エピローグ1「過保護」
エピローグ1「過保護」
――五時間後。
天童は、仙草学園から二十分ほどの距離にある、
『寮』という名の、近隣では最高峰の、二十階建て高級マンションに帰ってきていた。
一等地に位置し、駅まで二分、敷地は九百坪。
(入寮した時からずっと、『こんなもん寮じゃなくて、ただの億ションだろ』と思ってきたが……本当に、ただの億ションだったとはな)
ここは、『天童久寿男の一人暮らし』のために用意された、最高級マンション。
一年前までは、学園の敷地内に、候補者専用の、築三十年を超える黒褐色木造建築洋館風の寮があったのだが、天童が入学する直前に取り壊され、天童のために用意されていたマンションが、正式な仙草学園の寮となった。
つまりは『せめて、住むところくらいはマシなものを用意してあげたい』――という、母の過保護。
(マシどころじゃないだろ、こんなマンション……つぅか、ガキの一人暮らしのために、億ションを用意するとか、過保護ってレベルじゃねぇぞ。あのオバハン、ほんと、頭おかしいな……)
二層吹き抜けの、まるでホテルのような広々としたエントランスを抜けると、みどり豊かな中庭と一体になったラウンジ。
「おかえりなさいませ」
明らかに、いつもより、頭を深く下げているコンシェルジュに、
「ただいま、田端さん」
と告げ、天童は、エレベーターに乗り込む。
(いつもは、フランクな挨拶をしてくる田端さんの、あの無駄に仰々しい態度……どうやら、すでに、母さんからの連絡が入っているようだな。勘弁してほしいぜ。庶民として生きてきた時間の方が長い俺にとって、妙に畏まられる方がしんどいんだよ)
とはいえ、受け入れなければいけない。
自分は『そういう存在』なのだから。
帰り際に言われた『母の言葉』を思い出す。
『これからは、主の後継者としての勉強もしていかなきゃいけないからね、久寿男』
(うるせぇよ。できるわけねぇだろ。誰に言ってんだ。俺だぞ。俺なんかに、世界の統治者なんて出来てたまるか。世界の統治をなめんな)
エレベーターの中で、一定のリズムで変わっていく階層の数字を眺めながら、
(とはいえ……やらなきゃいけねぇんだよなぁ。はぁ……ああ、クソしんどい)
真なる自分の身分を認知した事により、
『学ばなければいけない仕事』
『果たさなければならない務め』
『背負わなければいけない重責』が出来た。
――のだけれど、今日のところは、本当に疲れているので、
とりあえず一端休もうと、最上階にある自室のドアを開けると、
「偉大なる主よ。お疲れ様でした。肩でも揉みましょうか? それとも、ボクのおっぱいを揉みますか?」
アホが待っており、大げさに跪きながら、そんな事を抜かしてきた。
「……人の部屋で何をしている。てめぇの部屋は十八階だろ」
「お母様から直々に、センセーの従者になるよう命じられてしまったんすよ。というわけで、これからは、住み込みで、センセーの御世話をさせてもらうっす」
「……」
「さっそくっすけど……お風呂でする? ごはんを食べながらする? それとも、わ・た・し?」
「マジで、ここに住む訳じゃないよな?」
「まずは、『一択じゃねぇか』と突っ込んで欲しいっす。文字通り、つっこんでほしいっす」
「……佐々波ぃ……」
「そんな、本当にしんどそうな顔したってダメっす。ボケスルーは重罪なんすから」
「不条理なボケを幾重も積まれたら対処なんかできるか。どうやら俺は『血筋だけ』は超凄い男らしいが、御存知の通り、まったくもって全知でも全能でもない『一人のショボいカス』でしかないんだ。だから、ちゃんと答えてくれ。流石に、ここに住む云々(うんぬん)はギャグだろ? なぁ?」
「いや、なんか、マジみたいっすよ。ボクだけじゃなく、トコちゃんと高瀬も一緒っす。ちなみに、今、二人とも、引っ越しの準備中っす」
「……」
「やったね、センセー。夢のハーレムっすよ。高校生で男の夢をかなえてしまうなんて、さすが、主の息子。ハンパないっすね。よっ。この肉欲棒太郎! ドスケベ大魔王!」
「いろいろと聞きたい事があるが、まず、このラリった状況がマジだとして……なぜ、高瀬まで?」
「彼女は、ものすごく適正が高いらしいんすよ」
「……天使として?」
「ハーレム要員の三号として」
「……ボケを飽和させんなと言うとろぉがっ!」
「聞いた時、普通に『ウソやろ』って思ったんすけど、彼女、安西元帥と同じで、暫定評価が智天使(レベル8)候補らしいんすよ」
「ウソやろっ?!!」




