2話 お前が言うな。
2話 お前が言うな。
「深いところまで潜って調べてみた結果、高瀬美奈という女のデータはおかしな所ばかり。経歴も成績も、書類によってバラバラ。おそらく、こいつは人間じゃない。多分っすけど、異世界からきたスパイかなにかっす」
佐々波の発言を聞いたことで、作楽は黙った。
この佐々波恋というアホの『性能の高さ』は知っている。
かなりラリったバカ女だが、地頭の出来は、自分と比べ物にならない高みにある。
という事は、つまり、高瀬美奈という女には何かがある?
「正直に答えれば命は保証してあげなくもないっす。……なんのために、センセーに近づいたんすか?」
「あのぉ……マジで、わけわかんないんですけどぉ。それってどういうボケですかぁ?」
言いながら、高瀬は、心の中で、
(マジで分かんないんだけど、これどういう流れ? あっ……もしかして、これ、邪魔な女を、テキトーな理由つけて排除しようみたいな感じ? あ、ありうる! あたしが向こうの立場なら、十分にやりうる!)
もし、立場が逆だったら、こんな、『ルックスだけを見れば、どうあがいても勝ち目のない二人』など、一瞬の迷いもなく全力で排除しようと試みるはず。
佐々波がやっているようなテキトーなやり方ではなく、あらゆる策を練り、『なんなら、向こうに引き金を引かせる』くらいの『挑発なりなんなり』をかまして、徹底的に排斥し、最大の利益を得ようとする。
それが高瀬美奈。
それこそが、高瀬美奈。
「とぼけるなら、殺す。ボクは、ためらわないっすよ」
「クソガキ。とりあえず、いったん、銃、おろせや」
作楽も剣翼を起動させ、銃器を取り出すと、
佐々波の頭につきつけた。
「正直、現状、何のこっちゃよぉわからんから、『今の私の行動』が『正解』なんかもよぉわからんけど、とりあえず、久寿男の隊から安易に人殺しを出すわけにはいかんねん。つか、おどれ、久寿男に迷惑かけまくるん、ええ加減、ほんまにやめぇや」
その発言を聞いた佐々波は、眉間にグっとシワをよせて、
「……お前が言うな」
いつもとはまるで違う低い声で、ボソっとそう言った。
「あぁ? なんやと?」
そこで、佐々波は、
ニコっと、
強い毒と固いトゲしかない笑顔でほほ笑み、
「完璧だった天童久寿男のキャリアに傷をつけた上、とんだ恥を晒させたバカ女が、一丁前に、女房ヅラすんな。あの男の隣は、ボクの席。天童久寿男が、最終的に頼るのはいつだって、このボクだ。彼に何か困った事が起きた時、最初に、彼の頭に浮かぶのは、このボク! お前じゃない! つーか、お前、いつだって久寿男さんの足を引っ張っているだけじゃねぇか。お前が何の役に立ったことがあんだよ。ボクと久寿男さんの邪魔ばっかしくさりやがって。マジで、何回、撃ち殺してやろうと思ったか。言っておくけど、ボクがずっと戦場に出続けているのは、お前を撃ち殺せる機会を逃さないためだからな」
「おどれに嫌われようがどうしようが、どうでもええけど……私が、久寿男のキャリアにキズつけたってなんのことや? いったい、なにを――」
「そこから先は、わたしが説明してあげるわ」
唐突に響いた、ここにはいなかった者の声。
妙な合成音声。
反射的に視線を向けると、フェンスに背中を預けて腕を組んでいる一人の女がいた。
天使候補の二人は即座に気付く。
直接話した事はないが、年に一回行われる大集会などで、何度か姿を見た事はある。
黒いモヤがかかったその顔は、見間違えようがない。
(……主……)
(主が、なんで、こんなとこにおんねん……)
どうしたものかと困惑する二人と、全体的に訳がわからずポカンとしている高瀬。
「まず、高瀬美奈の情報についてだけれど、単純に、こっちの怠慢だから、深読みしなくていいわよ。その子について、そんなにしっかり調べる子がいるとは思わなかったから、校内の書類データ関係はテキトーにしてしまったというだけ」
主は、滔々と、
「それでは、これから、あなたたち三人の将来にも関する、『この世で最も大事な話』をするから、よく聞きなさい」
★
――天童久寿男は、精根尽き果てた顔でフラついていた。
(まだ百回……この百倍……できるわけねぇ)
中隊戦を百回指揮した結果、頭がつぶれそうになった。
ただでさえしんどいのに、敵味方の戦力差が、毎回、絶妙で、少し気を抜けば負けてしまうというバランスが、天童の精神を的確にゴリゴリとすり減らす。
『まずは、百戦終了。ここまでは悪くない。その調子で、残り九千九百戦、頑張りたまえ』




