9話 オチ。
9話 オチ。
「久寿男。本当に……本当に成長したわね。泣きそうになるほど嬉しいわ」
「……いったい、なにを……主……」
訳がわからず混乱していると、
主の顔にかかっているモヤが、
スゥっとかき消えていく。
そこに在ったのは、
「……ぇ……」
見知っている顔。
記憶の中に刻まれている母の顔。
だから、さらに混乱する。
さっぱり、意味がわからない。
「……母……さん……」
「隠していてごめんなさい、久寿男」
「……どういう……」
そこで、天童は頭を回した。
すぐに、いくつか、判断材料は思いつく。
なぜか、異常に優れた先天的戦闘技能。
なせか、自分でも首を傾げるほどの圧倒的な強運。
なぜか、妙に過保護な主の態度。
「ぇ、俺……まさか……いや、でも、そんな訳……」
「合っているわ。正解よ。あなたは私の大事な一人息子。ようやく産まれてくれた、私の跡を継ぐべき、この世でたった一人の、かけがえのない可愛い子。いずれ、私の跡をつぎ、世界を統べる者となる王子様」
「……」
「だから、つい、甘やかしてしまって、一時はどうなる事かと思ったけれど……本当に、逞しい子に成長してくれて……お母さん、本当にうれしいわ」
「俺、主の子供なの?」
「当たり前でしょう。ヨソの子を、あんなに優遇する訳ないでしょう」
天童は、呆然としてしまう。
それまでの価値観や、認識が一気に崩れてしまう。
「ぁの、その……色々と聞きたい事はあるけど……まず、最初に」
「何かしら?」
「なんで、俺は合格なんだ? 俺は……作楽を殺せなかったんだけど」
「愛情も知らない無機質な戦闘兵器に、世界を統べる資格があると思って?」
「……」
「それにね。親はいつだって、子供の幸せを願っているものなのよ。愛を知らずに生きてほしくなかったの。独りでも楽しく生きていける者はいるけれど、あなたはそうじゃない」
「なんで、そんな事が――」
「わかるかって? わからないはずがないでしょう。私はあなたの親なのよ」
「……」
「久寿男。あなたは不器用で優柔不断で、そして、どうしようもないほどの臆病者」
「……ぃ、言うまでもない事を、イチイチ口にしないでくれ」
「あなたが自覚している以上に『あなたは臆病者だ』と私は言っているのよ」
「なんだ、それ。何を根拠に――」
「作楽トコの外見だけれど……ハッキリ言っておくわ。まったく私には似ていない」
天童はぐうの音も出ずに固まってしまう。
――反論の言葉もない。
「人間関係に対しても臆病なあなたは、自分の中に芽生えた感情を受け止める度量がなかったから、あの子へ抱いている感情に、特別な理由をつけた。それこそが『私に似ている』という虚像。自分はマザコンで、彼女の影に『死んだ母親』を見ているだけだと己をだました」
「……」
「愛情と向き合う勇気のないチキンな子供のお尻をたたくのも親の仕事よ。でしゃばりすぎのバカ親だと非難されるかもしれないけれど、知ったことじゃないわ。私はあなただけが可愛いの」
「……大きな声で言うなよ、みっともない」
真っ赤になる。
流石に恥ずかしすぎる。
「でも、だからって高瀬を殺すのはやりすぎだろ、母さん。ここまできたら流石にわかる。どうせ、あいつの再生装置を壊したのも母さんだろ? だって、演習前に俺が改良している時、壊れてなかったもん」
「もちろんそうだけれど、彼女なら、生きているわよ? というより、これまでに『演習で死んだ者』など一人もいないわ」
「はぁ?」
「候補者の記憶を改竄しただけよ。ちなみに、作楽トコが殺した子の名前は?」
「高瀬……まゆ」
「顔は覚えている?」
「なんとなく……って、これ、なんの質問だよ」
「実際に『作楽トコが撃った相手』は、高瀬美奈という名前の、あなたもよく知っている、例の女子中学生よ」
「……ぇ?」
「今は、自分が天使候補だった事などすっかり忘れて、普通に中学生活を送っているわ。あなたもよく御存知のように、楽しそうに生きていたでしょう?」




