8話 それでもいい。
8話 それでもいい。
(作楽トコを殺せ。それが最善だ。もう考えるな。単純な話だろ。本当に快活な話だ。ここで、こいつを殺さない理由は、何一つない)
作楽トコを殺す未来。
作楽トコが生きている未来。
(女なんて、現金なもんだ。俺が死ねば、こいつは、自分を守ってくれる新しい男を見つけてよろしくやるだろう。こいつはハンパない美少女だ。男はいくらでもよってくる。他の男と生きる未来は確定。クッソ死ぬほど最悪だ。気分が悪い。……ああ、そうだよ。なんで、そんな『クソ以下の未来』のために、俺が命を差し出さなきゃいけねぇんだよ。ありえねぇ)
もう、ここまできたら――
(終わりだろう。終了だ。もう考える必要はない。殺したくはなかったが、まぁ、仕方ない。『俺だけがいない世界』で『作楽が他の男と永遠を生きる未来』なんかを想像しちまったら、もう終わりだ。それは許せねぇ。それだけは、絶対に嫌だ。じゃあ、もう、殺すしかない。そう。これは仕方がないことなんだ。つぅか、きわめて単純な話……『俺がいない未来』を俺が守る理由はない)
天童は決意した。
――もういい――
覚悟した。
決心した――
はずなのに……
「くっそ、ちょろちょろと! いいかげん、鬱陶しいねん! 死ねや、ボケェ!!」
決心したはず……なのに……
エンジンソードで、確実に殺そうと切り込んでくる『作楽トコ』を、
『天童』は、
――両手を広げて迎えいれた――
ザグリッッ!!
と、心臓に突き刺さる凶悪な刃。
とてつもない激痛。
再生機能が追い付かない苦痛。
天童は、
「……それでもいい」
口から、おびただしい量の血を流しながら、
「それでもいいから……生きてほしい……」
天童は『懐に飛び込んできたトコ』をギュっと抱きしめる。
「なっ、なんやねん! 離せ! なんのつもりや! なんやねん、お前!」
「俺が誰かって? よく聞け」
ニコっと会心の笑みを浮かべて、
「……貧乳で、目つきが悪くて、口が悪くて、性格が悪くて、人間嫌いで、社交性がなくて、嫉妬深くて、死ぬほど面倒くさい……そんなお前に……死ぬほど惚れている男だよ」
心が霞んでいく。
魂がしぼんで行くのが分かった。
死ぬ。
間違いなく。
――後悔した。
『なんで、こんな訳わかんない事してんだ』と自分を問い詰める。
『もっとちゃんと考えて行動しやがれ、くそったれ』と、理性が叫ぶ。
けれど、最後の最後に、こう思う。
――きっと、1000年考えたところで、どうせ俺は、同じことをする。
「アホだな……」
最後にそうつぶやいて、天童は目を閉じた。
意識が完全に消えそうになった、
その一瞬、
「――満点合格よ、久寿男」
優しい声が響いた。
そして、誰かに抱きしめられている感覚。
「っ……な、なにが……」
目をあけると、
「主……なんで……」
『主』に抱きかかえられていた。
いつもの『誰かわからないからこそ識別だけはできる黒いモヤ』につつまれた顔がそこにはああった。
「ど、どういう……作楽……」
作楽の姿はない。
ここにいるのは、主と自分だけ。
「作楽はっ――」
「落ち着きなさい。もともと、本物ではないわ。ただの疑似データ」
「……ぎじ……で……ぇ?」
「当然、本物の作楽トコの記憶をいじったりなどもしていないから、安心しなさい」
「いったい、どういう……俺の……体も……」
不可思議な事に、主に抱えられていると、なぜか、体が高速で回復していく。
(高出力の再生装置? ……いや、違う、何かが……)
淡い光が天童を包み込む。
数秒経って、天童はようやく気付く。
それこそが、主の加護。
『永遠を約束された者』に降り注ぐ柔らかな光。




