12話 推薦。
12話 推薦。
「人間ではなくなるのだから、当然、人間性は薄くなると、どこかで思っていないか?」
「そうですね。そうだと思っています」
「逆だ。感情が尖っていく。あらゆる欲望が膨らんでいく。『抽象的だからこそ分かりやい一言』で伝えよう。……そう、ギラギラしていく」
「ギラギラ……なるほど。なんとなくですが伝わりました」
「そして、怠惰ではなくなる。人間特有の……『ニート性』という造語を勝手に造らせてもらうが、それがなくなる。伝わっているかね?」
「人間であれば、誰の心にも少なからず存在する、働きたくないという感情が消える……と解釈してよろしいでしょうか?」
「まさしく」
「なるほど……常に、より勤勉に……『主の手足としての機能性』が『永遠に高まり続けて行く』ということですか。理解しておりましたが、主は、実に強欲だ」
「不敬な発言ではないかね、『大佐』……」
「……『閣下』、私は強欲を罪だとは捉えておりません。夢や希望だけを持て囃して、欲を否定するなど、ナンセンスというか、無意味な言葉遊びとしか思えません。主は夢と希望にあふれた素敵な御方だ……この発言と、先ほどの発言は、私の中だと、まったくの同列です」
「しかし、強欲では、人聞きがあまりよろしくないのも事実だ。つまらない揚げ足を取られぬように気をつけておくべきだぞ、天童くん」
「理解しております。安西さんの前なので、少し、ゆるんだようです」
「……ふっ」
「安西さん。今日は、私のつまらない相談に乗っていただき、ありがとうございました」
「君は、特に大事な後輩だ。少し言葉を交わす程度、造作もない。何かあれば、また声をかけてくれたまえ」
「ありがとうございます」
天童は、コーヒーを一気に飲み干して、カップを台所にもっていき、サっと洗う。
尊敬している先輩の前で無礼は許されない。
出されたカップを放置して帰るなどもってのほか。
実際の礼儀的にどうかなど知ったことではない。
そういう話ではないのだ。
「それでは、失礼いたします」
最後に深々と頭を下げて、ゆっくりと退室していった天童の背中を見送った後、
「……ふぅ」
イスに腰掛け、すっかり冷めてしまったコーヒーを一口すすり、
(かわいいじゃないか)
純粋な目線で、頼ってくる姿を見ると、
今まで、イライラしていたのがウソのように、
むしろ、ゾクゾクした。
『目覚ましいほど優秀』で、しかし『どこか不器用』な部下の、なんと可愛いことか。
「推薦してやるか……どうせ、他に推したいヤツなんていないしな」
ボソっとつぶやいて、安西は、大事な書類をしまってある亜空間倉庫から、一枚の推薦状を取りだし、天童の名前を書いて、実印を押した。
★
演習室を出た直後、天童は、
こりかたまった体をうーんと伸ばして、
(ギラギラしていく……か。怖いな)
自分の中に潜む『ヘドが出るほどの、おぞましい弱さ』を自覚している天童は、
天使となった未来の自分に若干の恐怖を覚えた。
天使になった時、自分の『無様さ』は、はたして消えているのか、
それともより無様になっているのか。
あの話を聞いただけでは、まだどちらに寄るかわからない。
(今よりも醜くなど、絶対になりたくない……が、しかし、そうなれば、少なくとも、ウジウジはしなくなるんじゃないか? ガキのころからずっとそうだが、俺は、いろいろな面で臆病過ぎる気がする。天使になることで、ちょっとでも大胆さが生じれば、あるいは、精神的に強固な生き物になれるやもしれん)
『高等部と大学』のちょうど中間にある『中等部の敷地内』にまで戻ったところで、
天童は、自販機に足を運び、牛乳を買った。
(ブラックのコーヒーって、口に、苦味が残るのがなぁ)
文句や注文など言えるわけがなかったので、
当然、黙って飲み干したが、
ブラックの鈍い苦味が、天童は苦手だった。
言えば、勿論、ミルクや砂糖を用意してくれただろうが、これはそういう問題ではない。
『何を飲みたいか』ではなく『どう思われたいか』という領域。
「ふぅ……よいしょ」
近くにあった中庭のベンチに腰をおろし、
苦味を中和させるための牛乳をチビチビすすっていると、
天童の目の前を、六人の女子中学生が通りかかった。
すぐに、カースト上位だろうと断定できる、
かなりハデな感じの女子集団。
(あいつら、めちゃめちゃスカート短ぇなぁ。つーか、ルーズソックスとか、まだ絶滅してなかったんだな。あんなナメた格好してたら、『南原』にブチ切れられんじゃね……ああ、そういえば、あの妖怪、転勤したんだっけ?)
中学の時によく見かけた『柔道部出身の生活指導担当女教師』は、なかなかパンチのきいたオバハンだったので、男子からも当然不人気だったが、それとは比べものにならないくらい女子から嫌われていた。




