1話 新兵のあいさつ。
1話 新兵のあいさつ。
【天童久寿男・経歴】
※ 次の『★』まで読み飛ばし可。
中一「仙草学園中等部入学。新兵戦で、先輩指揮官が撃墜されるという異常事態が起き、代理指揮官として奮闘。その類稀な才能を遺憾なく発揮し、三階級昇進。異例の軍曹スタート」
中二「配属された『B‐5番隊(当時、部隊序列一位)』で、年間撃墜スコアトップの記録を打ち立て、最速で尉官に昇進」
中三「特例で、選抜演習に出撃し、かつ、低コストの量産機で、力天使(レベル5)二人を五分も足止めするという劇的なハイスコアを残し、最速で佐官に昇進。特殊精鋭部隊C‐7番隊を編成。新興部隊でありながら、年間部隊序列において、二十部隊中三位という好成績を残す」
高一「仙草学園高等部入学。天使撃墜数トップのエースオブエースでありながら、損耗率(手持ち部隊の死者数)0という特異な成果が認められ、中佐に昇進」
高二「最優秀エースの証、熾天十字章を与えられ、『主』から、正式に『熾天使候補』の太鼓判を捺される」
★
電車に揺られること五駅。
『次は仙草学園前~、次は仙草学園前~』
天童は、アクビを殺しながら、腰を上げて、ドアの前に立った。
(毎朝、移動だけで二十分。非効率すぎる。剣翼で飛べば、三十秒かからねぇって事実があるだけに、余計、鬱陶しく感じる。天使に成っちまえば、持てる時間は永遠になるんだが、それとこれとは、また、別の話だ)
天童は、基本的に合理主義者。
つまりは、非効率という概念に嫌悪を抱く、軽度の人格破綻者。
(学園の寮っつーんだったら、もっと学園に近い所――つーか、無駄に広いんだから、敷地内に作ればいいものを。何で、わざわざ、あんな妙に遠い……というか、あれは寮なのか? ただの高級マンションにしか見えんが)
ちなみに、候補生は、日常生活においても、
常時、左手首に、銀の鎖で、剣翼を起動させるためのロザリオを巻いているが、
当然、演習外で、上の許可なく勝手に使うのは禁じられている。
『仙草学園前~ 仙草学園前~』
朝のラッシュ時にだけ流れる駅員のアナウンスを聞き流しながら、
天童は、姿勢の良いキビキビとした歩みで、学校への道をひた進む。
その途中、
「おはようございます。中佐」
声をかけられた方に目線を送ると、
(……新兵か)
ボンヤリと顔だけは覚えている女子中学生が、ニコニコしながら近づいてきて、
「昨日は凄かったです。本当に、本当に凄かったです」
興奮した様子で、
「ぁ、申し遅れました。高瀬麻友二等兵です」
ふわふわとした雰囲気の、いわゆる、男子人気が高そうな女子。
一定以上に整った顔と透明感。
パっと見の印象では、抜け目のないアイドルといったところ。
「高瀬後輩。演習外では、軍人然とした態度を可能な限り抑え、民間人として振舞うのが暗黙の了解だと聞かされていな――」
と、そこまで言った時点で、天童は、渋い顔をして、
「――ああ、そうか、新兵戦後に、俺が言わなければいけなかったのか。ちっ。バカバカしいミスを」
戸惑っている高瀬に視線を送り、
「俺の失態だ。許せ」
「いえ、中佐は……先輩は何も悪くありません」
そこで、高瀬はさらにニコっと笑い、
「でも、やっぱり、先輩は素敵ですね。大した事ではなくとも、自分がミスをしたと思ったら、私みたいな末端の末端にもキチンと謝罪をする……すごく人間が大きいです」
「世辞も過ぎれば胃もたれするだけだ。その辺にしておけ。俺はおだてられても、木に登らない」
「あははっ。その表現、とっても面白いです。流石、先輩」
「何も用がないなら、俺はもう行くが?」
「ぁ、ちょっと待ってください。実は、今朝、配属先が決まりまして、今後は、先輩の部隊に名を連ねることになりましたので、そのご挨拶をさせていただきたく」
「……ウチは、序列二位の特殊精鋭部隊だから、特別に志願しない限り配属はされないはず――」
「はい、志願させていただきました!」
「ウチの部隊は、自分で言うのもなんだが、俺が率いているから、かなりキツくて厳しい。やめておけと言われなかったか?」
「言われましたが、先輩と一緒に戦いたかったので、是非にとお願いしました」
(……序列五位以上の特殊精鋭部隊に、カスは配属されない……ということは、この女、トロそうだが、存外スペックは高いという事か? あの新兵戦で記憶に残るほどの活躍をしたものなどいなかったと思うが……もしかして、技術士官候補か?)
「というわけで、これから、よろしくおねがいします、隊長」
「ああ。まあ、がんばれ」
言うと、天童は、高瀬に背を向け、
颯爽と、自分のクラスがある校舎へと向かって歩いていった。
その背中を見ながら、高瀬は、
(手応えはまずまず。最初はこんなもんでしょ)
ニタリと捕食者の笑みを浮かべ、
(いずれ、必ず元帥になるスーパーエリートの天童久寿男に気に入られれば、私の地位は安泰。どんな組織であろうと、上に気に入られて益がない事はない。――その上、あれは、戦場だと、これ以上ない、盾と剣。あれほど落とし甲斐のある獲物は滅多にいないわ。ああ、腕が鳴るぅ。絶対、私の虜にしてやる。私ならできる。私ほどの可愛さがあれば、あの程度のヤツ……天使としてはともかく『男としては微妙』なあいつを落とすのなんて訳ないわ)