28話 いたれりつくせり。
28話 いたれりつくせり。
(なんの理由がある? 軍規違反を犯してまで、あのガキをかばう理由……だめだ……『例の件』が前提になければナニもない! 実際、あのガキが、高瀬の親族じゃなければ、俺はとっくに報告している。事実、今までの俺は、躊躇なく、それをやってきた。俺はそういう、ただのクズでカスで――)
「やっぱり、あのカスがタイプやからやん。ふぅん、久寿男って、あんな女がええんや。趣味悪いなぁ。もっと『ええ女』が、探さんでも『近く』におるのに……」
最後の方はゴショゴショと小声になったが、
前半はハッキリと聞き取れたので、
当然、
「ん? 『あんな女』? 顔も知っているのか?」
天童は、しっかりと反応をしめす。
「……アホの佐々波が『スマホで撮った写真』を見せてくれたんよ」
(あのカス……なに、至れり尽くせりで、俺の精神に負担をかけてくれやがってんだ)
「私も、ギャルメイクとかしてみようかなぁ」
「は? やめろ。あんなもんは『不完全な顔面』を取り繕うための悲しいデスマスクでしかない。お前が装着する必要はない」
「いや、本気で言うてるわけやないから、そんな必死に否定せんでええって。ほんま、アホやなぁ」
作楽は、若干、引きながら、心の中で、
(ちょっと気ぃ引こうとしただけやのに……『そういうん』が、なんで分らんのかな、この唐変木。まさか、久寿男……ほんまに、あたしの気持ちに気付いてへんのとちゃうやろな。いや、ここまできて、流石に、それはないと思うけど……でも、戦闘力しか取り柄のない、このアホの事やから、もしかしたらって事も……)
作楽は、そこで、少しだけ気合いを入れ直した。
鈍感を通り越した『アホ』が相手なのだ。
こちらが譲歩するしかない。
惚れた方が負けなのはわかっている。
互いに、永遠を生きる予定なのだから、
別に、焦るつもりはないが、
しかし、軽い確認くらいはせずにいられない乙女の性。
「あんなぁ、久寿男」
「どうした?」
「ついでやから、聞きたいんやけど……久寿男、好きな子っておるん?」
「なぜ急に、そんな……というか、作楽、お前、ついでという言葉の使い方を間違っているぞ?」
「そんなんええから、さっさと答えぇや。好きな子、おるん?」
有無を言わさない、強い視線。
ごまかしはきかない。
『明言』のカツアゲ。
天童は、彼女の『強さ』に、一瞬だけ尻込みしたものの、
『こうなった時』の事前準備はバッチリなので、
「……いや」
『確定の否定』を枕に、
「天使になって心に余裕ができてくれば、少しは『色恋沙汰について』も考えるかもしれんが、今は『天使に成る事だけ』で一杯一杯だ」
よどみなく、そう答える。
そんな、クソ面白くない『明言』に対し、
「……そう……なんや。ふぅん。あっそ」
作楽は、露骨に白けた顔でソッポを向く。
と、そこで、天童は、
頭上にパっと電球を浮かばせて、
「っ……だ、だから、当然、例の中学生に対して、興味などカケラもない。よくわかったな。うんうん」
(そんな『ええ着陸ができた』みたいな顔されてもなぁ……別に、そのためのパスを出した訳やないんやけど)
(さすがは作楽だ。アホの佐々波と違い、引き際を心得ている。あまりにも急な話題の変化球に、最初は戸惑ったが、振り返ってみれば快活な話。ほんとうにこの女は――)
天童が、『作楽の気配り』に感嘆していると、
作楽は、実に女らしい、非常に淡白かつ冷酷な表情で、
「ほな、話戻るけど、上に報告せんのは、なんでなん?」
(あれ?! ひいてくれたんじゃないのか?! さっきの鋭角な対話は、互いの平和を求めての救済処置ではなかったのか?!)
天童は『作楽の気持ち』を知っている。
だが、天童の『対女子用コミュニケーション力』は三等兵級なので、
先ほどの『作楽のキラーパス』を『華麗なボレーシュート』で完結させる事などとうてい不可能。
所詮は童貞。
悲しい童貞……




