9話 本当に?
9話 本当に?
「すさまじい自己評価だが、しかし、俺の視点では、おまえなんか、大した女じゃない」
「本当にそうっすか?」
「……」
ニタリと、妖艶に笑う彼女の顔を凝視しながら、天童は、
「確かに、ツラはまぁまぁだ。体の方も、かなりエロい。だが、お前は性格が悪すぎる」
「それがいいんじゃないすか。峰不二子が魅力的なのは、性格が悪いからで、中身が普通の女だったら、あんなに刺激的なフェロモンは出ないっすよ」
「ああ言えば、こう言う、その性格が、俺は大嫌いだ」
「でも、それ以上に、何を言っても返さない御淑やかな女の方が嫌いなんすよね」
「……」
「センセー、どうせ、何したって、結局は、ボクのものになるんすから、無駄な抵抗はやめた方がいいすよ」
ふざけた口調のくせに、目だけは真剣な彼女を見て、
天童は、一度、深呼吸をはさむ。
「……」
数秒の沈黙。
静かな時間を経た天童は、
――覚悟を決めた顔で、
「本音で言えば、お前は俺のドストライクだ」
「でしょ、でしょ。わかってたっす。だって、センセーのボクを見る目、たまに血走ってんすもん。溜めすぎはよくないっすよ」
「顔や体はもちろん、性格の鬱陶しさも『あらゆる性能が過剰なほど高い』ってギャップも、俺の嗜好にピッタリ一致している。どんな女がタイプかと聞かれれば、俺は佐々波恋が理想だと答えるだろう」
「いやぁ、照れるっすねぇ」
「だが、俺は『お前を俺のものにしたい』という欲求には従えない。なぜなら、その欲求などとは比べ物にならないくらい『作楽を悲しませたくない』という想いが強いからだ。あいつが『俺に対して抱いている今の感情』が『ただの勘違いだった』と気づくまで、俺は『誰のものでもない男』として、あいつのそばで、あいつだけを守り続ける」
彼女の困った顔を見ると、心臓が炸裂しそうになる。
『大迷惑をかけ続け、ひたすらに困らせていた母の顔』を思い出してしまい、
心底泣きたくなるから。
「だから、俺はお前を望まない」
「マジの本音できたっすねぇ。ようやく会話ができそうで嬉しいっす」
佐々波は、キシシっと歪んだ笑顔を浮かべて、
「それでいいんすよ、センセー。ボクはトコちゃんも好きっすから。実はボク、ガチガチのバイなんで、あんな可愛い子、当然、無視できないっす」
「……」
「トコちゃんは、ボクたち二人に愛されて、センセーはボクたちを愛して、それで、混ざり合って、幸せになればいいんすよ」
「……」
「センセー、ボクらは天使になるんすよ。人間の、それも、こんな小さな島国限定の『固定観念』なんか、さっさと捨てて、皆が幸せになる道を追求しようじゃないっすか。大丈夫。マジで、ボク、トコちゃんの事も愛してるんで。そうじゃなきゃ、ボクの性格上、全力でトコちゃんを排除していると思わないっすか?」
「女という生物の凄まじい怖さと、お前のとんでもない狡猾さは理解している。もし、お前が作楽に対して、マイナスの感情を少しでも抱いていれば……ほぼ間違いなく、今回の件を使って、排除しているだろうな」
「まさしく、その通りっす。けど、ボクは、マジで、今回の件を『上』には報告していない。というより、むしろ、積極的に『隠蔽』に携わっているっす。言っとくっすけど、勝手に記憶を消すツールを創るのって、結構、ヤバいハシを渡ってんすからね」
「……分かっている……わかっているさ、そんなことぐらい……」
「まあ、別に焦る必要もない案件っすから、たちまち今、そんなに深刻にならなくていいっすよ。センセーの心の瓦解が、仮に千年かかったとしても、不老不死になるボク的には、別に困るようなことでもないんで。むしろ、千年間も『恋愛の一番おいしい所』を楽しめるんで、そっちの方がお得かも」
ニカっと笑う佐々波に、天童は、困惑した表情しかつくれない。
『佐々波を求めても許される理由』をつきつけられる。
外堀を固められる。
敵に搭載されている頭脳はケタが違う。
本気でこられたら、勝てるわけがない。
(こ、このままじゃ……マジでこいつに堕ちてしまうぞ……どうする……)




