偶像崇拝
拝啓 初夏の候、私に置かれましてはご健勝のこととお喜び申し上げ…………
うん、ぜってぇ違うわ、なんだこのいびつな文章。
相変わらずの変な始まり方はさておき、昨日の変なやつに絡まれてからの僕の日常はすっかりと変わっていってしまった。
いつもなら、何事もない平凡な朝に目が覚め、慌ててパンをかじりながら出かける準備をし、学校へ向かうのだが…
今日は違った。
絶対に昨日の出来事を忘れていると踏んでいたが、
【ピーンポーン】
まさか、あいつが一人暮らしの男の家にやってくるとは思いもよらなかった。
【ガチャ】
しかも合鍵を持って。
「おはようございますよー。そしてそして、お邪魔もしますよー」
「おまっ…!?なんでここを知ってんだ!?しかもなんで鍵なんか持ってるんだ!?!?」
気がついたのは、こいつがピンポンを押して、合鍵を使い、部屋の鍵をあけ…たところなのだが、このヒューマンはなかなかに度胸がある世間知らずのようで、僕の質問には答えようとせずに会話を始めようとしていた。
「おはよう。朝から美少女の顔が拝めるなんて、幸せものだな君は…」
何を言っているんだこいつは。
というか女だったのか。
「勝手に入ってきたやつを客としてもてなすつもりはない。帰ってくれ。」
「どうだい?いつもより早く起きることも、悪くないだろ?」
昨日あったばかりの人間が自分の家を把握しており、しかも合鍵まで持っていて、さらには勝手に押し寄せて来るなんて。
もはやただの犯罪者では。
しかも、俺の質問を無視して自分の話しかしない奴を
「あぁ、麗しい人だぁ…だぁ…だぁ…」
なんていうやついないと思うが。
コイツ…ヤバすぎる…
「なんだいその不審な人間を見るような目は…
あぁ、親御さんには連絡して、ちゃんと君の家に入る許可をとったから大丈夫だよ」
「は??」
昨日から衝撃的な出来事に巻き込まれすぎているんだが、俺はまだ夢でも見ているのだろうか???
「もちろん、合鍵は君のアパートの大家さんからいただいたよ。大家さん、美人と出会えて嬉しいって言っててさ、ワタシも嬉しくなっちゃったよ」
いやいやいやいや、そんな話は聞いていない。しかも大家までもを説き伏せたのか?あの変に頑固な大家を?
…美人というのは何でもありか。
「…なんのようなんだ…
見ての通りの根暗で、オタク気質で、人間嫌いの可愛そうな男の部屋にわざわざ来るなんて」
「君にワタシを好きになってもらいに来た」
間髪入れずに、おなごは質問に答える。
沈黙の時間。
人生を送っていると必ず遭遇すると言われている時間だが、
僕の持論としては、このような時間は人生において無駄なので真っ先にカットしていい部分であると考えているが、
コイツに至っては、今まででは無駄なのではないかと考えていたこの無駄な沈黙の時間は、必要不可欠な時間なのではないかと今までの経験から結論づけていた持論を変えてもいいと思えるような出来事であった。というかこの場面で自分が思ったことを書いていくとかどんな文字稼ぎなんだよ、頭の悪い大学生のレポートでもまだマシな文字数の稼ぎ方するぞ。
そんなお得意の不毛な考えをかけ巡らせながら、この美人だけが取り柄の世間体を1ミリたりとも知らないコイツをどうしてくれようか。
「………意味がわからない、帰ってくれ」
とりあえず帰らせることにした。
「えぇー…君はつれないなぁ…」
そう言い残すと、女は渋々と僕の部屋から出ていった。
これでやっと静かな日常と再開できる…
と、思っていたのだが、最初に言った通り。
ヤツは何回でも僕に絡んでくる。
大学へ向かう際にも…
「大学へ行く道はこっちのほうが近いよ?」
「うあぁぁぁぁ!!!!!公園の茂みから急に出てくるやつがいるか!!!!!」
大学へ行く通り道にある公園の茂みから出てくる美少女……
ホラーゲームじゃないんだぞ…
「一緒に行かないかい?」
「お断りします。失礼します」
「つれないなぁ…」
大学の授業中にもアイツはやってきやがる。
「キミキミ、どうやら困っているようだけども?ワタシのノート見せてあげようか?」
「急に後ろから話しかけるな…というかいたのかよ…」
授業中なので、驚きを抑えながら小声で喋らなけばならなかったのだが、これがまた辛い。
「そりゃあ君に好きになってもらいたいのだから、話しかけるに決まってるじゃないか。」
他人へ迷惑をかけてしまうという考えはないのか
「ノートは見せてもらわなくても結構だ。できる限り離れてくれ。」
「難しいねぇ…」
お昼のご飯時にも、もちろんこいつはやって来る
「美味しそうなコンビニ弁当だね。よろしければ一緒に食べないかい?」
美味しそうなコンビニ弁当という会話の始まり方はどうなのだろうか、兎にも角にも僕としては、できる限り人間と関わっていたくないのに…
「いえ、結構です。」
「君は本当に難しい心を持ってるんだねぇ…」
帰りの際にももちろんやって来る…そんな予感はもちろん当たる。
「やぁ、今帰りかい?もしよかったら一緒に…」
流石にこれは一言言わないと気がすまなくなってきた。
人間に関わりを持ちたくない僕でも、いや、そうじゃなくても怒るはずだ。
「色々聞きたいことがあるんだが、いいか?」
僕なりの真剣な顔をし、相手を見据える。もちろん相手は美形で、男性でも女性でもコイツを見たらきれいだと、間違いなく思う顔立ちなのだがそんなことは今どうでもいいことだ。
まず、なぜ僕の親の連絡先を知っているのか、何故許可を得ることができたのか、何故僕の住んでいる家を知っているのか、何故僕には君を好きになってほしいのか。
「…歩きながら話してもいいかい?」
彼女の顔はいつもにこやかだと、この出来事のあとに風の噂で耳にしたのだが、このときの彼女の顔は少し複雑そうにしていた。
夕日をバックに歩きはじめ、それと同時に彼女は話し始めた。
「まず、君が気になっていることはいくつかあるだろうけど、1つ目として、君の両親の連絡先を何故知っているかという点。」
気にはなっている。たしかに気にはなっているのだが、なぜだろう。少し嫌な予感がする。
「これの答えとしては、昔から、君の両親とは知り合いだったんだ。ワタシの両親と仲が良くてね、連絡先も知ってたよ。」
昔からの知り合い…?
彼女のことがますますわからなくなってくる。
この女は一体何を考えて、何のためにこんな行動をしているのだろうかと、新たな疑問も浮かんできていた。
というか…
「質問の内容をまだ言っていないのに、何故そんな話をし始めるんだ?」
そうだ、俺はまだ『質問したいことがある』程度のことしか言っていないのに、一体なぜだ?
「君は顔に出やすいタイプの人間だからね、すぐわかるよ。
それと、今日のワタシの行動を振り返ってみて、君の立場になったとき、すぐに君の疑問点がわかったからだよ。」
こいつはやはりとんでもないやつなのかも…………
夕日が眩しく光る中、彼女が僕の隣で歩いている、僕も彼女が向かう方向へなんとなくついて行きながら歩く。
「君の家の場所を知ることができたのは、君のご両親のおかげ」
親というものは、やはり信用がならない。
家族という肩書を背負った赤の他人だ。
「大家さんから鍵をもらえたのは、君のご両親が大家さんとお話をしてくれたからだよ。あとの疑問点は…無い、のかな?」
いや
「あるぞ、あと一つ。」
彼女は不思議そうな顔をしてこう聞いてきた。
「何かな?」
彼女の顔を見るたび、すべてを見透かしているような気がして少し尺に触ったが、こんなヤツに何を言っても無駄なんだろうなと薄々感じつつ、僕はこう続けた。
「なぜ、お前は俺に好きになってほしいのか」
どうせ、僕の口からこの疑問を直接聞きたかったのだろう?そう思うしかない。
理由は至って簡単だ。
なぜって
「そのことかい?」
彼女は
「そんなの決まってるよ」
今までに見たことのない
「君を救いたいからだ。」
笑顔で泣いていたから。