30話 アホやなぁ。
30話 アホやなぁ。
「妙な事に、あいつは『姉の死について』だけ忘れている。もしかしたら、姉の死という記憶データが重すぎたのかもな。『姉の死という重荷』を消すのにエネルギーを使い切ってしまったせいで、他の記憶を消せなかったのではないかと、勝手に推測しているが……もちろん、真実は知らん」
回転率の上がった天童の頭が、
高速で、言い訳を補強していく。
「もちろん、深い部分の本音を言わせてもらえれば『あの女がどうなろうが、知ったこっちゃない』が……しかし……さっきの推測が仮に事実だった場合、『あの女の処分』という結果は、俺にとって、少し意味が変わったものになる。一言で言ってしまうと……あいつが消されたら、俺は、あいつをこの手で殺したような感覚に陥ると思った。俺のバカみたいなミスが、あいつを殺したのだと。――くだらない感傷に過ぎないが、俺は、感情を自在にコントロールできるほど、性能の高い人間じゃない。ありていに言えば、自己責任の損傷は『1』で抑えておきたいんだ」
天童は、そこで、わざとらしくならないよう、慎重に溜息をつく。
『言い訳がヘタクソ』なのは自任している。
『追い詰められるとアップアップになる自分の脆さ』は熟知している。
だが、ここは重要な場面。
天童は、とにかく必死になって、脆く崩れそうになる『弱い自分』を抑え込み、
「善良な人間になりたいとは毛ほども思わないが、わざわざ、『身勝手な人殺し』という『ちょっとした荷物』を背負うのは『軽く面倒くさい』と思った。まさしくクズだ。つまり、俺は、俺という人間を全うしているだけなんだよ」
「主天使を相手にしながら、お荷物を5人も守ったんやろ? 大手柄中の大手柄やん。誰も久寿男を攻めへんよ。仮に、『全員守れんかったんか、ダサいのう』とかズレた文句言うてくるアホがおったら、あたし、そいつにナイフを乱れ刺しながら言うたるわ。『お前、出来んのか』って」
「猟奇的にナイフを使う必要は微塵もないと思うが……」
と、軽く呆れた顔で、
一言だけ前を置いてから、
「お前以外の誰がどう思おうとどうでもいい。俺はただ……」
そこで、天童は、『今の自分』に可能な『一番気合いの入った顔』をして、
「お前に『インポッシブルなミッションをコンプリートした』と自慢したかった。結局のところ、それだけなんだよ。――『主天使と闘って勝っただけやなく、お荷物を全員守ったやなんて、ほんますごいなぁ。かっこいい、すてき、抱いて』と、ほめてもらいたかった。それだけの、本当にちっちぇえ見栄だ」
「ほんまに、あんたは見栄っ張りなやっちゃなぁ。あと、あたしのマネ、ヘタやわぁ。ゾっとしたで。自分、ほんま、戦闘能力以外、とんでもなく無能やなぁ」
「少尉、よくみたまえ、すでに私のライフは0だ。『死体蹴り』は軍規違反だと知らんのかね?」
「いまさら、自慢が一つ増えた所で、あたしの中での『久寿男のすごさ』に変動とかないで。天使としての性能という評価部分は、とっくにカンストしてんねんから」
空気が弛緩した。
作楽の表情にも柔らかさが宿った。
――『ここが勝負どころだ』
と踏んだ天童は、
丹田に気合をブチこんで、
渾身の『弱い男』の表情で、
温めていたハイスピンジャイロをど真ん中に投げ込む。
「……『イイ女』の前では、永遠にカッコつけ続けてしまうのが、男という、みっともない生物の、どうしようもないサガなんだよ」
「い……イイ女って……アホちゃうん。なに、おだててんの。なんも出ぇへんで」
顔を真っ赤にして、背中をバンバン叩いてくる作楽に、
「お前から何かを貰おうと思った事は一度もねぇよ……つぅか、痛ぇよ、力加減下手か」
軽口を叩きながら、天童は、心の中で、
(の、乗り切ったぁ……はぁぁ……)
安堵のため息をついていた。




