なんていらないんだよ。
やっぱり、人間が嫌いだと思わなきゃだめだ。
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「嫌われちゃったかな…」
ワタシは嫌われたのかもしれない。
そりゃあそうか、君の気持ちを考えずにズケズケと言いたいことだけ言って、挙げ句の果てに勝手に助けたいだなんて…
「おこがましい、かぁ…」
君の気持ちは十分にわかってたはずなのになぁ…
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次の日の僕の心はポッカリと穴が空いたような気がした。いつもの朝、いつもの登校、いつもの授業。何ら代わり映えしないいつも通りの日常。
でも、なぜか心に穴が空いているような気がした。
それと…気になることがもう一つ…
「いつまで後ろでジロジロと見てるんだ、そこにいるのはわかってんだよ」
「およ?バレちゃったか」
後ろからの視線が僕の背中に突き刺さっていたから当然わかる。
昨日のことがあったにも関わらず日常に入り込もうとする不届き者がここに一匹存在した。
「昨日言ったことは、すっかり忘れたわけじゃないよな?」
機嫌が悪そうに言えば少しは怯むだろ。
そう考えながら、この人間に向かって言葉を投げる。
「もちのもちだよ? 君が本心で語ってくれた言葉たちを忘れるわけない」
変な言い回しをしやがるな…
彼女は昨日のあの雰囲気がなかったかのような振る舞いを続けている。
「…………………」
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彼は可愛らしい顔でこちらを睨んでいる。
(あぁ…かわいいなぁ…)
なんて愛らしいのだろう。なんて優しいのだろう。
彼のジト目を覗くたび、私の心はザワザワと揺れ動く。
この人こそ、私が助けなければならない人間なんだ。
彼はジト目をやめず、そのまま会話を続ける。
「お前は一体何なんだ?」
「ワタシはただの人間だけど?」
「……そういうことを聞いているんじゃないんだけどな」
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夏の暑さは増しに増している、いつかやるであろう就活のために、手紙の書き出しを練習していたが、そんな練習は続くはずもなかった。
僕の周りには相変わらずの人間好きがウロウロしている。
「暑いねぇ…」
「暑いねぇじゃない。暑いから近づくな」
昼ごはんを食べようとすれば必ずセットでついてくる。これはどうするべきか…
「いいじゃないか、一緒にご飯を食べてくれないからこうしているんじゃないか」
僕が嫌悪感をMAXで出していたとしても、彼女は笑顔でこちらに話しかけてくる。
心の穴は、まだあいたままだ。