5話 作楽の怒り。
5話 作楽の怒り。
「なんか、最近の久寿男……あのクソガキと一緒におること、多ない?」
「トランクの――専用機の調整が終わるまでは、多少、行動を共にする時間が長くなるも仕方ない。ほとほと迷惑な話だ」
「ふぅん」
不満げな彼女の顔を尻目に、天童は、脳みそをフル回転させる。
男と女の闘いにおいて、常に、男はあまりにも不利が過ぎる。
天童は必死になって考えた。
言葉を繕って、
整えて、整理して、
どこかに不備がないか検閲し、
タイミングを見計らって、
「作楽に『技師適正』があれば、色々と助かったんだが……こればっかりはどうにもな」
「ぇ……えへへ、なになに、久寿男。あたしが技師やったら、色々と何が助かんの?」
「とりあえず、精神的な負担が大分減る。佐々波のテンションに付き合わされるのは心底疲れるからな。それに」
「それに? なんなん?」
「……お前と一緒にいるほうが楽しい」
「ぇ……あ、はは。そうなんや。へー」
作楽は、急激に『上機嫌』になったが、
「セーンセっ♪」
空気を読まずに現れた来客を見た瞬間、激烈に不機嫌になる。
天童の顔も、当然歪んでいる。
『せっかく、うまくいきそうだったのに』と、燃えるような不快感を露にする。
「調整の件で、ちょっと話があるんすよ。一限目、サボってもらっていいすか?」
「……放課後ではダメなのか?」
「今じゃないとダメっすね。そうじゃないと」
そこで、佐々波は、天童のすぐそばまで近づき、
胸を押し当てつつ、彼の耳元で、ボソっと、
「多分、口が軽くなっちゃう気がするっす」
その小声を耳にした瞬間、天童の眉間にグググっと深いシワが寄った。
ギリっと奥歯をかみしめながら、
「……分かった」
そう言って、ゆっくりと立ち上がる。
「作楽、悪いが『具合が悪くなったので早退した』と、先生に伝えておいてくれ」
「……ふぁーい……了解」
不機嫌を隠そうともしない返事をする作楽に、
「すまん」
ニコっとほほ笑みかけてから、天童は、佐々波の後を追って、工房へと向かった。
残された作楽は、特殊な無表情で窓の外を眺める。
これは、煮えくり返っている時の顔。
もし、理性という概念がなければ、
きっと、作楽は、佐々波のはらわたを裂いて、
その奥から引きずり出した腸をナワトビにして、
ハヤブサの世界記録に挑戦していたことだろう。
(なんやねん。久寿男。なんか、最近、あのクソガキに甘ない? ちょっと呼ばれたら、すぐに、へーこらついていって。ほんま、なんなん? 巨乳趣味にでも目覚めたんか、ボケ。そんなに大きいんが好きか、クソボケ)
イライラが足に出ている。
高速の貧乏ゆすり。
終わらない怒り。
なぜ、ここまでイラつくのか自分でもわからない。
天童と出会って以降、天童のおかげで、かなり情緒が安定してきたというのに、
時折、こうして『天童が理由』で情緒が錯綜してしまう。
(ああ、くそ……佐々波、死ね……苦しまんでもええから、とにかく死んで、久寿男の前から消え失せろ……)
などと考えている一人の時間。
どうしようもなく退屈で、気が狂いそうになるほど心細い時間。
昔は『一人でいる時間』にしか安寧を感じられなかった。
なのに、最近では、一秒たりとも一人ではいたくない。
もちろん『隣にいるのは誰でもいい』というわけではない。
ほしいのは、ただ一人。
あの男とだけ一緒にいたい。
「――作楽、ちょっといい?」
一人になって数秒が経過した時、
ふいに、
クラスメイトの一城聖也が、爽やかな笑顔で声をかけてきた。
『クラスカーストにおける絶対勝者』特有のオーラを身にまとっている、精度の高いイケメン。
彼は候補生ではない。
だから、作楽は、彼とまともに話した事もない。
ただ、偶然、中学の時から同じクラスで、
しかも、ずっとバカみたいに目立っている男なので、
天童以外の人間に一切興味がない作楽でも、
一城の名前と顔、そして、校内での地位は正確に認知している。
一城は、まぎれもなくクラスカーストの覇者。
一軍と呼ばれる華やかなステージに所属しているだけでは飽き足らず、
一軍の中でも最上位――いわゆる『本格派の先発完投型スーパー大エース』である。
それも、クラス内トップではなく、
学年トップのエースオブエース。
スクールカーストの帝王。
これが少女漫画なら、
正ヒーローは『彼』以外にありえない。
――そんな男が、ニコヤカに微笑みながら、
「作楽さぁ、ここ数日、なんか、一人でいる事が多くね? もしかして、天童と別れた?」
などと『獲物を狩る目』で聞いてきた。




