10話 敬愛する上司の助言。
10話 敬愛する上司の助言。
「司令室以外で顔を合わせるのは、そういえば、初めてだな。で、どうしたのかね、天童大佐……ぁあ、いや、ははっ……天童くん」
大学の演習室。
白を基調とした日当たりのいい、さっぱりとした空間。
「少し、ご相談させていただきたい問題がありまして」
天童は、安西に淹れてもらったコーヒーを、
温かい内に一啜りだけすると、さっそく本題に入った。
「相談? 私に?」
「恥ずかしながら、交友関係は希薄な方でして、頼れる先輩というのが、閣下……安西さんしかいなくて」
「相談ならば『姉江くん』が適任なのではないかね? 確か、君にとっては『彼女』が『最も近い上司』だったはずだが?」
「女性に相談するようなことではないので……」
「となると、つまりは、女性関係かな?」
「恥ずかしながら」
「ふっ。君の『そんな姿』を見られる日がくるとは思わなかった」
微笑しつつ、本気で以外そうな顔をして、
「――それで? 詳しく聞こう」
「ありがとうございます」
許しを得た天童は、『危ういところ』や『細かいところ』は省き、『簡単な概要』だけを説明した。
――厄介な女から告白された。
――どうするべきか悩んでいる。
そういうシンプルな相談。
黙って話を聞いていた安西は、一度深く頷いて、
「なるほど。……なるほど」
ゆったりとした相槌。
それを受けて、天童は、
「ちなみに、安西さんは、かなり、おモテになると聞きました。女性関係に対しては、どのようなスタンスで?」
「とりあえず、今、付き合っている女の数は五人だ」
「……」
驚愕のあまり『思考停止に陥った天童』に、
安西は、あっさりとした口調で、
「かつて君の上司だった姉江くんとも、付き合いがある」
「え、マジすか?! ……あ、申し訳ありません……ぇと……そ、それは、本当の話ですか?」
「別に困惑する事もなかろう。候補生になった時点で、我々は子を持つことができなくなっているし、天使になって以降は、若さを失う事もない。つまりは、冷めた言い方になるが『男としての女に対する責任』というものを取る必要がないのだ。もちろん、相手が望むのであれば、いかなる責任でも取ってみせるし、その甲斐性も持ち合わせているつもりだ。しかし、責任を切に望むほど、彼女たちも、焦ってはいない。我々は人間ではなくなるのだ。人間の価値観に縛られる必要性などない」
「……」
「そうはいっても、なかなか、価値観を変えることなど難しい、か?」
「そうですね」
「まあ、君はカタブツだから、それも仕方のない話なのかもしれないな。それに、君は、私と違い、まだ完全な人間だ。『ほぼ天使の私』と『同じように考えること』などできないだろう」
「? ほぼ天使……? そ、それは……どう言う意味でしょう?」
「ん? 主から教わっていないのか? 『頻繁に二人で話している』と聞いたが」
「な、なんのことでしょう? 主は私に『雑用を告げるだけ』で、『教えをくださる』という事はないので、なんの事をおっしゃられているのか、とんとわかりかねます」
「ほう。そうのか。ふむ。まあ、別に、大学生になってから知ればいいというだけの話で、隠しているわけでもないから、教えてやるのに、なんの問題もないのだが」
「それでは、ぜひ」
「単純な話だよ。卒業して、いきなり人間から天使に変わるわけではない。コアが切り替わるのに、だいたい、六年ほどかかる。だから――」
「大学に上がってからは、体が徐々に天使に成っていく、ということですか?」
「そういうことだ」
「となると、大学院二年(六年目)の安西さんの体は……」
「先ほど言ったように、ほぼ天使だ。もちろん私だけではなく、同期も全員。一つ下の連中も、思考形態が、かなり天使寄りになっている。そう感じた事はないかね? 『上層部の連中は、どこかおかしい気がする』と思ったことは?」
「失礼な発言になりますが……本音を言わせていただきますと、幾度か」
「そうだろう。何も失礼な話ではない。私も、高校生の時は思っていた。もちろん、まだ、直接的な『主の加護』がないので、不死でも不老でもないのだがね」