10話 判断材料。
10話 判断材料。
「実際に『作楽トコが撃った相手』は、高瀬美奈という名前の、あなたもよく知っている、例の女子中学生よ。今は、自分が天使候補だった事などすっかり忘れて、普通に中学生活を送っているわ。あなたもよく御存知のように、楽しそうに生きていたでしょう?」
思い出す。
二つの顔。
自分に、腹黒い感じで近づいてきた女の顔と、態度の悪いギャル中学生の顔
比べると、まったく違う。
ギャルメイクどうこうではなく、人間が違う。
口調も態度もまるで違う。
(ただ、見た目はともかく、本質は似通っていなかったか?)
だからこそ、『双子ではないか?』と、
名字以外に理由はなかったのに、
ああまでも愚直に信じ込んだのではないか?
「毎度、毎度、人間一人分の全データ・存在した証拠・記録をこの世から完璧に消去するなんて、そんな面倒な事は、やっていられないわ。だけれど、候補生の――たった数百人分の記憶を『変更するだけ』なら――『記憶に残っている名前と見た目を、ちょっと変更するだけ』なら、それほどの手間でもないでしょう」
存在そのものを消すのではなく、最初から存在しない人間の記憶とすりかえる。
「死は……ただの脅しだったのか」
「脅しではなく、判断材料と認識しなさい。『異世界の攻撃から世界を守る盾』は、優秀なだけではダメなのよ。強い心を持った者でなければ到底勤まらない。『有事の際にこそ奮い立てる者』かどうか、『どんな絶望を前にしても立ち上がれる強い心を持った者』かどうかは、文字通りの『死ぬほど厳しいふるい』にかけなければ見極められないの」
そう言ってからから、
そこで、主は、
スっと、天童から視線をそらし、
――『天』をにらみつけ、
(……正直言って、異世界の敵など、私一人でも、どうとでもなる。問題なのは……あの『混沌』……)
ギリっと奥歯をかみしめながら、
(大いなる混沌――『ソル』を止めるには、『絶対的指導者』と『狂気の軍勢』がいる……『死ぬ気』で『鍛錬』を積んだ指導者と軍がなければ、ソルには勝てない……久寿男、あなたは唯一の希望。『真なる最強』になりうる『可能性』を秘めた、世界を守るための、最後の砦……)
主が、空をにらんで、ジっと押し黙ってしまった間、
天童は、
「作楽は誰も殺していなかったのか……そうか……」
理解が浸透したことで、気が完全に抜けたのか、
フっと、主に、体を完全に預けた。
力が入らない。
この年で、母親に抱きしめられるというのは、
正直、相当に恥ずかしいが、
そんな事を言っていられる余裕はなかった。
(久寿男……あなたは、世界の希望……あなただけが唯一の可能性……)
主は、大事な一人息子をギュゥと愛おしそうに抱きしめてから、
「あなたはとてもよく頑張ったわ。本当によく頑張った。確かに、いくつかフォローはしてきたけれど、しかし、あなたは、ここまで、ちゃんと、自分の足で歩いてきた」
遠慮なく、息子の頭を撫でながら、
「疲れたでしょう。なにか欲しいものでもある? アイスでも買ってきてあげようか」
そう言われて、
天童は、
この上なく渋い顔をして言う。
「……頼むから、アイスだけは買いにいかないでくれ」




